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35. 探り合い

 旅行から帰った悠乃は、先に調査を始めていたメンバーに加わって虹島や借りて来た実験レポートについて調べを進めた。時雨と虹島との関係はすぐに判明し、やはり元々は親戚だったようだ。手記の通り途中で縁を切ったらしく、それから虹島はどんどん力をつけて財界や政界にまで手を伸ばして現在の姿になった。つまり、やはり悪魔の研究を行っていた虹島は、この“虹島”で合っていた訳だ。


 そして、もう一つ分かったことがある。白い女の悪魔を使役していた月島が、虹島の分家筋の人間であったということだ。



「あの男、虹島の名前を出した瞬間酷く動揺してな」

「月島先生が分家の人間ということは、悪魔召喚の方法などは虹島の本家から?」

「恐らく。それ以上はまだ吐かないが」

「じゃあまだ、虹島は悪魔の研究を続けているかもしれないってことですか……」



 悠乃は速水の言葉を聞きながら虹島の研究レポートを思い起こす。中には贄によって悪魔に取り込まれる力の違いなどを研究したものもあり、淡々と多くの犠牲者の名前がつらつらと書きこまれていたものもあった。現在がどうかは分からないが、もし今も非人道的な行為を行っているのであれば見過ごすわけにはいかない。



「うちの学校、結構分家の人間が在籍してるみたいなんですけど……」

「ああ。それについても調査を開始してる。あれだけ大きな学校の生徒や教師を洗い出すから時間はかかるが、穴がないように戸籍と一つ一つ照合していくつもりだ。……まあ全員が悪魔を知っているとは考えにくいがな」



 そうであるならば、もう少し周囲に情報が拡散していても可笑しくはない。学校のような閉鎖的な空間ならば尚更だ。



「悠乃はひとまず虹島楓を頼む。本家の人間だから一番怪しいが、それだけ危険だということは忘れず、慎重にな。くれぐれも警察が探っていることは知られないように」

「分かりました」



 捜査が大規模になりつつある。潜入捜査は変わらず悠乃だけだが、他の調査には新たに人員を割くことが決まった。その中での自分の立場の重要性にプレッシャーは掛かるが、悠乃は深呼吸をして心を落ち着かせる。この捜査は自分だけの為のものではない。虹島を壊したいと悠乃に打ち明けてくれた蒼の為でもあるのだ。












 連日の捜査で寝不足になりながら、悠乃はふらふらと学校へ向かった。今日は夏休みだが各教科の夏期講習があるのだ。しかし自由参加とは銘打ってあるものの出席は取られ、理緒が言うには基本的に普段の授業と変わらないらしい。本来ならば学校は休んで仮眠を取りたいが、楓がいるのだから話は別である。



「あ、蒼君おはよう……」

「なんだお前、そんなへろへろで」

「ちょっと調査が忙しくて」



 いつもよりも遅めに登校した悠乃は、既に教室にいた蒼に声を掛ける。ゆっくりとした足取りで席に着いて悠乃に蒼も着いていくと、鞄を机に置いて一息ついた彼女に「じゃあ止めた方がいいかもな」と蒼がぽつりと呟いた。



「止めるって?」

「悠乃、明日も忙しいか?」

「明日は……非番だよ」

「旅行中に言ってた話。明日にでもと思ってたんだが」

「あ……」



 悠乃は思い切り頭を上げて蒼を見上げた。その際眩暈でぐらぐらと頭が揺れるが気にしてはいられない。



「だ、大丈夫!」

「……ホントに大丈夫なのか?」

「勿論!」



 何せ蒼から話してくれると言っているのだ。気が変わらないうちに、という訳ではないが聞けるのならば早く聞きたい。勢いづいて答えた悠乃に、蒼は少し押されるように「じゃあ明日な」と約束を取り付け、時間などを話し合った。



「おーい、すまんがこれ誰か生徒会室まで運んでもらえないかー?」

「あ、私がやります」



 授業が終わり、生徒達はやっと解放されたと喜んで帰り始める。寄り道の計画を立てている生徒もいる中、氷室が呼びかけた声に反応する生徒は少なかった。

 しかし悠乃は他の人に役目を取られる前に、といそいそと彼の元へと向かう。楓に会う良い口実だ、逃す訳にはいかない。いつもクラス委員として雑務を行う悠乃だ、氷室も勿論何も不審に思うこともなく「済まない、助かった」と彼女に資料を差し出した。二学期に入ってから行われる文化祭に関係するもののようだ。



