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8. 手紙

「それじゃあこれからクラス委員の定例集会を……っ!?」



 そう言いながら視聴覚室へ入って来た生徒会長――楓は室内にいるはずがない人物を視界に入れると同時に、目を大きく見開いて言葉を詰まらせた。



「朝、日?」

「どーも、会長さん。クラス委員としてよろしく」

「お前が、クラス委員……」



 にやにやとしてやったりの表情で片肘を着く蒼は非常に楽しそうで、彼の隣に座る悠乃は、彼が単純に楓を驚かせたくてクラス委員になったのではないかと疑ってしまった。



「楓様」

「あ、ああ。すまない」



 入口で硬直していた楓に後ろから副会長の小夜子が声を掛けると、彼は我に返ったように動き出す。以前悠乃が会った時に連れていた黒木は居ないらしく、小夜子が後ろ手に扉を閉めると楓は教壇に立って勢揃いしている各クラス委員を見回した。意識的に蒼を見ないようにしているように見えるのは決して悠乃の気の所為ではないだろう。



「生徒会長の虹島楓だ。生徒会から各クラスへ必要な連絡事項はクラス委員を通すことになるから、よろしく頼む」



 最初ということもあってそこまで重要な話はないらしい。それぞれのクラス委員が一通り自己紹介をすると「では一年間責任感を持って取り組んでくれ」と――今度はやけに蒼を厳しい目で見ながらそう言って解散となった。


 周囲がざわつき始め悠乃も教室を出て行こうと立ち上がろうとしたのだが、その直前に蒼に腕を掴まれる。何だろうと自分の腕を伝って彼に視線を送るが蒼は悠乃を見ておらず、口元を不穏に緩めて「まあ待てって」と前方を見据えていた。

 彼女も釣られて視線を追い掛けると、他の生徒の間を横切るように、楓と小夜子が真っ直ぐ自分達の方へ歩いて来る所だった。



「これは一体どういうつもりだ」

「どういうって、一体何が言いたいのかねえ?」

「真面目に職務に励む意欲のないやつがなっていい委員じゃないと言っているんだ。お前が他の生徒の模範になれるとは思えない」

「酷いこと言うなあ。俺ほど優秀な生徒もいないってーのに」

「……はあ、もういい。お前に何を言っても無駄だということを忘れていた」



 蒼を至極冷やかな目で睨んだ楓はもう彼を視界にも入れたくないとばかりに大きく顔を背けると、二人の様子を苦笑しながら見守っていた悠乃に視線を写してすぐに厳しい表情を緩めた。



「鏡目さんだったね、クラス委員として関わることも多くなるだろう。改めてよろしく頼む。編入早々でクラス委員……しかも相方がこれだからな、大変だろうから俺も出来るだけ協力するし、俺に言いにくいことだったら小夜に相談してくれ」

「は、はい……」



 これ呼ばわりに少々顔を引き攣らせながらも悠乃が頷くと、楓は最後に蒼に向かって「お前のことはどうでもいいが、くれぐれも鏡目さんに迷惑を掛けるんじゃない」とだけ言って教室を早足で出て行く。



「あー、やっぱあいつの顔見てると腹立ってきた」

「蒼君?」

「ちょっと行ってくる」



 ぽつりと苛立ちを込めて小さく呟いた蒼は、そのまま楓を追うように教室を出て行く。悠乃の視界から彼が消えてやや間を置いた後、「な、朝日!」「ばーか、騙されてやんの」と廊下から騒がしい声が聞こえて来る。まるで小学生の喧嘩のように低レベルな会話が続いているのを少々呆れ顔で聞きながら今度こそ席を立った悠乃は、しかし鞄を掴む前に名前を呼ばれてその手を止めた。

 今まで楓を追うことなく静かに佇んでいた小夜子が話し掛けて来たのだ。



「……まだ、朝日蒼と一緒にいるのね」

「えっと……はい」



 その声に怒りは含まれていなかったものの、悠乃は僅かに罪悪感を覚えて曖昧に答えを返す。以前彼女に会った時に忠告として言われた言葉を無視する形になった為だ。

 しかし小夜子も理緒も、どちらも蒼には関わらない方が良いと口にする。確かに蒼は清廉潔白な善人とは到底言い難いが、それでもそこまで倦厭しなければならない人間だとは悠乃は思っていない。

 それはただ単に、彼女が彼の本質を理解していないだけかもしれないが。



「別に責めている訳じゃないの。あなたが自分の意思であの男と一緒にいることを決めたなら、私の言葉なんて気にしなくていいわ」

「でも、どうして蒼君のことそんな風に言うんですか?」

「朝日蒼は……危険よ。だから、あなたも巻き込まれないうちに離れた方がいいと思っただけ」



 蒼が、危険?

