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朽ちる  作者: だーいし。
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私が売った春

7月の太陽は容赦なくさんざめく。

レーザービームのような陽射しに思わず目を細める。

入道雲は綿アメなんて可愛らしいものではなく、モクモクと成長していく怪物のように見えた。


時刻は12時50分。

大輝と別れて私は電車に乗り込んだ。

都会とはいえ、平日の昼過ぎの電車はまだ空席が多く見受けられる。

 

私は疲れた顔をして眠っているスーツ姿の男性の隣に腰をかけた。 

電車の揺れに合わせてこちらへ傾いてくる男性。

そんな時、サラリーマンの持っているスマートフォンが光って待ち受け画面が露わになった。

満面の笑みを浮かべて笑っている子供の姿が写っている。

どこにでも転がっている石ころと同じでどこにでも居るサラリーマンも、どこかの誰かのお父さんで一家を支える大黒柱なのかと思うと、なんだか不思議な気分になる。


―私は誰かの何かになれているだろうか。

雄哉との付き合い方もままならないまま、大輝とも公に出来ないような交際をしている。

こんな私に幸せになる権利なんて存在しているのだろうか。

楽園の副作用として現れたのは、ふとしたときに現れる現実だった。

 

ひとたび指を触れたら、呆気ない程に崩れてしまうような関係の大輝。

人生経験の浅い私でも分かる。この関係の結末に待っているのは破滅だ。

どんな形であれ、私達は最後には粉々になってしまうだろう。

一方で停滞している雄哉との関係。

嫌いな訳では無い。離れたい訳でも無い。ただ、もう1度欲しがってくれたならな、と思う瞬間は以前よりも多くなった。

私と雄哉の関係は何で結ばれているのだろうか。

赤い糸だと思っていたものが、徐々に解れていく様子が脳裡に浮かぶ。


考え事をしながら街を闊歩していると雄哉の住むマンションが見えてきた。

かつては目をキラキラさせながら見ていた建物が、今ではコンクリートの塊でしかない。

 

そのままマンションには向かわず私は近くのコンビニに寄った。

コンビニの冷気は、待ってましたと言わんばかりに私を歓迎してくれているように感じてしまう。

私はスマートフォンを手に取り雄哉に電話をかけた。

何回か鳴った呼び出し音の後に雄哉の声がする。 

「もしもし?」

 

「もしもし雄哉?今コンビニに寄ってるんだけど、何か欲しいものある?」

うーん、と唸り声をあげ、閃いたように雄哉が喋り出す。

  

「あ、じゃあアイス買ってきて。」


「分かった。何のやつ?」

私はアイスコーナーに向かいながら受話器に話しかける。

 

「何でもいいよ。【私】が食べたいやつで。」 

「はぁーい。じゃあアイス買ったら向かうね。」

「うん、また後でね。」 

 

通話を終えてアイスと飲み物を買ってコンビニを出た。


2分と歩かずに私は雄哉の住むマンションに辿りつく。

小さいながらもオートロックのついたマンションの入口で、309の番号を押す。


「はぁーい、着いた?」

 

「うん。着いたよー。」

 

機械が入口のロックを解除する音がして私は扉を開けた。

階段を上がりドアのチャイムを鳴らす。


「おかえり。暑かったでしょ。部屋、冷やしておいたから。入って。」

 

「ただいま。ありがとう。」

 

足を踏み入れた雄哉の部屋には先程のコンビニと同じような歓迎ムードを感じた。


お互いの家はあれど、私も住めるようにと選んでくれた2LDKの部屋。

リビングダイニングからは私の好きなお香の香りがした。

 

「髪、切ったんだ。」

私はソファーに座り込み、雄哉に話しかけた。

 

いつの間に切ったのか、長かったパーマバッサリと切って耳周りを刈り上げた丸みのある髪型になっている。

パーマが名残惜しそうに残っているのが、なんだか少し情けなくて可愛かった。


 「うん。鬱陶しかったし、そろそろ新しい髪型も良いかなぁーなんて。」 

雄哉は後頭部を掻き毟りながら答えた。


「そうだったんだ。私、雄哉がくるくるにパーマをかけてる以外の髪型初めて見た。でも似合ってるよ。」

 

そうかなぁ、と恥ずかしそうにしながら

雄哉が冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出した。


「はい、いつものやつ。お待たせ。」

 

雄哉の家でアイスコーヒーを飲むのはいつもの定番となっていた。

雄哉はブラック、私はミルクをたっぷりいれたカフェオレ。

何も予定がない日はこうしてコーヒーを飲みながら予定を立てていくのも定番だ。

 

「いつもありがとう。」 

黒でも白でも、かと言って灰色でもない茶色をした飲み物が私の前に置かれる。

 

「今日はどうしようか、外は暑そうだしね。」

「今日も暑かったよ、本当に。今日来るの止めちゃおうかなって思うくらい。」

私は悪戯っぽさを含んだ顔で雄哉の顔をのぞき込んだ。

 

「本当にひどいこと言うよね。」 

雄哉は笑いながら答える。

冗談で悪口を言い合える仲というのは、何よりも仲のいい証拠かもしれない。


「汗でメイクを落としながら来たんだからね。どれだけカッコ悪い姿だったか…」

わざとらしく頬を膨らませてみる。

 

「ありがとうね、恥ずかしい思いさせてごめんよ」

雄哉は笑いながら答える。


「あ、そういえば映画が見たいかも。」

私は思い出した様に言った。

 

「映画か。確かに最近行ってないね。名案。」 

雄哉がスマートフォンを開き、近くのショッピングモールにある映画館の上映時間を調べ出した。

 

「ほら、あれ、見たいよね。ドラマでやってたやつ。不倫がテーマの。」

私は目を閉じながら人差し指を振り回した。


「あー、あれか。見てたね。懐かしいな。」

出会った頃に2人で良く見ていたドラマだった。

まだ学生だったとき、雄哉は今とはかけ離れたような安いアパートに暮らしていてそのドラマのやってる日には泊まりに行くという決まり事を立てていた。

付き合っても居ないのに彼の家に泊まる事には抵抗があったが、彼の強い押しに負けて1回だけならと泊まってしまったのが私達の始まりでもある。

そんな不純な関係で繋がって、毎週決まった曜日に放送される不貞なドラマが最終回を迎えた頃に、私達は始まりを迎えた。

 

「17時なら間に合うんじゃない?」

雄哉がスマートフォンの画面を見せて私に言う。


「ええと、今は…」

私は壁に掛けられた大きな時計に目をやった。針は15時を指している。

 

「そうだね。それにしよう。それまではダラダラと過ごす感じで。」

雄哉は本棚から本を取り出した。

【女王蜂】と書かれた推理小説だ。

挟んである栞がまだ序盤にあるのに少しだけ汚れている辺りから、普段もあまり読んでないんだろうなと察した。


頭が良くないから内容もそんなに理解していないんだろうなと思いながら文字を追う雄哉に目をやる。

途端に愛しくなって私は雄哉の髪を撫でた。

まだ見慣れない新しい髪を。


私は隣で座る雄哉の太ももに頭をやって、何もせず時間が過ぎるのを感じていた。

きっと17時なんてあっという間だ。


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