「鏡目にはいつも助けられているな。本当にありがたい」

「いいえ、そんなことありません」



 むしろ今に限ってはありがたいのは悠乃の方である。鞄を取りに一旦席に戻ると、机を片付けていた理緒が顔を上げた。



「生徒会室行くの?」

「うん」

「一人で……大丈夫?」



 自分も行こうかと尋ねた理緒に笑って首を振る。彼女も虹島について知ったのだから不安なのだろうが、警戒心を剥き出しにした理緒を会わせて向こうに不信感を抱かれても困る。ただでさえ悠乃は黒木に怪しまれているようであるのに。



「ったく、というか朝日はどこに行ったのよ」

「そういえばいないね」



 先ほどまでいたはずの蒼はというと、いつの間にか教室から姿を消していた。授業が終わってすぐに出て行ったのかは分からないが、どのみち蒼がいると理緒以上に警戒されるだろう。悠乃は理緒に手を振って教室を出ると別に校舎にある生徒会室を目指して歩き出した。



「そういえば……」



 歩きながら悠乃はぼんやりと考え事をする。今はこうして慣れてしまったが、悠乃は元々クラス委員になる気などなかった。蒼が強引に決めたようなものだ。

 何故悠乃をクラス委員にする必要があったのか。当時も蒼が何かしらの理由を付けていたと思うが、恐らくそれは本音ではなかったんじゃないかと今更ながらに彼女は思った。蒼は虹島が悪魔に関係していることを悠乃よりもずっと早くから知っていた。だからこそ、悠乃を楓に――虹島に近づけて悪魔の存在を知らせる為だったのかもしれない。


 蒼の思惑が実際にどうだったかは分からないが、クラス委員という立場は今の悠乃にとって非常に役に立つ。あの時の蒼に感謝しながら、悠乃は階段を上って生徒会室のある廊下へと足を踏み入れた。



「おいお前、ちょっと待て」



 しかしいざ生徒会室へ近づこうとした悠乃を制止する声が耳に入った。自然に声のした方向へと目を向けた悠乃は、ずかずかとこちらへ歩いて来る一人の男子生徒を目に留めた。



「お前、鏡目だな?」

「そうですけど……」

「よく生徒会室に出入りしてるっていうのは本当か?」

「クラス委員なので」



 見覚えのない生徒に悠乃は首を傾げながらも会話をする。自分の名前は知られているようだが生憎悠乃は彼が誰だか全く分からない。妙に高圧的な雰囲気を醸し出しながら悠乃のことを値踏みするかのように見下ろす彼は「お前に頼み事がある」とふんぞり返った。

 全く人に頼み事をする態度ではない。



「あの、その前にどちら様ですか?」

「ふん、生徒会役員の顔も知らんとはな」

「役員? それって」

「会計の五十嵐だ」



 確か追い出されたっていう……と悠乃は口にしかけたが踏み止まる。始業式で檀上に上がっていたはずだが、流石にそこまで覚えていなかった。

 しかしそんな五十嵐が一体悠乃に何の用なのだろうか。



「お前、会長と親しんだろ?」

「いえ、そんなに親しい訳じゃ……」

「嘘つけ、この前も理事長と話してるのを見たぞ。分家の人間でもない癖にどうやって虹島の家に取り入ったのか知らないが……次の生徒会選挙で俺を会長にするようにあいつに言え」

「え?」



 突然告げられた言葉に悠乃は聞き返してしまう。確かに時期的に二学期に入れば次の生徒会を決める選挙が行われるだろうが、何故わざわざ悠乃が楓に彼のことを伝えなければならないのか。



「あの、自分で正式に立候補すればいいのでは?」

「それであいつが聞くもんか。ただでさえ夕霧の所為で碌に話もさせてもらえねえっていうのに。あの女、ちょっと本家に目を掛けられてるからって偉そうに」

「本家って……」



 そういえば、と悠乃は記憶を掘り返す。以前小夜子が追い出した会計も書記も虹島の分家の人間だと言っていなかったか。

 それを思い出した途端に悠乃は緊張で体を強張らせた。五十嵐が分家の人間だということは月島同様に悪魔憑きか、そうではないにせよ何らかの悪魔についての知識を得ている可能性だってある。楓とはあまり仲が良くないようだが、警戒した方がいいだろう。



