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53. 責任

「本当に済まなかった!」



 後日改めて話を聞くために生徒会室を訪れた悠乃と蒼だったが、彼女達が扉をノックしようとする直前、何故か室内から聞こえて来たのは大声の謝罪だった。



「何だろう」

「この声、氷室じゃね?」



 蒼がそう言いながら無遠慮に扉を開けると、そこには体を九十度に折り曲げて謝罪を繰り返す氷室の後ろ姿があった。彼の目の前にいる楓は酷く困惑しており、その隣でクロが詰まらなさそうに氷室を眺めている。



「せんせー、何してんの?」

「! 朝日、それに鏡目も……」



 扉を開く音にすら気付かなかったのか、蒼が声を掛けると非常に驚いて弾かれたように振り返る。氷室は昨日まで怪我の所為で学校を休んでいたのだが、復帰直後にしては元気そうだ。



「いや、その」

「楓が殺されそうになったのにあの女を止められなかったことを謝ってるんだと」

「ああ……」



 クロが面倒臭そうに説明すると、悠乃達は納得するように頷いた。勿論氷室にクロの声は聞こえていないので、悠乃達の様子に彼は不思議そうに首を傾ける。



「氷室先生、謝らないで下さい。先生が悪い訳じゃないですから」

「しかし、俺が矢代先生を問い詰めたから彼女は逆上した。……いや、そもそも最初に階段から落ちた時にも守れなかったしな」



 生徒を守れないなんて教師失格だ、と苦い顔をした氷室に楓は困ったように悠乃達を窺った。「さっきからずっとこんな感じだ。お前らどうにかしろ」とクロまで疲れたように促して来る。



「先生、会長も困ってるのでそろそろ……」

「そーそー。大体あいつ怪我してんのにいつまでも終わらない謝罪とか逆に拷問じゃね?」

「あ、ああ……すまない」



 さっきから謝ってばかりだなあ、と悠乃が思っていると氷室は意気消沈とした様子で再度楓に声を掛けてからようやく生徒会室を出て行った。

 途端に楓は解放されたように大きく息を吐いた。



「二人とも、ありがとう。……氷室先生も悪い人じゃない、というかいい人なんだが……」

「ま、ちょっと行き過ぎてるとこあるよな」

「楓がはっきりと言えばよかったんだよ。もう金輪際この話はするなって」

「そんなこと言える訳ないだろう。あの人は本気で謝ってくれていたのに。そもそも先生も被害者なんだがな……」



 元々の発端は自分の家なのだと、楓はむしろ氷室に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。



「それで……二人はこの前の件でいいんだな?」

「はい。でもその前に夕霧先輩のことで」

「……小夜の怪我は、そんなに酷いのか?」



 あれから病院に運ばれて検査と治療を受けた小夜子だが、別れる際に見せた気丈な表情とは裏腹に検査結果は思わしいものではなかったらしい。更に詳しい検査をするために入院、面会も出来ないと言われた楓は酷く憔悴していた。

 しかし悠乃はそんな楓に静かに首を振ってみせる。



「いえ。会長を騙したようで申し訳ないんですが、夕霧先輩の怪我はそこまで酷いものではありません。本来なら入院する必要なんてないくらいです」

「本当か!? でも、ならどうして」

「先輩を保護する為です。夕霧先輩は虹島家の敷地内住んでいるんですよね? 怪我という名目がある今の内に本家から引き離して守る、というのが警察の決定です。報告が遅れてすみませんでした」



