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朽ちる  作者: だーいし。
3/6

あの日の改札を思い出す

アイスコーヒーの氷が気付いたらなくなるように、時計の針は知らぬ間に16時半を指していた。

 

私と雄哉は支度をして家を出る。

近くの映画館までは歩いて15分程だ。

夏の夕暮れはまだまだ熱気を残していて、小学生達が黄色の帽子を振り回しながらはしゃいでいる。

お年寄りは玄関先に置かれている花々に水をやっている。

太陽の光を浴びて輝きを放つ水に夏らしさを感じ、胸が躍る。

なんだかんだ言って私は夏が好きだ。

 

辿り着いた映画館は涼しかった。まるで大きなカキ氷に穴を開けて潜ったような心地の良い涼しさだった。

 

2人分の飲み物とポップコーンを買って映画館の座席に着く。


「1番後ろの真ん中ね。」

雄哉がチケットを見せながら言う。

 

「じゃああそこだね。」

私は座席に向かって先導を切って歩いた。

公開してまだ日にちが浅いとは言え、平日の映画館は閑散としていて居心地が良い。


席に腰掛けて間もなく、上映が始まった。

最初は出会った頃を思い出しながら観ていたのに、気が付けば考え事に耽っていた。

こうして雄哉と一緒に居ても、隅の方に追いやった大輝の存在は拭い切れずにいる。


私は、私は。一体何様なんだろう。

自分が傷つきたくないが為に、誰かを傷付けている。

はっきりさせなければならないのは分かってる。

雄哉にしても、大輝にしても、紛れもなくどちらを傷付ける。

本当に正しく傷つかなければいかないのは私なのに。

この罪はどう償えば赦されるのだろうか。

 

あまり集中出来ないまま、スクリーンにはエンドロールが流れていた。


「うーん、何とも言えなかったね。ドラマのままで終わって欲しかったな。」

雄哉は伸びをしながら話している。

 

「あぁー…本当にそうだよね。」

私は上の空で返事をした。

 

喫煙所のような気だるさを抱え込んだまま私は彼と映画館を後にした。

19時半になっていた。


「夜ご飯どうする?食べていくでしょ?」

雄哉が私に言う。


「そうだね。食べていこうかな。何食べる?」

私は雄哉に尋ねる。

 

「じゃあいつもの居酒屋さんにする?」

雄哉は悩む素振りも見せずに答える。心の中ではきっともう決まっていたのだろう。


私達は駅前通りにある大衆居酒屋のドアを開けた。


「いらっしゃい!」

ハチマキに紺の前掛けを下げた男性が声を上げて私達を席へと案内する。

 

「とりあえずビールと…【私】は何飲む?」

ドリンクのメニューを手にした雄哉が私の目をみる。


「あぁー、じゃあ私もビールで。」

私は店員さんを見上げて言った。

 

「かしこまりました。食べ物はお決まりですか?」


「味噌キュウと、軟骨の唐揚げと、焼き鳥盛り合わせのタレを下さい。」

雄哉が店員さんに言う。

 

「かしこまりました。少々お待ち下さい。」

店員さんは厨房の方へ消え、すぐにビールを持って帰ってきた。

 

「それじゃあ今日もお疲れ様。」

雄哉がビールを掲げるので私もお疲れ様と言いビールのジョッキをジョッキをぶつけた。

 

映画の感想を語り合った。

とは言っても集中出来ていなかったから覚えている所を掻い摘んでなのだけど。


その後は意味の無い会話を繰り広げる。

会話に意味を求め過ぎてしまうと苦しくなる、と以前に雄哉が言っていたことを思い出した。

お互いを知りすぎるのも良くないという意味合いだったのだろう。

その時は何を言ってるんだと思っていたけれど、今ではその気持ちが痛い程に分かる。

意味のない会話の方が何も考えずに済むから楽だ。


「俺、言わなきゃいけないことがあるんだよね。」

そんなことを思っていたのは私だけだったらしい。雄哉が意味ありげに口を開いた。

 

「何?急にかしこまっちゃって。」

私は敢えて軽口で答える。

 

「実は、仕事辞めようと思ってるんだ。」

雄哉はビールを流し込んでから答えた。


「えっ。」

あまりに唐突で予想外の事だったので上手く言葉が返せない。

 

「なんで?」

ちゃんと形となった発言はそれ以外に無かった。

 

「実家でお袋が倒れたらしくてさ。もう何度も入退院を繰り返しているし、親父に戻って来ないかって。」

一呼吸置いて雄哉は話を続ける。

 

「親父もそんなに体が強くないからさ。いい加減両親2人で暮らすのは大変じゃないかなと思って。幸いにも今と同じような事務仕事で給料も殆ど変わらない仕事が地元にあるからそっちにしてみようかなって思ってるんだ。」


実家。東京生まれ東京育ちの私には帰る地元がない。雄哉は神戸出身だった。

正月やお盆など、節々のタイミングで帰れる地元があるというのは私には羨ましかった。 

 

「私は?」

ワガママな私は彼の発言に少しだけ無責任さを感じてしまい、思わず責めるような口調で言い放ってしまった。

 

「うん…。それなんだけど、良かったら着いてきてくれないかな。親も安心するだろうし。」 

結婚。その2文字が出てくるのだと思っていた。この流れで結婚しようという話になるのだと思っていた。


「ねぇ…私達って結婚しないの?」

沈黙に包まれているなか、私はついそんなことを口にしてしまった。


実際にどれだけの時間が流れたか分からない。体感にすると何時間にも感じた最中、雄哉が口を開く。

  

「結婚、しようと思ってるよ。指輪はまだ無いから口約束になっちゃうけど。

以前はないよりはマシだと思っていた口約束。子供騙しな誓いに私の胸は踊らなかった。


「思ってるってなに?どこまで本気で私のことを考えてくれているのか、私分からないよ。」

私は不味いものを吐き出すような気持ちで答えた。自分で空気を悪くしてしまっているのに雄哉を責めていることが、更に嫌な雰囲気をつくりだしている。


「本当だって。【私】のことを愛おしく思うし一緒に居たい。でも現実問題として、俺は【私】よりも年下で稼ぎも少ない。ちゃんと幸せにしてあげられるか、他の人と比べて劣等感を感じないで済むかどうか、確実な約束が出来ないんだ。」 

雄哉は真面目だ。

もっとワガママになっても良いのに。

歳なんて関係ないのに。

俺が幸せにしてみせるから、着いてこいって根拠の無い自信を持って言って欲しかっただけなのに。

どうしてこうなってしまったんだろう。


雄哉の真面目さと引き換えに私の醜さが実感出来てしまって苦しくなる。


再度沈黙が訪れた。

「そっか。ちゃんと考えてくれていてありがとう。でも、今すぐに返事は出来ないや。ごめんね。」

私は目も合わせずに答えた。

 

「うん。いいんだ。こっちこそ、嫌な思いをさせちゃってごめんね。時間置いてからまた返事を聞くからさ。俺の事はどうでもいいから自分の幸せを中心にして良く考えて。」

雄哉は後頭部を掻きながら答えた。

 

雄哉の後頭部を掻くクセは、嘘をついている時に良く現れる。

本当はもっと自分の事を考えて欲しいくせに、微塵もそれを出さない。

それも1つの優しさかもしれないが今の私には理解ができなかった。


会計を済ませて、駅に向かって歩いた。

普段ならこのまま雄哉の家に戻るのだが、今日は自分の家に帰りたかった。

 

雄哉に見送られて改札をくぐる。

人混みの中に雄哉が消えていくのを、帰っていくフリをして眺めていた。



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