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54. 策略

「お前の言うことをわざわざ叶えるとでも思ってんのか?」

「まあそう言うなって。話だけでも聞いてみろよ」



 やってほしいことがある。そう言った蒼にクロは、楓が口を開く前に真っ先に一刀両断した。今の楓では無茶なこともあっさりと受け入れてしまいそうな危うさがあったからだ。

 そんなクロの様子に蒼は肩を竦めて勝手に続きを話し始める。



「お前言ったよな? あのじじいに俺のことを話したって」

「……ああ」

「そーいや、それでお前を処理しておけとか言われてたらしいな。すっかり忘れてたけど」



 クロが思い出したように呟くと、楓は苦い顔をして蒼に頭を下げた。



「すまない。俺はもうお前に危害を加える気はないが、お爺様にそう命令されたのは事実だ」

「つまり前まではどうにかする気でいたと。お前といい悠乃といい、ホントに正直だな。……まあ、むしろ俺にとっては好都合だが」

「どういうことだ?」

「もう一度あのじじいに俺のことを話せ。俺が分家の人間で、大層虹島を恨んでるってな」

「分家、だと」



 大きく楓の目が見開かれる。そんなことは初めて知ったのだ。初対面から楓に突っかかって来たのはそういう理由だったのか。



「恨んでるっていうのは、つまりお前」

「あ、それは嘘。俺は確かに分家の人間だが別に恨んじゃいない。気に食わないのは確かだがな。……だが、あのじじいにはそう伝えてほしい」

「何故だ」

「その方があいつも早急に手を打つはずだから。お前は俺の処分を命令された。だが自分では手に負えなかったと言えばいい。そうすればあのじじいも腰を上げることだろうからな」

「……あの爺さんがそんなことで動くか? そもそも何でお前はわざわざ自分が標的になるようなことを言ってるんだ」



 訝しげなクロの視線に、蒼は寒気がするような笑みを浮かべる。そもそも速水がこれから上手くことを運べば蒼は何もすることなく虹島を潰すことが出来るのだ。彼が手出しする必要はどこにもない。



「令状を持って虹島家へ家宅捜索、それで隠し部屋の証拠が見つかれば言い逃れは出来ない。……だが、本当にそんなに上手くいくと思うか?」

「どういうことだ?」

「速水のおっさんは警察の上層部を押さえたと言ったが、虹島のパイプの多さを考えればそれだけじゃ全然足りない。むしろその上層部だって既に悪魔に脅されている人間がいればおっさんの言葉を無視して保身のために虹島に情報を売る可能性だってある。そうなれば家宅捜索だって事前に知られるかもしれない」

「何が言いたい」

「例えばの話だ。あのじじいが分家とはいえ一般の高校生を屋敷に無理やり誘拐したとする。五十嵐のように悪魔の実験に使われるかはともかく、そうでなくてもその時点で誘拐事件として警察が乗り込む正当な理由が生まれる」



 先にこちらから罠を張って、相手がそれに掛かるのを待つ。一旦捕まってしまえば確実に、そして家宅捜索のように事前に気取られることなく警察が介入することが出来る。蒼はそう考えたのだ。



「……」



 しかし楓は蒼の言葉に表情を歪めた。そんなことをすれば蒼の命が危ない。それにクロも言ったことだがそう上手く当主は蒼に興味を示すだろうかとも思ったのだ。



「安心しろ、多分じじいは俺を捕まえに来る。……何せ一度死んだと思った、いや殺したと思った人間が生きていたらさぞかし気になるだろうからな」

「朝日、お前何を」

「クロ、お前には俺の魂が見えるだろ?」

「ああ。ぐっちゃぐちゃの気味の悪い魂がな」

「こうなった原因があのじじいだと言ったら?」

「――なんだと?」



 へらへらと笑う蒼に、楓もクロも口を閉ざした。そもそも蒼が分家の人間だと言った時点である程度予想しておくべきだったのだ。



「朝日……お前は、お爺様の実験に使われたのか」

「さてな。詳しいことは想像に任せようか。お前たち相手にわざわざ過去をひけらかすつもりもないからな」



 蒼はほぼ確信している、当主は乗って来ると。朝日蒼という名前を聞いて少しでも引っ掛かりを覚えているのなら十分だ。可笑しな魂の人間が虹島を恨んでいると、それが十七年前に死んだはずの赤ん坊だと知れば、好奇心のままに行動しているあの老人は動く。ましてや一度失敗したと思った成功作がそこにあるというのなら。



