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004 簡単に異世界には行けない――――④

 サトシは不安を顔に表してはいるが、先ほどの感覚を感じたかは分からない。聞いてみようか――とも思ったが、何故だか薄気味悪い予感が脳内を過り言葉はでて来なかった。

 俺はさっきの感覚を小さく頭を振ってかき消すと、何とか冷静さを装いながら、サトシに声を掛ける。


「じゃあ、まずは三十三階だな」


「うん。……エレベーターの中は結構綺麗だね」


 エレベーターに乗り込むと、キョロキョロと内部を見渡すサトシに内心同意しながら、㉝と書かれた四角いボタンを押し込んだ。

 上がり始めると、若干の地に押し付けられるような重力感。続いて高層階エレベーター特有の鼓膜が引っ張られるような感覚。だがそれ以外に特別な異変はない。


 俺は壁を指で触っていたサトシの背中に何の気なしに話しかけてみる。


「そういや、サトシは飯食ったのか?」


「うん。食べたよ。シュンはお風呂も入ってきたんだね」


「ああ。帰りが何時になるか分かんねーからな」


 振り向くサトシに、髪が若干しっとりしてたからかな、と思い苦笑いを浮かべ答える。俺の真意をオブラートに包み込んで。


「僕は出かけてたらまた入りたくなるかな、と思って入ってこなかったんだ」


 長い付き合いであるし、このように答えたことから俺の真意も伝わっているのだろう。

 当然、俺は家に帰るつもり――そしてサトシも今日、家に帰るつもりだということが分かる。


 つまり、異世界に本当にいけるとは思っていないというわけだ。まぁ何度も失敗しているからって理由も考えられるが……。

 もし本気で思ってるなら、絶対に入っておくべき。異世界で風呂に入れると考えるのは甘すぎる――とまではサトシの頭にはないかもしれないけど。


 なんだかんだ言って、サトシ自身も二人でこんな時間を過ごすのが本当の目的なんだろうと思う。


「ふぅん……。言われてみれば……ちょっと汗もかいちまったし、帰ったらシャワーくらい浴びるかも」


 いや、俺だって本当は分かってる。


 サトシが本当は異世界に行く方法の結果が大事と思ってるんじゃなくて、その過程を重要視してるってことくらい。

 真面目に考えてたら実行するわけがない。だから、俺も付き合ってるんだから。犯罪ぎりぎり――いや、完全にアウトだけど。


――と、考えているといつのまにやら重力感が収まっていきエレベーターが止まった。俺たちの意志とは無関係に開くドア。中から見える三十三階の光景は荒れ果てたオフィスのような場所。

とはいえ、現状この階自体に用はない。俺はサトシに顔を向け、①と書かれたボタンに指を当てた。


「じゃあ一階へ降りるぞ」


「うん」


 ボタンを押し込むと、特に変わった様子もないままエレベーターは降りて行く。今度感じるのは僅かな浮遊感。

 俺たちの息遣い以外ほとんど音のない静かな空間。壁には擦れたコカ・コーラの宣伝ポスターが貼られている。

 それを見て喉が沸いたなぁと思っていると、サトシが俺の顔を覗き込んできた。


「ねえ。新しいクラスどうだった?」


 恐怖心を振り払うためだろうか、サトシの声は少し大きい。


「んー。まだ初日だし分かんねーよ。サトシと一緒になれたから、あとはどうでもいいって」


 同じ中学から上がってきた他の友達もクラスには居た。特にサトシはその人懐こい性格故か友達は多い。

 しかし……、なぜかよく分からないが、サトシは俺にしかこの計画で声をかけたことはないらしい。


「シュンがデレてる! でも、確かにそうだね」


「いや、そういうんじゃねーし。気持ちわりぃ」


 なんだかんだ言いつつも、俺たちは仲が良いんだろうな。――自分で言いたくはないけれど。


 ま、別に悪い気はしないか、と思いつつ上部の階層表示の数字を眺める。5、4、3……。

 もう三度目となる、リーン、という音と共に一階へ到着し扉が開いていく。薄暗い中見える光景は先ほどと変わらないエレベーターホール。

 気にしていなかったが、エレベーター内から見ると枯れた観葉植物や散らかったゴミ、壊れた椅子が転がっているのが目に入った。


「あ。着いた。じゃあ、シュン! ちゃんと息を止めて、どうしようもなくなったらビニール袋で呼吸ね」


「ああ。でも、さっき上る時、時間計って見たけど、四十二秒だったから多分大丈夫だわ」


 一応スマホで測っておいた。……が、俺の予想に反してこの行程が実現可能、という事は一体全体どういうことなんだろうか。

 サトシは特に気にしてないようだが、そのことに何となく嫌な予感を覚える。


「さっすが。頼りになる! まぁ一応保険ってことで」


「お!閉まるぞ。息とめろ!」


 ゆっくりとドアが閉まりエレベーターは上がり始める。

 ビニール袋を握りしめ息を止めていると感じる重力感。の――瞬間、俺の全身を猛烈な悪寒が襲う。

 ずぞぞぞ、と体中を舐めまわされるような不快な感覚に、思わず肌が粟立ち、地に足がつかないような錯覚、それに俺は―――動転し……。

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