 小夜子本人には了解を得たが、学校でしか連絡手段がない楓には直接話すまで真実を伝えることが出来なかった。



「そうだったのか……。ありがとう鏡目さん」

「あいつから魔法陣を通じて危険を感じなかったから無事だとは思っていたが」

「……そういえば、クロさんは夕霧先輩の悪魔ってことでいいんですか?」



 今までの会話から推測して悠乃が尋ねると、クロは僅かに考えるように唸ってから頷いた。



「んー? まあ今更か。そうだ。……あとクロさんって言い方やめろ、むず痒い」

「黒木君の方がよかったですか? でも多分、悪魔の名前がクロさんなんですよね?」

「それはそうだがそういう意味じゃない。さん付け止めろって言ってんだよ」

「鏡目さん、クロは照れてるだけだから気にしなくていい。気軽にクロと呼んでやってくれ」

「楓、てめ」

「今までこうして俺達以外と普通に喋る機会なんてなかったから慣れてないんだ」

「へえ? クロさんは人見知りかな?」

「死ね」



 殺伐とした軽口を叩く蒼とクロに苦笑しながら、悠乃は持ってきた鞄を開けて中から板状のものを取り出す。



「それは?」

「タブレットです。聴取にあたってこの方がやりやすいので」

「?」



 不思議そうに端末を覗き込む楓に悠乃も首を傾げながら操作する。画面に次々と表示される情報に楓は驚くように目を瞠って「すごいな」と感嘆した。



「こんなに薄いのにパソコンみたいなんだな」

「会長、タブレット初めて見たんですか?」

「ああ……。その、うちにはテレビもないし携帯も持ってないからな」

「持ってないっつーか、あの爺さんが外部と連絡取らせないようにしてんだよ」

「そうだったんですか……」



 聞けば聞くほど楓が今まで酷く閉鎖的な暮らしを強いられて来たのが分かってくる。悠乃はそんな楓を気にしながら端末を操作し、そしてそれを彼に差し出した。



「いや、俺は使い方が分からないんだが」

「大丈夫です。そのまま喋ればいいですから」

「喋る?」


『――楓様?』



 悠乃に端末を返そうとした楓は突如聞こえて来た聞き慣れた声にその手を止めた。



「小夜?」

『ちゃんと繋がってるみたいですね』



 画面を見れば、そこにはほっとしたように小さく笑う小夜子の姿があった。彼女は病室ではなく外にいるようで、彼女の背後に夕日に照らされた木々が映っている。



「テレビ電話、みたいなものか」

『そうみたいです。私も簡単な操作しか教わっていませんが便利なものですね』



 小夜子には事前に同じタブレットを渡していた。楓は外出が出来ないので小夜子に会いに行くことも出来ない。だからせめて電話くらいはと思ったのだ。案の定楓は元気そうな小夜子の姿を見て酷く安心したように肩の力を抜いた。



『放課後なら話せると思って待っていたんです』

「そうか。小夜、怪我の方は大丈夫か」

『はい。楓様の方がよっぽど酷い怪我ですから、また無理に仕事しないで下さいよ。……そういえば、クロはいないんですか?』

「ん? ここにいるが」



 楓の言葉にクロは割り込むように画面を覗き込む。しかし小夜子は不思議そうに首を傾げているだけだ。



「会長、電波を介しているので悪魔は映りませんよ」

「そうなのか? 小夜、映らないがクロはここにいる」

『クロ? 聞いてる?』

「ああ」



 クロの代わりに楓が返事をすると、彼女はすっと笑みを消して真剣な表情を浮かべた。



『私は今、入院という名目で警察に保護を受けてる。本当は楓様を傍でお守りしたいけど、当主の悪魔を相手にするのならきっと私がいても逆に楓様の足枷になってしまう。だからクロ、私の分まで絶対に楓様をお守りして。お願い』

「……言われなくても分かってる」

「な、クロ止めろ!」



 聞こえない返事をしたクロは、そのまま隣にいる楓の頭を押さえつけて髪をぐしゃぐしゃにかき乱した。それを画面の向こう側で見た小夜子は、クロの存在を確認して安心したように再び小さく笑みを溢す。返事は聞こえずとも答えは分かった。


 再度無理をするなと楓に言い含めた小夜子は名残惜しげにしながらも通話を切った。そして楓も暗くなった画面を見て溜息を吐きながら悠乃にタブレットを返した。



「鏡目さん、ありがとう」

「いえ。心配だろうと思いましたので。……それで、これから今と同じようにタブレットで繋いで聴取をすることになりますが大丈夫ですか? 資料として残すので録画しますけど」