「ま、そういうわけだ。仮にじじいが動かなかったとしても警察の捜査に支障が出る訳じゃない。おっさんや悠乃に遠慮する必要もないだろ」

「鏡目さんはこのことを知っているのか」

「知る訳ないだろ。あいつに言ったら止めるに決まってる」



 蒼が囮になると知れば悠乃がどうするかなど分かり切っている。邪魔をされる訳にはいかないのだ。虹島は、絶対に潰さなければならないのだから。



「それで、やってくれるのか?」

「しかし……朝日がそこまで危険を冒すのは」

「虹島楓」



 けれど楓も悠乃と同じように蒼の身を案じて返答を渋った。しかし蒼も予想済みだったのだろう、彼はつかつかと楓に詰め寄ると、クロが止める間もなくその襟を掴んで引き上げたのだ。



「お前、夕霧の為だったら何でも出来るだろう? あの女が虹島から解放されるために、嫌いな俺を囮にすることぐらい、さっさと決断してみせろよ」

「……朝日」



 凄むように言った蒼を片手で振り払った楓は、少し黙り込んだかと思うとまるで睨み付けるかのように鋭い目を蒼に向けた。



「俺はお前が好きじゃない」

「知ってるさ」

「いつもふざけた態度で、人を怒らせるようなことをあえて言って、何でも出来る癖に真面目にやらず、本性は見えないし女性にだらしないし……はっきり言って生理的に合わない」



 つらつらと蒼の気に食わない点を羅列した楓はそこで不意に言葉を切った。



「だが……生憎俺はお前の言うように偽善者だからな。そういうやつでも何があれば心配するし、危ないことをしようとしていたら止める」

「……」

「それに、本気で頼んで来たことだったら手伝ってやることぐらいはする。……お爺様にお前のことを伝えればいいんだな」

「っ!? ……一々回りくどいんだよ」



 了解を得たと理解した蒼は、わずかに驚きを見せながらも憮然とした態度でそう吐き捨てる。

しかしそんな蒼を見ても、楓は小さく笑みを浮かべていた。













「とはいえ請け負ったはいいが、正直難易度は高いぞ」

「分かってる」



 自宅への短い帰路を歩きながら、楓はどうしたものかと頭を捻っていた。

 蒼の頼みを引き受けたことに後悔はない。だが実際問題、楓があの祖父相手に上手く話を運ぶことが出来るかは別の話だ。あまり駆け引きが得意ではないことは、楓自身も十二分に理解している。



「まあオレがフォローしてやるからあんまり力を入れるな。余計に怪しまれるからな」

「……すまん、クロ」

「任せろ」



 短いながらも自身に溢れたクロの声を聞いて楓は僅かに緊張が緩む。クロにはいつも助けられていると思いながら彼は自宅の玄関へ足を踏み出した。



「ただいま帰りました」



 声を上げても返って来る声はない。いつものことだと思いながら楓は部屋に鞄を置いて祖父の部屋へと向かった。しかし部屋に入ろうとした所で「ご子息様」と感情の籠らない声が聞こえて彼は足を止める。



「主に何か御用ですか」

「はい、少し話を」



 楓を呼び止めたのはひょろりとした不健康そうな青年。大人しそうな顔をした彼が祖父の悪魔であることを、楓は知っている。

 彼はそうですか、と納得したように頷いたが、すぐに楓の傍にいるクロを目に留めてその眉を顰めてみせた。



「そちら悪魔も?」

「何か問題でもあんのかよ」

「いえ。ただ私も同席させていただきます。そこの悪魔が当主様に危害を加えては契約に違反しますから」

「……」



 有無を言わせない言動にクロの機嫌が悪くなる。当主一人でも厄介だというのに面倒だと舌を打ちたくなった。

 この悪魔を含め、当主に従う悪魔は皆表向き従順だ。しかしその実、当主を守ることを単なる契約上の仕事であるとしか思っていない。悪魔にとって契約とはビジネスだ。魂という対価を得るために人間の望みを叶えるだけ。むしろ楓や小夜子に肩入れするクロの方が余程稀な存在だ。

 忠誠心はないが契約は完璧にこなす。融通が利かないそれは厄介でしかない。



「当主様、ご子息様がお話をと」

「楓か」



 部屋に入ると冷めた目で自分を見る祖父がいる。楓の前に立っていた悪魔の青年はそのまま扉の傍に立ってその場に控えた。彼を警戒しながらも、楓は目の前に座る祖父を緊張した面持ちで見る。