 確かに蒼には敵が多い、というか自ら多くの人間を敵に回す言動を取ることが多い。だから小夜子は、悠乃がそのとばっちりを受けることを危惧しているのだろうか。

 小夜子は観察するようにじっと悠乃を見つめた後、「それとも」と少し考えるように緩く首を傾げた。



「もしかして鏡目さん、朝日のことが好きなのかしら」

「い、いえ、そういうのじゃないんですけど」

「そう」



 同日に同じような質問をされたことに驚きながら否定すると、小夜子はあっさりと引き下がる。それに少し安心した悠乃は、小夜子にこの機に少し気になっていたことを尋ねた。



「そういえば夕霧先輩って虹島会長のこと……その、楓様って言ってますけど」

「そうね、癖のようなものかしら」

「癖?」

「……夕霧の家は虹島の分家だから、昔から楓様に仕えているようなものなの」

「そう、なんですか」



 てっきり悠乃は、それこそ小夜子が楓のことを好いているからそう呼んでいるのではないかと思っていた。速水も言っていた通り虹島はとても大きな家のようなので分家があるのは可笑しくないが、生徒間でもこのような主従関係にも似たものがあるとは思っていなかった。



「この前一緒にいた黒木君もそうなんですか? 先輩と一緒に後ろに控えていましたけど」

「黒木? ええ、まあ……あの子もそんな感じよ。生徒会には入っていないから、今日は居ないけど」

「小夜子」



 悠乃が成程、と頷いていると不意に教室の外から声が掛かる。小夜子は勿論のこと悠乃も無意識に振り返ると噂をすればというやつだろうか、ちょうど今話題に上がっていた黒木が扉近くから顔を出していた。



「クロ?」

「楓が呼んでる」

「分かった、今行くわ……それじゃあ鏡目さん、クラス委員頑張って」

「はい、ありがとうございます」



 悠乃に優しい口調でそう言い残した小夜子は早足で教室を出て行き、黒木と共に去って行った。それと入れ替わるように戻って来た蒼は先ほど出て行った時よりも少々機嫌が直っており、恐らく楓を存分にからかって来たのだろうと容易に想像がついた。



「おかえり蒼君」

「ただいま。夕霧と話してたのか?」

「え? う、うん」

「ふうん」



 小夜子との会話を思い出し、悠乃は少々動揺しながら頷く。そんな悠乃の不審な態度などすぐさま見抜いたであろう蒼は、しかしそれを指摘することなくひとつ相槌を打っただけでそれ以上何も言うことはなかった。

 蒼は危険だ、とそう言った小夜子の言葉をもう一度頭の中で繰り返した悠乃は、しかし内心で静かに首を振った。誰かの言葉を簡単に鵜呑みにしてはいけない。小夜子がそう言った理由はどこかにあるのだろうが、最終的にそれが正しいか判断するのは自分だと。



「悠乃、何ぼーっとしてんだ? 早く行こうぜ」

「……そうだね」



 悠乃がするべきことは蒼を疑うことではない、魔獣を召喚した悪魔憑きを探すことだけだ。



 しかしあれから再度魔獣を見つけられていない。調査は続けているものの、そろそろ手詰まりを覚えて頭を悩ませていた悠乃に変化が訪れたのは、そのすぐ翌日のことだった。

 しかも手がかりは、悠乃が見つけ出す前に向こうからやって来たのだ。



「……あれ」



 登校したばかりの悠乃は、友人達に挨拶をしながらいつも通り自分の席に辿り着いた。しかしいつもと違っていたのは、机の中に一通の白い封筒が入っていたことだ。覚えのないそれに彼女は首を傾げ、しかし糊もされていなかった為何気なくそのまま中に入っていた一枚の便箋を取り出して広げた。



「っ!?」

「おはよう、悠乃……どうかしたの?」

「理緒ちゃん……何でも、ない」



 内容を見た瞬間に咄嗟にスカートのポケットに便箋を隠した悠乃は、口元を引き攣らせながら隣に登校してきた理緒に曖昧に笑い掛け、そして不審に思われない程度に急いで教室を飛び出した。

 誰も来ないであろう非常階段まで辿り着いた彼女は、ばくばくと煩い心臓を静めようとゆっくりと深呼吸を繰り返す。しかし大して効果はなく、悠乃は先ほどその目で見たものが本当に正しかったのかを確かめる為にポケットから便箋を取り出して広げた。



『お前の秘密を知っている

 他の人間に知らされたくなければ一人で今日の午後七時に第三校舎裏の森に来い』



 慌てて隠した所為でくしゃくしゃになっている便箋には、確かにそう書かれていた。



「秘密……」



 そう言われてすぐに思い付くのは勿論彼女が特殊な警察官であり、この高校へ潜入捜査をしていることだ。

 どうしてばれた、今度は何故。その疑問が頭の中でぐるぐると回り続け、答えの出ないまま延々と繰り返される。


 しかしただ一つ、思い付くことがない訳でもない。……蒼が他の誰かに話していたら、という可能性だ。彼自身は話す訳がないと断言していたものの、それだって絶対ではない。彼が悪魔に対して興味を無くし、悠乃との約束を反故にしようとしていたら。

 分からない。しかし過程がどうであれこの手紙の差出人が悠乃の秘密を握っていて、それをどうにかしなければならないのは事実なのだ。



「お、悠乃。おはよー」

「……おはよう」



 いつも通り、何かを含んだような笑みを浮かべる蒼を見て余計に彼を疑いたくなってしまう自分に、悠乃は嫌気が差した。



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