「ああ、こちらこそ役に立てればいいんだが」



 楓の返事を聞くと悠乃は端末を操作して速水を呼び出す。前もって伝えておいた為今か今かと待ち構えていたのだろう、すぐに繋がり今度は画面に速水の姿が映し出された。

 スタンドを付けて机にタブレットを立てる。それを楓の前に置くと、画面の中の速水が「少し時間を取らせてもらう」と前置きをする。



『改めて。虹島楓君、捜査への協力に感謝する』

「いえ、元はと言えばお爺様のやっていることですから……」

『これからいくつか質問に移るが……虹島君と悠乃以外は席を外してもらえるか。変則的だが一応取り調べだからな』

「別にいいじゃないですかー、邪魔しませんよ?」



 出て行くように促された蒼は不満げに口を尖らせる。



「画面外で大人しく聞いてればいいでしょう? 俺だって黙ってることは出来ますよ」

『……はあ、まあいい』



 多く反論することなく速水も嘆息しながら了解する。押し問答している時間が勿体ないというのもあるが、離れた場所にいる速水が何を言っても蒼が言う事を聞くと思わなかったからでもあった。



「速水さん、クロもいいですか? お爺様の悪魔のことなら、俺よりもクロの方が詳しいですから」

『ああ、そういうことなら。悪魔の言葉は悠乃が代弁してくれ。その方が分かりやすい』

「分かりました」



 結局誰も退室することなく聴取は始まった。蒼だけは画面に映らない席に腰掛け、腕を組んで静かに楓と悠乃の様子を窺った。



『虹島君。まず君は、悪魔についてどれくらいの知識を持っている? おじいさんから何か教わったことは?』

「……正直な所、悪魔について知っていることは殆どありません。そういう存在がいること、人間と生贄を引き換えに契約を行うこと、悪魔憑きが死ねば悪魔も消えること。全部教えてくれたのはクロです。お爺様は一切俺に悪魔の知識を持たせたくないようですから」

『そうか。しかし、ならば何故当主は君に悪魔を憑けたんだ?』

「いえ、俺は悪魔憑きではありません。クロの主は小夜の方です」

「どっちにしろ下種な理由だがな」



 吐き捨てるようにクロが呟く。悠乃には詳しく分からないが、蒼の言うように悪魔召喚を娯楽として捉えているのならば確かに碌な理由ではないのだろう。



「……お爺様は、ただその場の思いつきで悪魔を召喚しています。自分を守るための悪魔以外は全て大した意味などないと思います」

『そうだ、その当主に憑いてる悪魔のことなんだが、正確に何体いるのか分かるか?』

「へえ、警察も複数憑いてるっていうのは知ってんだな。聞いて驚け、今は六体だ。どれも表向きは従順なやつばかりな」

「六体も……」



 悠乃がクロの言葉を速水に伝えると、彼は画面越しに頭痛を押さえるような仕草を見せる。蒼から聞いていたものの、実際にその数を知ると頭を抱えたくなる。



『そんなにたくさん召喚する必要なんてあるのか……?』

「少なくとも他の悪魔には負けない。俺が召喚された時も、爺さんの悪魔に制圧されて無理やり契約するしかなかったしな。……まあ契約者があの爺さんじゃなかっただけ俺はずっと恵まれてるが」



 クロも蒼と同じように複数の悪魔を前に抵抗出来なかったのだろう。



『その召喚も贄は分家の人間、という訳なんだろうが……それらが行われた場所というのは分かるか? 何度も使われていれば魔法陣の使用形跡や召喚時の魔力の痕跡、他にも科学的な証拠が見つかるはずだ』

「……はい。一度だけ、そこへ入ったことがあります」



 楓が忘れることの出来ない記憶。クロが召喚されて小夜子が悪魔憑きになったその日のことだ。まだ幼かったが、連れていかれた場所は鮮明に思い出すことが出来た。



「お爺様の部屋、その中心部の床板の一つだけが外れます。見分けはつかないので手あたり次第触ってみるしかないですが……。その下にある取っ手をスライドさせると階段があって、降りた先の右側の扉がその部屋です」

『隠し部屋か』



 速水が望むような物的証拠はそこにある。しかしそこへ入るまでが難関だ。



『虹島君は、そこから物を持ち出すことは難しいか』

「難しいというよりも不可能です。入口がお爺様の部屋の中にある上、俺は家の中では誰かしらの悪魔に監視されていますから。仮にクロが足止めしてもすぐに他の悪魔が来てしまうと思います。……役に立てずにすみません」

『君が謝ることじゃない。こちらも無理を言って済まなかった。……しかし、やはり悪魔がネックか』



 召喚を行っていた隠し部屋の場所が明らかになったのは大きな収穫だ。ならば正式に令状を取って家宅捜索をすればいい。何しろ虹島の家は疑う余地もなく真っ黒なのだから、証拠の場所さえ当たりを付ければ容易に捜査が進む。虹島の味方をする上層部の人間も押さえているので邪魔はされないだろう。

