3-全ての始まり
―――その日の夜。
夕食を食べ終え、早々と自分の部屋に戻る。ふと、先生から受け取りそのままポケットに入れていた名刺のことを思い出す。取り出した名刺には、会社名であるIFS、そして‟園田‟という人物の名前と電話番号が書いてあった。少し緊張はあったが、意を決して電話を掛ける。
「もしもし?」
三回目のコールが鳴ったところで、中年くらいの男性の声が聞こえてきた。
「あっ、あの僕、高木センといいます!星乃瀬高校の―――」
全く面識のない人と電話する機会があまりなかったので、緊張が声にも表れてしまった。その上、相手が自分のことをどれだけ知っているのかも不明だったので、言葉の選択も難しい。
「あー、はいはい!高木君だね。連絡待ってたよ」
男の声色からは楽しげな雰囲気が窺えた。本当に僕からの連絡を待っていたようだ。
「まずは自己紹介でもしておこうか。名刺にも書いてあると思うけど、私の名前は園田裕。IFSで働いている研究員の一人だ。一応、ある研究チームのリーダーをしている。よろしくね」
IFSは世界中から優秀な科学者を集めていることで有名で、実際ごく一部の選ばれた人たちしか入社は叶わない。何の研究かは不明だが、その中でチームリーダーを任されるということは、園田はかなり優秀な科学者だということだろう。
「宜しくお願いします。僕は星乃瀬高校二年の高木センです。それ以外は、特に紹介することはないいんですけど……」
「大丈夫!君のことはいろいろ調べさせてもらって、よく知っているから」
何を調べたのか少し気になったが、特にやましいことがあるわけでもないので、気にしないでおく。それよりもずっと気になっていたことを質問してみる。
「あの、それでどういったご用件ですか?」
「ああ!そうだね!何も説明していなかった」
園田は半分笑いながら、そう答える。そして少し声のトーンを変えてこう言った。
「実は、君に協力してほしいことがあるんだ」
聞き間違いだろうか。優秀な科学者の集まりであるIFSが僕に協力を求めている?そんなことがあるだろうか。いや、有り得ない。
「協力…ですか?自分で言うのも何ですけど、僕大して勉強もできないですし、IFSの方のお役に立てることなんてないと思うんですけど……」
すると園田はまた先ほどの明るい口調に戻って答える。
「いやいや!学校の勉強なんか問題じゃないさ!私たちは君の力が必要なんだ」
あくまで僕の助力が必要だと言ってくる園田。
「―――はあ」
先ほどの口振りから、人違いの可能性は薄いと理解したが、未だに釈然とせず、曖昧な返答しか出来なかった。しかし、そんな僕のことはあまり気にせず、園田は話を続ける。
「明日は学校休みだよね?午後にでも時間はあるかな?」
「はい。特に予定は無いです」
僕は園田の質問に正直に答える。明日は土曜日。部活動や習い事は元よりしていないし、明日はちょうど誰とも約束を交わしていない。
「よーし完璧。じゃあ、13時に私たちの本社に来てくれるかな?受付のほうには、私が話を通しておくから」
「えーと、はい。わかりました」
少しいきなりの話で驚きはしたが、特に断る理由も見つからなかったので、あまり迷わずに了承する。
「軽食ぐらいならご馳走できると思うから、気楽に来てくれ。それじゃあ、また明日!―――高木セン君」
「はい、失礼します」
最後まで失礼が無いようにして、電話を終える。通話時間としてはものの数分だったようだ。緊張のせいか、実際の時間より長く感じた。園田が話しやすい人だったことが功を奏したか、特にヘマはしなかった。
「流れでOKしちゃったけど、結局要件は何も分からず終いだったなぁ」
一人でそんなことを呟く。園田が肝心な話はあえて触れないようにしていたようにも思えた。僕の力が必要と言っていたけど、そもそも僕の力ってなんだろう。とにかく分からないことだらけだ。まあ、明日行ってみればはっきりするか。これ以上考えるのはやめておこう。
「よーし、風呂入って寝る準備しよーっと」
―――もし僕がこの日の自分に会えるなら、なんて言うだろうか。何を言えるのだろうか。全てが始まってしまった、この日の僕に。