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7. クラス委員

「ねえ悠乃ちゃん。悠乃ちゃんと朝日君って……どういう関係なの?」

「え」



 蒼が悠乃の家に来てから数日後のお昼休み、彼女は教室で友人である数人のクラスメイトと共にお弁当を食べていた。和やかな雰囲気で進んでいた会話が不意に途切れたその時、悠乃の目の前に座っていた少女が「ずっと気になってたんだけど……」と前置きをしてそう尋ねて来たのだ。



「あ、それ私も気になってた」

「何かよく一緒にいるもんね」



 思わず箸が止まった悠乃に、一緒に食べていた他のクラスメイト達も同調するように声を上げる。唯一彼女の隣で静かに食事を続けていた理緒は無言を貫いていたものの、話はしっかりと聞いているようで、眉間に皺を寄せて厳しい表情を浮かべていた。



「どうって言われても……友達、かな」

「えーホントに?」

「好きじゃないの?」

「違うよ!」



 自分で口にしておきながら彼女は友達という言葉に若干の違和感を覚える。かと言って仕事の協力者とも言える訳もなく、無難な言葉はそれくらいしか思いつかなかったのだ。

 興味津々と言った様子で前屈みになる友人達に首を振って否定していると、今まで黙っていた理緒がようやく箸を置いて「絶対にあいつは止めた方がいいよ」と僅かに怒気を含んだ声で言った。



「朝日、どう見ても性格最悪でしょ」

「でも悠乃ちゃんと話してる時はそんなに酷いこと言ってなさそうだけど」

「あ、じゃあもしかして朝日君の方が悠乃のこと好きなんじゃない?」

「それあるかも!」



 きゃあきゃあ騒ぎ立てる少女達を宥めようとした悠乃だったが、急に鋭い視線を感じてちらりと背後を振り返る。教室内には他にも十数人のクラスメイト達が昼食を取っていたが、その中の一つである数人の女子グループの面々が悠乃を睨み付けるようにして見ていたのだ。彼女達は視線が合うとすぐに逸らしたものの、こそこそと何かを言い合っているのが分かる。



「ああいう連中もいるし、朝日と関わんない方がいいと思うけど」



 同じように彼女達を見ていたらしい理緒が、ため息と同時に悠乃にそう忠告する。



「あの子達は、蒼君のことが好きなの?」

「そーじゃない? このクラスの大半はあいつの性格分かってるけど、あいつらや他のクラスのやつは顔だけしか知らないだろうしね」



 理緒の話によると、この学校は一年の時から文理および日本史と世界史選択でクラス分けがされており、二年になってもそれは変わらない。という訳でこのクラスも元々文系・世界史選択であった数クラスにいた生徒だけが振り分けられた為、半数以上のクラスメイトは一年時と同じだという。

 だからこそ一年を共にした大体のクラスメイトは蒼の性格を熟知しており、他の友人のように「顔はいいけど性格がちょっと……」と考える人が多いらしい。



「でも本当に、悠乃大丈夫なの?」

「大丈夫って?」

「もしかしてあいつ、悠乃の弱みを握って一緒にいるように強要してるんじゃないの?」

「ち……がう、よ?」



 殆ど核心を突かれた彼女は、動揺しながらも何とか否定する。理緒が鋭く真実を見抜いたというよりも、単純に蒼に対する悪意と嫌悪によってそのような考えに至ったのだろう。



「本当に?」

「本当に、ただの友達だからそんなに心配しなくても平気だよ」

「……」



 疑わしげな目を向けられたが、悠乃は軽く笑ってその話題を終わらせた。













「皆すまん! すっかり忘れてた!」



 その日の放課後、解散を言い渡されて教室内が騒がしく鳴り始めたその直後、突然誰よりも大きな声で氷室の声が響き渡った。鞄に教科書を詰めている最中に聞こえて来た担任の声に驚いて顔を上げた悠乃は、教室の前方で両手を合わせて頭を下げている氷室の姿を見て思わず首を傾げた。



「これから今年のクラス委員の顔合わせがあったんだが、委員会決めるのすっかり忘れててな……悪いがクラス委員だけでもすぐに決めて欲しいんだ」

「えー、今から?」

「他の委員会は明日どっかで時間取って決めることにする。とりあえず、クラス委員に立候補してくれる人はいるか!」



 あれだけ騒がしかった教室内は、氷室が問いかけた途端に静まり返ってしまう。隣のクラスのざわめきが聞こえる中、皆様子を窺うように周囲にちらちらと視線を送り合っていた。



「はーい」



 しかしその静寂は然程時間も掛からずに打ち破られる。それは挙手しながら声を上げた人物だけではなく、彼の声を聞いた周囲の人間達によっても、であった。



「俺がやりまーす」

「あ、朝日……本当にやるのか!?」



 誰もが口を閉ざしていた中でただ一人立候補したのはなんと蒼だった。これにはクラスメイトはおろか、誰も手を上げる様子がないことに焦っていた氷室ですら目を剥いて驚いている。当然ながら、悠乃も同様である。