 それに仮に悪魔に攻撃されれば、公務執行妨害で正当に反撃することが出来る。むしろそちらの方が速水達もやりやすいのが本音だ。……まああの当主がそう短絡的に警察に悪魔を使って攻撃を仕掛けるとは思いにくいが。



『情報提供、感謝する』

「あの、他に俺に出来ることは……」

『そうだな、家の中の間取り図があればありがたい』

「それは大丈夫ですが……」

『できれば君には大人しくしておいてほしい。これからの警察の動きが当主に気取られる訳にはいかないし、君を保護する上で出来るだけ向こうを警戒させたくない』



 速水の言葉を聞いた楓は無事な方の手を強く握りしめた。彼にしてみれば贖罪の気持ちもあって出来る限り捜査に協力したいが、けれどほんの少しの情報しか渡すことが出来なかった。それどころか楓を保護する為に余計な気を遣わせてしまっている。



『間取り図は悠乃に渡しておいてくれ。明日の会議で使いたいから、出来れば今から書いてほしい』

「分かりました」

『また何か尋ねることがあるかもしれないから、その時はよろしく頼む』



 速水はそういうと、最後に悠乃に後は頼むと告げてから通信を切った。ぷつりと画面が切り替わると、クロは少し感心したかのように「へえ」と口を開く。



「楓に無茶な注文してきたら突っ返してやろうかと思ったが、思ったより賢明だったな」

「……俺は、もっと役に立ちたかったんだがな」

「小夜子にも言われただろ、無理すんなって。面倒なことは全部向こうに任せておけばいいんだよ。なあ?」

「なあって……まあ、それが私達の仕事なので会長は気にしなくていいですよ」



 悠乃は鞄から今度は一枚の紙を楓の前に差し出した。



「間取り図の作成、お願いしてもいいですか?」

「ああ、すぐに」



 自分のやるべきことが少しでもあることに安心したのか、楓は僅かにほっとしたようにその紙を受け取った。













「蒼君ずっと黙ってたよね」

「別に特に言うこともなかったからな」



 完成した間取り図を受け取った悠乃達は生徒会室を出た。速水に言われてからずっと黙り込んでいた蒼を悠乃が物珍しそうに見ると、彼は感情を込めずにさらりとそう言った。



「……召喚の部屋って、蒼君が召喚された場所でもあるんだよね?」

「だろうな。趣味の悪いでかい魔法陣が敷かれてたが。……悠乃」

「何?」

「さっきおっさんが明日会議とか言ってたよな?」

「うん、そうだよ」



 明日の会議は今回の捜査に関わる全ての人間が招集されている。そこで本格的に虹島へ介入する為の話し合いが行われる予定だ。楓から貰った情報と間取り図はそこで使用することになるだろう。


 悠乃は答えると、蒼は少し考えるように俯いて黙り込んだ。何か問題でもあるのだろうかと悠乃が蒼の顔を覗き込もうとすると、その直前に彼は顔を上げて「悠乃」と彼女の名前を呼んだ。



「先に帰っといて」

「え?」

「それじゃ」



 悠乃の返事を聞く前に蒼は踵を返して再び生徒会室へ歩き出す。その彼の後ろ姿を見ながら、悠乃は訳も分からずに首を傾げて見送った。













「はあ……」

「んなため息つくようなことでもないだろうが」

「だが、俺は虹島の人間として責任を負わなければならない」



 悠乃達が去った生徒会室では、楓が机に沈み込むようにして酷く落ち込んでいた。「いつもなら小夜子ががつんと言うんだけどなー」と至極面倒臭そうなクロは、ひとまず、と釘を刺すべく楓を見下ろした。



「言っとくが自分で不可能とか言っておきながらあの部屋に入ろうとか考えるなよ」

「……」

「図星かよ」



 全くこいつは……とクロが額に手をやって呆れていると、声もノックもないままに突然扉が開かれた。



「なら一つ、その責任とやらでやってほしいことがある」

「お前……」



 楓が顔を上げると、そこにはいつもの何かを企むように笑みを浮かべる蒼の姿があった。




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