第肆話:夜の味、大人の味
「……さて、どうしたものかな」
ユカリさんは思い悩んでる様子だ。多分、書置きに書いてあった「由紀さん」を探しに行こうかどうか迷っているのだろう。
……もしかして、私がいるから悩んでるのかな……?
「あの、ユカリさん。その……もし邪魔じゃなければなんだけど……私も一緒に探すのは、駄目かな?」
「……サエが? 一緒に?」
ユカリさんは少し驚いているようだった。ちょっと前に私も付いて行くって言ったのを本気にしていなかったようだ。
私だって少しは人の役に立ってみたい……。少しだけでも……。
「ん……まあ、ハラエもいるし、大丈夫かな?」
「あ……な、何か、あったら私に…言ってね? 守るから、ね……?」
……何か、私自身はあまり期待されてない感じ……?
ひとまず家を出た私達は近くの神社に向かうことにした。いなくなった由紀さんはよく神社にいるところを目撃されていたらしい。
私はユカリさんとハラエさんの間に挟まれるようにして、道を歩いていた。
その時、一つの音が闇夜の中に鳴り響いた。
「……今の、サエ?」
「う……ご、ごめん」
「そういや、こっちに来てから何も食べてなかったね。先に何か食べてこっか?」
「あの、ハラエさん……? 私のことは気にしなくても大丈夫ですから、先に由紀さんを……」
「う、ううん、大丈夫だよ?お腹、空いてたら…元気、出ないよね……? 先に、ご飯食べよ?」
二人の優しさが突き刺さる。身勝手な自分の体に腹が立つ。私は二人に案内されるがままに道を歩き、やがて一つの屋台の前に到着した。
「たーいしょー。やってるー?」
「やってなきゃ屋台出してねぇだろ?」
屋台から顔を出したのは、一人のおじさんだった。頭には鉢巻を巻いて、いかにも屋台のおじさんといった感じだ。……屋台を生で見るのは初めてだけど。
「お?そっちのお嬢ちゃんは初めて見る顔だね?」
「……最近引っ越してきたんだって。さあ、サエ、何食べる?」
「え?うーん……そう、だね。初めて来たし、ユカリさん達のおすすめでいいかな?」
「ん、そう?じゃあ、大将、味噌ラーメン三つ」
「おう、ちょっと待ってろよ!」
そういうと大将は三人分のラーメンを作り始めた。ラーメンを作っているところをこんなに間近で見るなんて初めての経験で、思わず胸が躍った。
「お嬢ちゃんは名前、何てんだい?」
「あ、三瀬川賽です」
「へぇ~、三瀬川か。珍しい名前だね?おっちゃんはな、矢田吹ってんだ。よろしくな?」
「大将、無駄話はいいから」
そうやって他愛もない話をしているといつの間にやらラーメンが完成していた。話しながら作業を進めるなんて、ヤタブキさんは凄い。
「さっ、お待っとさん!熱いから気を付けて食べろよ?」
私の目の前には湯気を上げる味噌ラーメンが置かれている。麺の上にはもやしやチャーシュー、葱、とうもろこし等が乗っている。私は目の前の光景に感動を覚えた。いつもはテレビでしか見たことのないようなラーメンが、今!目の前にあるのだ。これが感動せずにいられるだろうか?
「サエ、早く食べないと伸びるよ?」
「や、火傷しないように、ね……?」
二人の声にハッと我に返り、食べ始めることにする。
「いただきます」これは大事だ。食べ物に感謝。
まずは箸で麺を摘まんで持ち上げてみる。屋台の明かりで麺が照らされ、宝石のように輝いて見える。次にフーフーして冷まし、口に入れてみる。なんと美味しいことだろうか?麺に味噌のスープが程よく染みていて、しっかりとした味がする。今度はレンゲに麺を乗せ、もやしやとうもろこしも乗せて食べてみる。……味噌ラーメンってこんなに美味しかったんだ。
気が付くと私は無我夢中で食べており、食べ終わった後は強い満足感と幸福感を得ていた。
「サエ、食べ終わった?じゃあ、そろそろ行こうか?」
「うん、そうだね」
「大将、お勘定」
……お勘定ってちょっと大人な響。
「おう。三人前で1680円だな」
食事を済ませた私達は神社に向かうことにした。ラーメンのおかげで体がポカポカ温まって、ちょっぴり強くなった気分。…気分だけだけど。
「あっ、おい!ちょっと待ちな!」
後ろから聞こえたヤタブキさんの声で私達は立ち止まり、振り返った。
「お前ら、神社に行くのか?この時間は危ないぞ?」
「……ん、分かってるよ。またユキがいなくなったんだよ。ちょっと探しに行くだけだよ……」
「……そうか。じゃあ、これ持ってけ」そういうとヤタブキさんは三枚の紙をユカリさんに渡した。
「これは?何が言いたいわけ……?」
「……また来いってことだ」
そういうとヤタブキさんは私達に背を向け、軽く手を振りながら屋台の方へ帰っていった。
「サエ、ハラエ、これ」
神社の鳥居の前に立った私がユカリさんから手渡されたのは餃子の無料券だった。ヤタブキさんがくれたもののようだった。無料券と言ってしまえばただの無料券だが、今の私にはこの券がお守りの様に感じられた。