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エピローグ

「本当に、学校辞めちゃうんだね」

「うん……」



 二学期の終業式の後、悠乃は校庭の隅のベンチに座って理緒と話をしていた。

 潜入捜査が終わってすぐに学校を辞めるのは流石に不審過ぎる。そう判断した速水によって二学期の最後まで悠乃は高校に通っていた。

 十二月の寒空の下両手に息を吹きかけた理緒は、思い出したようにぽつりと呟いた。



「朝日……結局来なかったわね」



 蒼はまだ、目覚めていない。

 あれから悠乃は高校に通いながら警察署と病院を行き来する毎日だった。高校に通っている間は長期の仕事が行えないのでデスクワークばかりだったが、それでも目まぐるしい日々だった。



「大丈夫だって、あの朝日が簡単にくたばる訳ないじゃない」

「うん……ありがとう」



 蒼を知る皆が「あいつのことだから大丈夫」と口を揃えて言う。そのある意味絶大な信頼に悠乃は何だか笑いたくなって来た。



「私も信じてるよ。だって……蒼君は約束を絶対に守るから」

「約束?」



 聞き返して来た理緒に悠乃は笑って頷いた。けれど、それ以上詳しいことは何も言わない。



「また連絡するね」

「うん、私も。……理緒ちゃん」



 改まったように言葉を切った悠乃に理緒が「どうしたの?」と首を傾げた。



「理緒ちゃんはね、私が警察官になって初めてできた友達だったの。久しぶりの学校で緊張してたけど、話しかけてくれて、仲良くしてくれて本当に嬉しかった」

「悠乃……」

「ありがとう」



 悠乃は笑顔を見せると、理緒は泣くのを堪えるような表情を浮かべ、しかし最後には笑った。



「それじゃあね、理緒ちゃん」



 ベンチから立ち上がって別れる。理緒は自宅へ、悠乃は――警察署へ。



「バイバイ、またね!」

「うん、絶対に!」













「嫌、絶対に!」

「我が儘言うな!」



 それから一時間後、警察署内の一室では男女の言い争う声が響いていた。



「私だって何も出来ない訳じゃない!」

「この前死に掛けといてよくそんなことが言えるな! 心労で先に俺が死ぬぞ! お前はどれだけ俺の寿命を縮めたら気が済むんだ!」



 特殊調査室悪魔部門、そこで声を上げて口論しているのは鏡目兄妹だった。喧嘩の原因は悠乃の今後の仕事についてだ。今まで高校に通っていたこともあってデスクワーク中心だったが、高校を辞めた今後はそうもいかない。だが現場に出すことを悠一が断固として反対しているのだ。


 ちなみに現在この部屋にいるのは三人だ。悠乃と悠一、そして最後の一人である和也は少々煩そうに二人を眺めながらも「平和だなあ」と呑気に呟いている。あれだけギクシャクしていたというのに言いたいことを言い合っている二人に心底ほっとしているのだ。

 二人も最初はぎこちなく話していたというのに、話し合いがヒートアップするにつれてどんどん遠慮がなくなっている。いい傾向だ、と和也は一人頷いた。



「大体、危ないのは兄さんだって一緒でしょ! この前早く任務を終わらせるために無茶して危なかったって和先輩が言ってたもん!」

「和也お前!」

「なんで俺に飛び火するんだよ! やっぱりこの兄妹めんどくせえな!」



 和也の叫びがこだまする。この兄妹に巻き込まれると和也はいつも貧乏くじを引く羽目になるのだ。

 ぜえぜえとお互い叫んだ所為で息が乱れる。呼吸を整えていると段々頭が冷えてきて、悠乃は冷静になった思考で改めて兄に向かって口を開いた。



「私、死にたくないし死ぬつもりもないよ。それに兄さんにだって死んでほしくない」

「……俺だって」

「でも、苦しんでる人や悪魔がいるのにそれを放って呑気に暮らすのも嫌なの」



 悠乃は自分の力を過信している訳ではない。だが自分が行動することでほんの少しでも助かる可能性のある人間がいるなら放っておけない。ただ守られるだけの弱い人間ではいられないのだ。



「だが、それでお前が危ない目に遭うのなら――」

「じゃあ俺が守ればいいでしょう」



 ばたん、とノックもなしに開かれた扉に悠乃達の声が止まる。ずっと聞きたかったその声に、悠乃は後ろを振り向こうとしたが、けれどその前に何かが彼女の背中に覆いかぶさった。



「悠乃、久しぶり」

「あ、蒼君!?」



 突然悠乃の背後から軽く抱きしめるようにしてそう言ったのは、病院で眠っているはずの蒼だった。悠乃が顔を斜め上に向けると、久しぶりに見た楽しげな笑みが至近距離にあった。

 思わず顔を赤くして目を逸らす。嬉しいやら恥ずかしいやら……とにかく泣きたくなった。



「お前ら、喧嘩はいいがもう少し静かにやってくれ。廊下まで筒抜けだったぞ」



 蒼と一緒に部屋に入って来た速水はそう言いながら、悠乃の背中にくっつく蒼を見て思い切り顔を顰めた。

 そしてそれを見た和也は噴き出しそうになるのを必死で堪える。今まさに悠一も同じ顔をしているのだから、和也は小刻みに体が震えるのを押さえきれなかった。



「どうして蒼君がここに」

「今日からここに世話になることになった」

「え?」「は?」

「先輩方、どーぞよろしく」



 にやにやと笑う蒼の言葉に驚いたのは悠乃と悠一だけだった。混乱しながらそれぞれ速水と和也を窺うと、二人は示し合わせたかのように「そういうことだ」と口にする。



「どういうことですか!」

「朝日少年を保護する上でここが一番適してるってことだ。ま、この前みたいな輩もいるからな。それに悠乃だって一緒に居られて嬉しいだろ?」

「それとこれとは……」

「へえ、悠乃は俺と顔も会わせたくなかったのか?」

「そんな訳ない!」



 あー傷付いた、と泣くような仕草を見せた蒼に悠乃は慌てて声を上げる。そんな二人を未だに厳しい顔で見ていた悠一は「とにかく離れろ」と悠乃の背中にもたれかかる蒼を無理やり引きはがした。



