O 熱々のパイを召し上がれ
O 熱々のパイを召し上がれ
――スマートやスレンダーと言えば聞こえは良いけど、痩せぎすやガリガリというと、途端に聞こえが悪くなる。
「鈴生りに生ってるのに、そのまま食べようと思わなかったの」
――そうなのだ。花壇に生えていた苺は観賞用で、樹に生っていた林檎はお酒用だったのである。
さも不思議そうな顔でヤヨイが疑問を投げかけると、フィアは一瞬の絶句を挟んでから、少しヒステリックな調子で答えた。
「あんな毒々しい見た目をしているのに、火も通さないで食べようなんて考え付きませんよ」
――何を危険だと感じるかは、食文化に寄るところが大きいものね。もし、食べ頃のドリアンが道に落ちていたとしても、私なら拾わない。マレーシア人なら、大喜びするかもしれないけど。
「うぅん。生で食べるには向かないかもね」
「まさか、ヤヨイさま。収穫して召し上がるおつもりだったのですか」
信じられないものを見るような目で、フィアはヤヨイを一瞥した。
――その、まさか、です。食い意地が張ってて、ごめんなさい。でも、日本で栽培されてるのとは違って、生食用に品種改良される前のようだったので、美味しく無さそうだと思ってやめました。
「さすがに、もいで噛り付こうとはしませんよ。ただ、甘く煮詰めてパイにしたら良いんじゃないかなぁと思って」
ヤヨイが嬉々として提案すると、フィアは眉を寄せて沈思し、やがて重々しく口を開く。
「林檎と苺のパイですか。……どんな味になるか、まったく想像つきません」
――料理の照りだしに蜂蜜が使われてたり、生臭みを消すために胡椒や丁子なんかと一緒にシナモンも使われてたりしてるみたいだったから。
「材料は、おおかた揃ってると思うのよ。私が教えるから、一緒に作ってよ、フィア。お願い」
ヤヨイは、両手を顔の前で合わせ、目をギュッと瞑ってフィアに向かって拝んだ。フィアは、払拭できない懸念を顔色に滲ませながらも、承諾する。
「わかりました。私も協力します」
「やったー。ありがとう、フィア」
ヤヨイは、フィアの両手を自分の両手で包むようにして持ちながら、その場で軽く飛び跳ねる。
*
「あぁ、美味しかった。ごちそうさま」
そう言いながら、シエルは満足そうに、取り皿にケーキフォークを置いた。
「おそまつさま。――よく食べたわね、シエル」
ヤヨイがサーラに向かって囁くと、考え事をしていたサーラも、ヤヨイのほうを向いて囁き返す。
「あぁ、本当にな。食卓に並ぶ前から、料理を楽しみにしてたことなんて、今まで一度も無かったことだ。その上、こんなに気に入るなんて。珍しいこともあるものだな。半分以上、シエルが平らげたんじゃないか」
サーラは、わずかにパイ屑が残る大皿を見ながら、語尾を上げてヤヨイに言った。
――思った通り、お子さまの舌は、甘い物を欲していたようだ。出来上がる直前には、甘く香ばしい匂いを嗅ぎつけて厨房を覗いてたものね。食欲が湧いたシエルは、これから、みるみる元気になっていくだろう。食べないと体力がつかないけど、塩辛すぎたり酸っぱすぎたりで美味しくないものは、食べるのを敬遠したくなるもの。




