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デュークと女子大生  作者: 若松ユウ
Ⅱ それぞれの事情
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L 二つ名は嗜虐の赤鬼

L 二つ名は嗜虐の赤鬼


――伯爵の皮を被った無節操なナンパ師に鉢合わせしないことを祈りつつ、廊下から庭に下りると、植え込みの向こうにニッシが居るのを発見した。声を掛けようと思ったんだけど、その前に、ちょっとだけ観察してみることにした。

「団栗をやるから、その実を齧ろうとするな。そいつは、サーラが気に入ってて、大切に育ててる実なんだぞ」

 苺が植えられた花壇の前にしゃがみ込み、ニッシは何かに向かって話しかけている。その後ろ姿を、ヤヨイは林檎の樹の陰に隠れながら見つめている。

――この角度だと、何がいるのか見えないなぁ。あっ、栗鼠が逃げた。って、こっちに向かって来ないでよ。

「何をしてるんだ、ヤヨイ。覗き見とは、感心しないな」

 片眉を吊り上げながら、ニッシは逃げようとしたヤヨイに詰め寄る。

――仕方ない。ここは、笑って誤魔化すか。

「草花のことを気に掛けたり、小動物と戯れたりしてるのが意外だなぁと思って。ハハハ。邪魔しちゃ悪いと思って、声を掛けるタイミングを計ってたのよ」

 樹に背中を預けながら、ヤヨイは目を泳がせながら言った。ニッシは、しどろもどろしながら言い訳するヤヨイをじっと睨み、ヤヨイが口を噤んだところで、その顔の横あたりに握り拳を振り下ろし、一発ドンと樹を叩いてから、ドスの利いた声で言う。

「下手な芝居をするな。顔を見れば、本音か空言か一目瞭然なんだよ。いいか。女々しい野郎だと思われたくないから、いま見たことは、二人だけの内緒にしろ。わかったな」

 恐怖で声が出ないヤヨイは、ヘッドバンキングするかのように激しく首を縦に振って同意を表明する。それを見たニッシは、拳を樹から外し、表情を緩めて口角を上げる。

――許してくれたみたいね。あぁ、ビックリした。

  *

――戦場では嗜虐の赤鬼と呼ばれている若き副長も、根は平和主義であるらしい。

 ニッシとヤヨイが、樹の根方に腰を下ろし、立て膝をついて座っている。

「たしかに、こいつで敵兵を容赦なく痛めつけて、戦闘不能に追い込むから、見ようによっては、苦痛に歪むところを楽しんでるようなんだろう。でも、俺にそんな捻くれた趣味は無いし、わざと急所は外してるのは、命までは奪いたくないからだ」

 ニッシは、若干やさぐれた態度で、肩に掛けているマスケットを指差しながら不平をこぼした。

「敵の兵隊さんにも、お家で待ってる人が居るかもしれないものね」

「いやまぁ、そこまで感傷的な理由じゃなくてさ。仲間を失ったら、復讐心に燃えて戦意が湧き上がってくるけど、怪我して帰ってくるだけなら、自分もこうなるのは嫌だって気持ちのほうが先立って、やる気が削げるだろう」

――あぁ、たしかに。それは、そうかもしれない。

「戦争に勝利したいのであって、殺人したいのではない。それに、戦場で敵兵を傷つければ英雄として叙勲されるが、街中で民間人を傷つければ罪に問われる。まぁ、森の中で喧嘩を吹っ掛けられて、危うく刺し殺されそうになったこともあるけどな。ここにある傷は、そのときに付いたナイフの痕だ」

 ニッシは、マスケットの持ち手にあたる木の部分を指差しながら、どこか遠くを見るような目をして言った。

――話せばわかると言いたいところだけど、この国に、戦争放棄を明記した憲法や銃刀法は無いものね。

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