「酷いなーお兄さんってば」

「誰が兄だ!」

「まあまあ……ところでさっきの話ですけど、悠乃のことが心配なら俺が守るんで気にしなくていいですよ」

「お前が?」



 悠一が目を吊り上げて蒼を見る。対して彼は自信満々と言った様子で悠一を見返していた。



「ええ、悠乃は俺が守ります」

「そんなこと言って、その前にお前は自分の身も守れるくらい強いのか」

「そこはご安心を。俺のことはこいつが守るんで」

「え?」

「ん? 不満か? ……この前も俺の背中を守ってくれただろ」



 最後は悠乃だけ聞こえるように言うと、彼女ははっとしたように蒼を見上げた。



「そういう訳です。だからお兄さんは一々こいつの心配ばっかりしてないで自分の彼女でも見つけたらどうです?」

「そりゃあ無理だな。こいつ無口な上すぐ怒るからモテないのなんの」

「和也!」

「何で俺にだけ怒るんだよ!?」



 悠一から逃げるように和也が部屋から出て行く。それを悠一が追いかけていくと、騒がしかった室内に妙な静寂が訪れた。



「ま、悠一もお前を心配してるだけで全く実力がないとは思ってないんだよ」

「速水さん」

「あそこまで行くと単なる意地だろう、気にしなくていい。あいつもきっと朝日君が来てくれたことに心の中では安心してるんじゃないか。自分の居ない所で悠乃のことを見てくれる人間が現れたんだからな」

「別にあの兄貴の為じゃねーですけど」

「ああ、悠乃の為だろう」

「……」



 速水の思わぬ切り返しに蒼が黙り込んだ。その蒼の様子と速水の言葉に、悠乃はどんな顔をしていいか分からずにうろうろと視線を彷徨わせた。



「それで、だ。朝日君の教育係だが、悠乃に任せることにする」

「私でいいんですか?」

「お前が適任だ。……はっきり言うと俺の手に負えないからな」

「はっきり言いすぎじゃね?」

「単なる相性の問題だ。悠乃、引き受けてくれるか? 朝日君と親しいからじゃない、お前ならちゃんと指導出来ると判断した。どうだ?」



 速水の言葉に悠乃は一も二もなく頷いた。



「頑張ります!」

「いい返事だ。では最初に朝日君に署内を案内して来てくれ。よく使う場所はしっかりとな」

「はい、蒼君行こう!」



 悠乃は蒼の手を掴んで調査室を出る。

 まずはロッカーや食堂だろうか。それと射撃の訓練施設や、案内する場所は沢山ある。どういう順番に回ろうかと悠乃が考えていると、不意に今まで黙り込んでいた蒼が彼女の名前を呼んだ。



「悠乃」

「なに――」



 悠乃が振り返ると急に彼女の視界が真っ黒に塗り潰された。

 いや、それだけではない。唇に何か温かい感触がしたかと思うと、それはすぐに離れて行った。



「……え?」



 ぽかん、と悠乃は間の抜けた顔をする。そんな彼女を見た蒼は、近づけていた顔を離してしてやったりといった表情を浮かべた。

 少し遅れて状況を理解した悠乃の顔がじわじわと真っ赤に染まっていく。



「顔真っ赤、かーわいい」

「っ蒼君!」

「嫌だったか?」



 へらへらと笑う蒼に悠乃は何も言うことが出来ずに俯いて黙り込む。

 蒼は悠乃の顔を上げさせると、軽薄な表情のままでさらりとそれを告げた。



「あ、俺も悠乃のこと好きだから」

「はい?」

「そういうこと」



 悠乃は次々と押し寄せる混乱に思考を沸騰させながら必死に頭を捻った。

 蒼は悠乃のことを好きだと言った。いや、何かおかしくはなかったか。



「……俺もって」

「悠乃、俺のこと好きだろ」



 完全に確信を持った言葉に悠乃は二の句が告げずにぱくぱくと口を動かした。



「なんで、なんで知ってるの!?」

「相変わらず否定はしないのな、お前らしいけどさ。なんで知ってるかって、そんなのお前が言ったからに決まってるだろう?」

「私が……それってもしかして」

「魂が定着するのを待つ間、体は動かなかったけど声はずっと聞こえてたってことだ。寂しがりやの悠乃さん?」



 揶揄うようにそう言った蒼は、手を伸ばして彼女の頭を撫で回した。蒼が眠っている時に悠乃がそうしていたように。



「待たせて悪かったな。これからはずっと見張っててやるから安心しろ」

「蒼君……」

「さて、案内してくれるか? 先輩?」



 立ち止まっていた蒼が進行方向へ向かって歩き出す。数歩歩いた所で悠乃が立ち止まったままだと気付いた彼は、再度踵を返して彼女の手を掴んだ。



「ほら、行くぞ」

「……うん」



 あの時のように、悠乃も蒼の手を握り返して綻ぶように笑った。



「蒼君、ありがとう」



 迎えに来てくれて。私を救い出してくれて。

 ――好きになってくれて。




最後までお読みくださってありがとうございました。

活動報告の方に60話とエピローグの間の蒼の小話を置いておきますのでよろしければご覧ください。

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