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デュークと女子大生  作者: 若松ユウ
Ⅲ 放火事件発生
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R 決死の大ジャンプ

R 決死の大ジャンプ


「イタッ。あっ、これは」

 尖塔の脇を横切ろうとしたとき、ヤヨイの頭上に、お手玉が降ってきた。周囲をよく見れば、他にもいくつかの玉が散らばっている。ヤヨイが見上げると、最上階の窓から、シエルが身を乗り出して手を振っている。

「シエルっ。何で、そんなところに居るのよ。早く降りてらっしゃい」

 ヤヨイが声を大にして上に向かって叫ぶと、シエルも喉が張り裂けんばかりに叫び返す。

「降りられない。下のほうが、火でいっぱい」

――あぁ、何てこと。はしご車か防火服があれば、助けに行けるのに。 

「どうした、ヤヨイ」

「早く塔から離れないと、危険だそ」

 ヤヨイの声を聞きつけ、サーラとニッシが駆けつける。ヤヨイは動揺しながら、真上を指差して言う。

「シエルが、天辺に」

 サーラとニッシが、指差す方向を見る。そして、即座にサーラは尖塔の入り口に回ろうとし、ニッシがサーラを羽交い絞めにして止める。

「待ってろ、シエル。今、助けに行く」 

「落ち着け、サーラ。そっちは炎の海だ」

「離せ、ニッシ。シエルを救わないと、国家の危機だ」

「サーラを失ったら、俺の人生最大の危機だ。冷静になれ」

 頭に血が上ったサーラとニッシが、普段なら絶対に言わないことを口走り、それをヤヨイがあたふたと落ち着かない様子でいると、シーツやタオルケットを詰め込んだ籠を持ったフィアが、少し離れたところを走っていくのが見える。

――物干し場で、洗濯物の取り込み途中だったのかなぁ。あっ、そうだ。

「フィア。こっちに来て。緊急事態なの」

 ヤヨイの呼び声に気付いたフィアは、一度足を止め、ヤヨイの居るほうへ駆け寄る。

「三人とも、何をなさってるんです。速やかに建物から離れるべきですよ」

「上を見て、フィア」

 ヤヨイは塔の上を指差し、フィアは塔を見上げる。シエルは、両手を振ってエスオーエスを求める。

「助けてー」

「まぁ、おいたわしや。すぐに救助に向かわなければ」

「問題は、そこなんだけどね、フィア。出入り口は火が回ってるのよ」 

「たとえ火達磨になっても、若き王子を守るのが私の務めだ」

「まだ言うか。そんな義務は無い」

 サーラとニッシが揉み合うのをよそに、ヤヨイはフィアに提案を伝える。

「フィア。その中に、丈夫で大きな布はあるかしら」

「えぇ、ございます。応接間で、カーテンに使っているものですけど」

 そう言いながらフィアは、籠の底から厚手の布の束を出し、両手で裾を持って広げてみせる。

――バッチリよ、フィア。あとは、シエルに作戦を伝えれば。

 ヤヨイは、地面にカーテンを広げつつ、シエルに向かって叫ぶ。

「シエルー。これから四人でカーテンを広げるから、シエルは、そこからジャンプしてー」

「わかったー」

「ヤヨイさま。何を言い出すんです」

 シエルが返事をしたあと、フィアが驚いて声をあげると、サーラとニッシは、いつもの落ち着きを取り戻し、カーテンの四隅のうち二つの角を持って広げだす。

「なるほど。その手があったか」

「賢いな、ヤヨイ」

「さぁ、フィアも手伝って」

 ヤヨイに角の一つを差し出されたフィアは、気乗りしないながらも受け取って広げていく。

――準備、オッケー。あとは、無事に受け止めれば成功ね。って、あれ。どうしたんだろう。

「いつでも大丈夫よ、シエルー」

 ヤヨイがシエルに向かって叫ぶと、シエルは涙ぐみながら叫び返す。

「無理ぃ。こわいよー」

――地上五階から飛び降りろと言われたら、大の大人だって腰が抜けるもの。相当、恐い思いをしているに違いない。

「ここで尻込みし続けたら、もう二度と、美味しいものを食べることも、誰かと遊ぶこともできないんだ、シエルっ。男らしく、腹を括れ」

「脅してどうするんだ、ニッシ」

 サーラは、ニッシにツッコミを入れつつ、シエルに向かって両腕を広げて叫ぶ。

「シエル。私を信じて、飛び込んで来い」

 サーラの言葉を聞いたシエルは、両手で眼に溜まった涙をごしごしと拭うと、キッと口を真一文字に結び、窓枠に足を乗せ、大きく跳躍した。

――そこから、シエルがカーテンの上に着地するまでの時間は、実際には数秒だったんだろうけど、私には、その一秒一秒が連続した静止画のように、鮮明で、ゆったりと流れるように感じた。

 絡みつくカーテンをかき分け、シエルは泣きべそをかきながら、サーラに抱きついく。

「駄目かと思ったよぉー」

 サーラは慈愛に満ちた表情で、無言でシエルの後頭部を撫で、そっと背中に手を当てて抱き返した。

――姉弟愛は何物にも勝る、といったところかな。


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