「俺がやったら何か問題が?」

「見直したぞ朝日! まさかお前がクラスの為に働こうと思うなんて……先生は感動した!」



 あの朝日が、と教室中が騒然とする中、悠乃は蒼を見つめていた。いつも通りの何かを企むような笑みを浮かべながら彼女の傍へやって来た蒼に、今度は何を考えているのだろうかと少々不穏な空気を感じとる。



「朝日、あんた本気なの……?」

「本気だけど悪いのか?」

「悪いわよ。うちのクラスのイメージが駄々下がりするわ」



 隣にいた理緒が酷く胡乱な目で彼女達の元へ来た蒼を睨んで噛み付くが、彼はまるで気にした様子もなく彼女の言葉を流して悠乃の隣で足を止めた。



「じゃああと女子を誰か――」

「あ、言い忘れてたんですけど、俺悠乃と一緒じゃなきゃやらないんでよろしく」

「はあっ!?」



 突然蒼に右手を掴まれたかと思うとそのまま挙手するように手を上げされられた悠乃は、混乱しながら大口を開けてぽかんと蒼を見上げた。「朝日君がやるなら……」と立候補しようとしていた女子の手が中途半端な位置で止まっている。



「あんた何勝手に悠乃を巻き込んでるのよ!」

「あーさっきから時雨は煩いな。悠乃、やるだろ?」



 煩わしげに理緒を見た蒼がすぐに視線を悠乃に移すと、有無を言わせない口調で彼女にそう問いかける。その間もずっと右手は上げさせられており、少し腕を揺らしてもその手が緩むことはなかった。

 悠乃からすれば何故自分まで、と言いたくて仕方がない。そもそも蒼も知っている通り彼女はただの一般生徒ではなく仕事でこの高校に通っていて、部活はもとよりクラス委員など時間を拘束される委員会に所属するつもりなどなかった。更に言えば調査が無事に終了してしまえばそれ以上ここに留まる意味もなく、そのまま学校を辞めるかもしれないのだ。重要な立場につけば、後々他の生徒の迷惑にもなるだろう。


 しかし断ろうと思ったものの、彼女の隣には断るなど許さないとばかりにじっと悠乃を見つめる蒼がおり、そして周囲の生徒も――蒼に好意を寄せているらしい女子以外は、早く帰りたいのか悠乃が頷くのを待つように彼女に視線を集めていたのだ。

 極めつけに、廊下を部活に行く生徒が走って通り過ぎたのを見た氷室が申し訳なさそうに悠乃の前に歩み寄ってくるのを確認した彼女は、諦めるように一つ嘆息した。



「すまん、鏡目……やってくれないか」

「……はい」

「朝日を頼む」

「え、何で俺の方が頼まれちゃってる訳?」



 心外だ、と肩を竦めた蒼の言葉に答える者はいなかった。













「蒼君……なんで私までクラス委員にしたの?」



 蒼と悠乃が委員を務めることが決まり、すぐに慌ただしく顔合わせの為に視聴覚室へと急ぐことになった二人。先程の教室の喧騒が懐かしくなるくらい人気が少なくなった廊下まで来ると、悠乃はようやく聞きたくて仕方がなかった疑問を口にした。



「ん? 何だ、怒ってるのか?」

「怒ってる訳じゃないけど……」

「クラス委員なら他のクラスの同じ委員のやつらとも情報交換できるし、生徒会との繋がりも作れる。調査にはいいと思うけどな」

「蒼君は虹島会長のこと嫌いでしょ?」

「まあ俺はそうだけど。あと、悠乃って学校殆ど行ってなかったんだろ?」

「何で……そんなこと知ってるの!?」

「速水のおっさんが言ってた。だから、たまにはこういう普通の学生らしいことでもしたらいいんじゃねーのって」



 速水の名前を出されて悠乃の動揺がゆっくりと収まっていく。恐らく蒼が帰る時に話をしたのだろうが、速水がそのことをあえて蒼に伝えたことに彼女は驚いた。そして彼がそのことを踏まえ、悠乃に気を遣ってクラス委員にしたということにも。



「……蒼君、色々私のこと考えてくれてたんだね。ありがとう」

「どーいたしまして」



 いきなり指名された時はどうしたものかと思った悠乃だったが、蒼の言う通りこれも調査に役立つかもしれないし、速水と蒼の気遣いを無碍にしないように精一杯頑張ろうと徐々にやる気になって来た。


 先ほどよりも足取りが軽くなった彼女は、蒼を追い越して一足先に視聴覚室へと足を踏み入れる。そしてそんな彼女の後姿をじっと眺めていた蒼は、口角を僅かに上げながら面白がるように、また少し呆れるように小さく独り言を呟いた。



「……あいつ、ホントにちょろいな」




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