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5. 部活

「悠乃、今日はどこ行くんだ?」

「ちょっとね」



 放課後、悠乃は蒼を連れて――正確に言うと彼が勝手に着いて来ているだけだが――部活棟の中の廊下を歩いていた。部活の入部体験が出来る期間はもうまもなく終わってしまうので、その前に行きたい部があったのだ。無論事件の調査の為である。



「そういえば蒼君、今日って何か用事ある?」

「ん? 別に」

「ちょっとうちに寄って欲しいんだけどいいかな? 私の上司が蒼君に会いたいって言ってて」

「上司って言うと、その人も悪魔見えたりするのか?」

「うん。私と同じ」

「……ふーん。まあ、いいけど」



 少し考えるようにしてから頷いた蒼に悠乃はほっとしながら歩みを進める。目的の教室は三階にあるオカルト部の部室だ。悠乃が蒼にそう告げると、彼は訝しげに首を傾けた。



「オカルトに詳しいからってそいつらの中にその“悪魔憑き”がいるんじゃねーかって?」

「それは分からないけど……そういう部活の人なら霊感高い人とか多いんじゃないかなって思ったの。魔獣を見た人がいるかもしれないから」



 ちょっと短絡的ではないかと言いたげな蒼に補足する。被害者の周囲から情報が集まりにくいのなら、次に探すべきは魔獣だと彼女は考えたのだ。召喚した魔獣が既に犯人によって魔界に送還されている可能性もないこともないが、未だに贄である和泉以外の被害者が出て来ないことからその線は薄いと推測される。わざわざ生贄を使ってまで呼び出したのにそのまま還すことはまずないだろう。


 階段を上がり三階へ着くとオカルト部の部室は目の前だ。“新入生歓迎! 不思議なことや怖い話が好きな人求む”と書かれた張り紙が貼られた擦りガラスの扉を恐る恐る引いた悠乃は、次の瞬間目の前に広がっていた光景に一瞬にして目を奪われた。



「――え」



 扉を開けたすぐ先の床に置かれていた紙に、大きな魔法陣が悠乃達を迎えるように描かれていたのだ。



「お、入部希望者? オカルト部へようこそ!」



 悠乃達が縦横無尽に這うマジックで描かれた線に気を取られていると、扉を開けた音で顔を上げた一人の眼鏡を掛けた男子が嬉しそうに彼女達の元へとやって来る。しかし悠乃はそれよりも魔法陣を食い入るように隅々まで見つめ、そして背後から蒼に声を掛けられてようやく顔を上げた。



「悠乃」

「あ、ごめん」

「この魔法陣気になったのか? 君はオカルト部に入る素質がありそうだ!」



 さあさあこっちに座って、と悠乃の腕を引いた男子生徒は他の部員が集まっていた所まで連れて来ると、彼女を空いていた席に座らせた。今部室にいる生徒は10人ほどで、集まっていると言っても各々本を読んだり何かを考えていたり、また宿題をしたりと好きに活動しているようだった。



「あの……私、ただの見学で」

「うん、じっくり見て行ってくれ。それでさっきの魔法陣なんだが――」

「おーい、俺を無視するなよー」



 まるで蒼が見えていないかのように悠乃だけを案内した男子に、彼は軽い口調でそう言って教室へ入る。しかし男子は眼鏡をぐっと持ち上げて厳しい視線で蒼を射抜くと「僕はモテる男が大嫌いなんだ」と何も取り繕うことなくすっぱりと言った。



「だいたい朝日君、君は二年だろう。用がない人間は帰ってくれ」

「ちなみにそいつも二年だぞ」

「え?」

「あ、鏡目と言います。今年から編入して来ました。蒼君は私に付き合ってくれて……」



 だから追い返さないで欲しいと言うと、男子生徒は苦々しげに蒼を見てから「今回だけだ」と口元を歪めて低い声を出した。



「僕は部長で三年の星崎ほしざきだ、よろしく」

「よろしくお願いします。あの、蒼君とは知り合いなんですか?」

「違う違う。彼が有名人なだけだよ……悪い意味で。それより鏡目さんはどんなことに興味があるんだ? UFO? 七不思議? それとも、悪魔かな?」

「――え」

「あの魔法陣じっと見てたからそうかなって思ったんだけど、違う? あれ僕が書いたんだ」



 何気ない態度でさらりと核心を突かれて思わず小さな声が漏れる。入り口で見た魔法陣は、悠乃が見た限りでは確かに悪魔の召喚に使う形式とよく似ていた。しかし実際に召喚できる代物かと言えばそうでもなく、所々穴抜けになっていたり少々適当に書かれている部分があったりする。