「その悪魔も一緒だとはな」

「まだ怪我も治んないんでな。こいつは抜けてるからどっかで転んでも困る」

「悪魔ともあろう者が随分と過保護なものだ。それで、また何かあったのか」

「それが……以前話した怪しい生徒のことなのですが」

「ふん、時間も経っている。当然もう片付けたのだろうな?」

「……いえ」



 強烈なプレッシャーが楓を襲う。目の前の祖父もだが、これからその彼を出し抜かなければならないことに対して、心臓が痛くなりそうだ。



「本当にお前は愚鈍だな。言ったはずだ、お前が出来ないのならば夕霧の娘に任せると」

「楓もだが小夜子を使ったって無駄だぞ?」



 真っ青な顔をした楓を見かねてクロが口を挟む。どういう意味だと自分を見た当主に、クロはにやりと笑いながら言葉を続けた。



「何せあの男、ただの人間じゃねえからな。楓には荷が重いっての」

「ただの人間じゃない?」

「魂がぐちゃぐちゃだ。おまけに人間離れした力も使っていた。……それで、楓にこんな怪我を負わせてな!」

「クロ……!?」



 隣の楓が身震いをするほどの殺気を露わにしたクロがそう告げると、楓は困惑したようにクロを振り返った。演技とはとても思えない物騒な雰囲気を纏った彼は楓を見て「隠さなくてもいいだろ?」と残忍な笑みを見せる。



「その怪我は階段から落ちたと聞いたが」

「お人よしのこいつが敵だろうが庇うぐらい想像が付くだろ?」

「ならばお前が処理すればいいだろう。むしろ何故それをしていない?」

「……悔しいが、俺一人でも厄介なやつなんだよ」

「ほう」



 少し苦しい言い訳だろうか思いながらもクロが苦虫を噛み潰したかのような表情を作って告げる。

 蒼が楓を怪我させたと言ったのはそれだけ蒼が虹島を恨んでいるという信憑性を持たせる為、それに楓を動揺させる為だ。演技が苦手な楓が意表を突かれたような顔をすれば、彼が犯人を隠していたのをクロが言ってしまったように見えることだろう。

 元々彼は犯人が分からなかった頃とはいえ当主に“自分の不注意で階段から落ちた”と告げていたのだから。



「お爺様、彼は分家の人間だと言っていました。それで虹島を酷く憎んでいると。ご存知ないですか」

「ふん、本家に楯突くとは命知らずな」

「いつもなら当主サマの手を煩わせることなんてしたくないんだけどな、その男は楓の弱点を知ってる。小夜子を怪我させたのもその男だ。小夜子が入院している間に早急に片を付けたいって訳だ」

「名前は何と言ったか」

「朝日、蒼です」

「朝日……」



 当主は考え込むようにしてからおもむろに机の引き出しからファイリングされた数枚の紙を捲る。恐らく今までの“実験”の情報が掛かれているであろうそれを楓は気付かれない程度に観察した。証拠の一つになるだろうかと考えながら。



「……楓、朝日蒼と言ったな」

「はい」

「それは他には何か言っていたか」

「クロの言うぐちゃぐちゃの魂がお爺様の所為だと。それに……一度死んだ、とも」



 慎重に言葉を選んで答えた楓だったが、それを聞いた祖父は既に楓など見ていなかった。

 ただ手を止めて、そして手元のファイルに目を落としながら堪えきれないように小さく笑い声を上げていたのだ。



「はは……朝日蒼、か。あの赤ん坊がまさか生きていたとは。あれの父親に後処理を任せたのが間違っていた。まんまと出し抜かれたという訳だ」

「お爺様……?」

「楓、そいつは儂がどうにかしてやろう。夕霧の娘ともども安心して静養していればいい」



 穏やかに、そして不穏に満ちた笑みを浮かべた祖父に寒気を覚えながら、楓は何も言わずに頭を下げて部屋を出た。扉が閉まった瞬間楓は大きく肩を落としたが、その油断を突くように「少しいいですか」と背後から静かな声が掛かり、心臓が飛び上がらんばかりに驚く。

 振り返った楓は自分を呼び止めた悪魔の彼に表情硬く向き直る。



「何ですか」

「ご子息様ではありません。用があるのは悪魔の方」

「あ?」

「先ほどのお話に疑問があったので。あなた、本当にその朝日という男が倒せなかったんですか」



 不可解な顔をした同族の悪魔にクロの目が細められる。



「何が言いたい」

「悪魔であるあなたが、たかだかちょっと特殊なくらいの人間に負けるものかと。いえ、それはともかく……あなたの場合主に危害を加えたとなれば、例え敵わなくても自ら手を下そうとすると思いましたので」

「……」



 その通りだ。たとえ悪魔が束になろうと、それらが楓と小夜子を傷付けた犯人だとすればクロは絶対に屈しない。雪菜のことだって、再び目の前に現れたら楓が何を言おうと制裁を与えるつもりだ。

 言い訳も出なかったクロを見た悪魔は、しかしそれ以上追及することなく冷めた目でクロと楓に視線を送った。



「……まあ私には関係のないことですが。せいぜい私達の仕事を邪魔しないでください」



 それだけ言って背を向けて歩き出した悪魔に、クロも楓もほっと息を吐いた。先ほどは厄介でしかないと思ったが、忠誠心のない彼に少し救われた。




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