N 娯楽の乏しい生活は退屈する
N 娯楽の乏しい生活は退屈する
――公務が立て込んでいるサーラから、代わりにシエルの相手をしてほしいと頼まれた。昨日と違って、シエルは食卓に顔を出すようになったが、なかなか打ち解けられずにいる。
「ご要望の通り、小さな端切れを何枚かと、木綿糸と針山、それから、炒ったレンズ豆を用意しました」
そう言いながら、綺麗に畳んだ端切れと、その上に載せられた木製の軸に巻かれた糸とハリネズミ状の針山、そしてレンズ豆の入ったボウルを渡すフィア。ヤヨイは、それを嬉しそうに受け取り、ナイトテーブルの上に置く。
「ありがとう、フィア」
「あの、こんなことを訊いて宜しいのか分かりませんけど」
フィアが俯き加減で言い難そうに切り出すと、ヤヨイは明るく言う。
「何でも言って、フィア。これだけ、お世話になってるんだもの。遠慮すること無いわ」
「では、伺いますけれども、これらを使って、何をなさるおつもりなんでしょうか」
フィアが遠慮がちに言うと、ヤヨイは端切れを手に取りつつ、ニコニコとしながら言う。
「フフッ。一緒に遊べば、少しは友好が深まるんじゃないかと思ってね」
答えになっていないヤヨイの応じに、フィアは首を捻るが、ヤヨイは気にせず針山から待ち針を手に取り、端切れを繋ぎ留めていく。
*
色や模様の異なる三つのお手玉を一定方向に回しながら、ヤヨイは童歌を歌っている。その様子を、隣でシエルが赤い瞳を潤ませながら、真剣に見入っている。
「一かけ二かけて、三かけて。四かけて五かけて、橋をかけ。橋の欄干、手を腰に。はるか彼方を、眺むれば。十七八の、姉さんが。花と線香を、手に持って。もしもし姉さん、どこ行くのーっと。こんな感じ」
宙に浮かんでいた一玉を左手でキャッチすると、左手にある二玉をシエルに差し出す。シエルは、それを両手で一つずつ持つと、片方を不器用に頭上に放り投げ、もう片方を反対の手に乗せるが、玉は空いた手とは見当違いのところに落下する。
「いっちかけ、って、あれれ」
――そうそう。昔はキサラギも、こんな調子だったわ。もっともキサラギは、上達する前に飽きちゃって、結局、歌い終わるまで回し続けられないままになっちゃったのよねぇ。
シエルがキョロキョロと玉を捜してる横で、ヤヨイはソファーから立ち上がり、背凭れの後ろに回って落ちた玉を拾い上げ、シエルに渡す。
「あっ、そっちにあったんだ」
「投げ上げるのは目の高さまでにしないと、今みたいに見失っちゃうからね。はい。今度は、いま言ったことを気を付けてやってみて」
「はーい。いっちかけ、にっかけ、てっ」
玉の行方を注意深く目で追っていたシエルだったが、三回目に高く投げ上げられた玉は、シエルの頭上に落下した。その様子を見たヤヨイは、すぐに両手で口元を押さえるが、笑いを堪え切れずに吹き出してしまう。
「ぷふっ。くっくっく」
「ヤヨイー。失敗しても笑わないって約束だったでしょう。ハリセンボンだよ」
シエルは、まるで河豚のように頬を膨らませて抗議した。
――あぁ、可笑しいんだ。王子として帝王学を修めることも大事だけど、遊びも勉強のうち。幼いときにしか出来ないことを、小さいうちに目一杯やっとかないと、成人してから、反動で大人げなく退行しちゃうものだ。