 だがあれだけしっかりと書けているということは、間違いなく何か参考にした物があるはずである。



「何かの本に載ってたんですか?」

「親戚の家で見せてもらったんだ。内容は日本語じゃなかったから殆ど読めなかったんだけど、あの魔法陣の図を見た時すごく興味を引かれて――」

「っぐ、腕が……!」



 悠乃が興味を持ったのが嬉しいのか、星崎は捲し立てるように説明し始めようとしたのだが、しかし彼の言葉を遮るようにして上がった声に悠乃の意識は逸れてしまう。

 その声を発した人物は少し離れた席に座る男子生徒。学ランを脱いで捲られた右腕には包帯が巻かれており、彼は腕を押さえながらぶつぶつと何かを呟いている。悠乃が耳を澄ませてみると「鎮まれ」「まだ目覚めるな」「邪悪な力が」と断片的に言葉が聞こえ、彼女は首を傾げた。



「あの人、何か大変そうですけど大丈夫ですか?」

「ん? ああ……あいつは気にしなくていいよ。その、一種の病気だから」



 病気なら尚更大丈夫ではないのでは、と星崎の返答にますます悠乃は困惑する。思わず悠乃が座る椅子の背凭れに寄り掛かっていた蒼を見上げると、彼は「ただの痛いやつだからほっとけ」至極どうでもよさそうに肩をすくめた。



「話を戻すけど、あの魔法陣はどうやら悪魔を呼び出す為のものらしいんだ」

「……呼び出そうとしたんですか?」

「まさか! 流石にしてないよ。魔法陣の他にも必要なものがあるらしいんだけど、そこまで読めなかったし」

「ふーん。じゃあもし呼び出せたら何を願うんだ?」

「蒼君、重いよ」



 今度は悠乃の頭に腕を乗せて話に入って来た蒼は、悠乃の声を無視して試すような視線で星崎を眺めた。そして挑発的な口調で話を続ける。



「お金持ちになりたい、テストで満点を取りたい……それとも、恨みがある誰かを抹殺したい、とか?」

「願う訳ないだろう。そもそも僕は悪魔には興味があるけど、別に何かを頼みたいから悪魔について調べている訳じゃない」

「……そういう朝日君は、悪魔にお願いしたいことがあるんですか」

「北村」



 ゆらり、と殆ど気配もなく彼らに近寄って話に入ってきたのは一人の女子生徒だった。悠乃が驚いて顔を上げると、彼女は悠乃の視線に気付いて静かに微笑む。優しげな表情であるはずなのに、何故か悠乃にはその微笑みが少しだけ恐ろしく感じられた。彼女が纏う雰囲気の所為だろうか、オカルト部に似つかわしいどこか不思議な――少々、不気味な印象を与える人間だった。

 星崎に北村と呼ばれたその女子生徒は、悠乃から視線を外すと質問の答えを求めるように小首を傾げて蒼を見つめる。



「悪魔にお願い、ねえ」

「何でも叶えてくれるのなら、何を頼みますか?」

「何も」

「……何も?」

「俺はやりたいことは全部自分でやる主義だ。わざわざ悪魔に頼むこともないからな」

「それが自分で出来ないことでも?」

「俺、何でも出来ちゃうんだよねえ」



 いやー完璧すぎて困っちまうよなあ、と蒼が酷くわざとらしい態度で笑うと、今まで周囲に無関心に散らばっていた視線が一気に鋭くなって彼を射抜いた。勿論星崎も同様で、「だからこういう男は嫌いなんだ……」とぶつぶつ呟いている。



「あ、あの! そういえば」



 周囲の空気が途端に悪くなったのを感じた悠乃は、慌てて蒼から意識を逸らさせるように声を上げる。



「星崎部長は霊感とかあったりするんですか?」

「霊感? いや、僕はそういうのはからっきしでね。幽霊どころか怪奇現象にもあったこと無いんだよ。……そういえば北村は、結構強いって言ってなかったか?」

「……はい」



 星崎に話を振られた彼女は薄く微笑んで静かに頷いた。どことなく浮世離れした雰囲気を持つ彼女は、確かに霊感を持っていると言っても説得力がありそうだと何となく悠乃は思った。彼女の職場の先輩のように、どっぷり俗世に浸かっている人も霊感があったりするので実際には関係ないのは分かってはいるが。



「昔から幽霊はよく見ますから……」

「それじゃあ最近学校で犬のようなもの、見ませんでしたか?」

「犬、ですか」



 魔獣の種類は千差万別だが、被害者は犬と連呼していたので今回はそれらしい魔獣を探さなければならない。

 北村は考えているのかじっと尋ねた悠乃を見つめるようにしていたが、ややあってからくすりと笑った。



「さあ……見てないですけど、あなたは見たいんですか?」

「出来れば」

「なら、私もあなたがそれを見つけられるように願いましょうか」



 自分の両手の指を組んでまるで祈るような仕草をしてそう言った彼女に、悠乃はまたもやどこか密やかな恐ろしさを感じ、曖昧に微笑み返した。

 組まれた左手には包帯が巻かれており、先ほどの男子生徒同様に何かあるのかと少し印象に残った。














「結局、収穫無しかよ」

「あの魔法陣は怪しかったけど、実際にあれで魔獣を呼んだ訳じゃないからね……」



 体験入部が終わった頃には、すでに校舎内には殆ど人気はなかった。というのも、万年部員不足らしいオカルト部に悠乃を何とか入部させようと、星崎を始めとした部員が次々と自分の得意分野の話を話し始めたからだ。悠乃が全く理解できない分野から、悪魔のようなしっかりとした知識を持っている話まで延々と長話を聞かされ、彼女は困ったように相槌を打ち続けることしか出来なかった。特に間違った知識を披露されると指摘したいが出来ないという微妙に歯痒い思いをして、悠乃は疲れたように大きくため息を吐いた。放っておかれているが故に、まともに話を聞いていなくても気にされない蒼が少しだけ羨ましく思えてしまうほどに。



「んで? これからお前の家に行けばいいのか?」

「遅いけど大丈夫?」

「へーきへーき。悠乃の家ってどの辺――」

「朝日!」



 正門までの道を二人で歩いていると、突然背後から怒鳴り声が二人の背中を叩いた。思わず振り返った悠乃は、どすどすと大きな足音を立ててこちらに向かってくる氷室の姿を薄闇の中に見つける。彼女の隣の蒼が「あー……忘れてた」と小さく呟くのが耳に入って来た。



「お前放課後に職員室に来いって言ってあっただろう!」

「いやあすみません、悠乃がどうしても俺と一緒に居たいって言うもんだから」

「え?」

「人の所為にするんじゃない! とにかくちょっと来い。鏡目を待たせるから説教は短くしてやる」

「……だってさ。悠乃、ちょっと待っててもらえるか」



 悠乃が返事をする前に、氷室は蒼の腕を掴んで引き摺って行く。後ろ手に軽く手を振られるのに反射的に返した彼女は、彼らの姿がどんどん小さくなるのを見届けて、再びため息を吐いた。

 蒼が何をやらかしたのかは分からないが、彼女がこの学校へ編入してから既に二、三度同じ光景を目にしている。悠乃は諦めて校舎の壁に寄り掛かると、ざわざわと木を揺らす風に吹かれて暗い空を見上げた。


 静かだ。先程の氷室の大声が未だに耳に残って聞こえて来る気がする。悠乃がぼう、と登って来た月を見て物思いに耽っていると、どれくらい経った頃だろうか、彼女は何か鳥のような物体が屋上の辺りから飛んで来るのを目にした。



「あれは……」



 ふよふよと蛇行して浮遊するそれは、鳥にしては動きが可笑しい。暗くて影しか認識できない状況ではそれが何か判別するのは不可能だったが、何故だか彼女の胸の内に嫌な予感が湧き上がった。

 先ほどオカルト部員が話していたUFO? いや違う。もっと彼女にとって身近な――。


 グルルルルッ



「え?」



 空にばかり気を取られていた悠乃は、突如すぐ傍から聞こえて来た唸り声に反応が遅れてしまった。咄嗟に体を地面に転がした彼女の頭上を、ほんの僅かな間を置いて大きな獣が飛び掛かるように通り抜ける。

 その姿をしっかりと確認した悠乃は、驚きながらも素早く体を起こして体勢を整えた。そして、威嚇するように歯を剥き出しにして悠乃を見つめる獣――大きな犬や狼のようなそれを見据え、確認するように小さく言葉を紡いだ。



「――魔獣!」




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