「そんなの私も無理ですよ」

「ふざけるな、お前があの朝日も懐柔したって知ってるんだぞ。会長ぐらい誑かすのなんて簡単だろうが!」

「いっ」



 強い力で腕を掴まれる。痛みに顔を歪めてもまるで力は緩まず、頷くまでずっと逃がさないつもりのようだ。



「せっかく苦労して会計になったのにあの女の所為で俺は笑い者だ! 絶対に見返してやる、だからお前が会長に――」

「何をやっている!」



 五十嵐の怒声をかき消すように、その声は廊下の奥――生徒会室の方から突然聞こえて来た。反射的に二人がそちらを振り返ると、生徒会室から出て来たと思しき楓が険しい表情を浮かべて急いで悠乃達の元へとやって来るところだ。彼を見たからか五十嵐の手の力が抜け、悠乃は今のうちにと速やかに五十嵐の手から逃れて距離を取った。

 彼らの元へと来た楓はすぐに悠乃を庇うように二人の間に割って入り、五十嵐を見据える。



「五十嵐、鏡目さんに一体何をしていた?」

「いや、俺は……」

「腕を掴んで恫喝していたな? 何が目的だ」



 厳しい声で追及を受けてたじろいだ五十嵐は、一度悠乃を強く睨みつけた後すぐにその場から早足で逃げ出した。楓がすぐさま制止の声を掛けるが、五十嵐は止まることはなく階段下へと姿を消した。



「あいつは……! 済まない鏡目さん」

「いえ、ありがとうございました」

「五十嵐に何か言われたのか?」

「その……次の生徒会の会長に選ぶように私から虹島会長に言ってくれって言われて」

「あの馬鹿が……本当に迷惑を掛けてしまったな」



 呆れてものも言えないという様子で溜息を吐いた楓は疲れたように肩を落とす。



「どうしても生徒会に入って頑張りたいと言ったから会計にしたというのに……ところで、鏡目さんはここに来たということは何か用だったのかな?」

「はい、氷室先生から文化祭の資料を渡すように言われて」

「いつもありがとう、鏡目さんはよく雑務を引き受けてくれて助かっている。この前もお爺様と来ていたな」

「あの時は他の先生が困っていたので巻き込まれただけですけどね。……理事長って厳しい人なんですか? 先生たちも緊張していましたけど」

「……ああ、そうだな。厳しい人だ」



 話をしながら何となく悠乃も流れで生徒会室へと入る。部屋の中はエアコンが聞いていて涼しいが、黒木も小夜子も不在だった。



「次の生徒会役員の人って決めてるんですか?」

「今の生徒会は俺も小夜も三年で持ち上がりが居ないから、立候補か二年のクラス委員あたりから推薦しようと思っている……ちなみに鏡目さんは」

「すみません、無理です」

「一度断られたからそうだろうと思ったが……」



 まあ五十嵐は論外だがな、と楓は先ほどのことを思い出したのか再び表情を険しくする。彼を見ながら、悠乃はふと楓がまだ名前を出していない人物について口を開く。



「黒木君は駄目なんですか?」

「クロ?」

「はい、生徒会の仕事も手伝ってるんですよね? あれ、そういえば黒木君って何年生でしたっけ」

「え、いや、クロは……」



 楓と小夜子は三年だが、黒木については何も聞いたことがなかったように思う。幼い顔立ちをしているので、少なくとも楓達と同学年ではないと悠乃は勝手に思っていたのだが。


 しかしそう質問した悠乃に対して、楓は何故か目に見えて動揺を露わにした。口をもごもごと動かし、何と答えたものかと焦る彼を悠乃は不思議に思う。学年など悩むような質問ではないはずなのだ。それでも困っているということは、何か後ろ暗いことがあると言っているようなものである。

 そもそも悠乃を勧誘しておきながら傍で仕事を手伝う黒木が生徒会メンバーに入っていないというのも今更だがおかしな話だ。



「……クロは俺達と同じで、今年度でいなくなる」

「そうなんですか……てっきり一年か二年だと思ってました」



 楓の返答に違和感を持ちながらも悠乃は納得したように頷く。少なくとも黒木は何かあると思っておいて良いだろう。頷いた悠乃を見てあからさまにほっとした様子の楓は、彼女同様にあまり嘘や誤魔化しが得意なタイプではなさそうに感じた。

 話を変えるように楓がこほん、と息を吐く。



「ところで、最近朝日はどうしている?」

「いつも通りですよ。虹島会長は結構蒼君のこと気に掛けていますよね」

「少し前に会った時は随分荒れてたからな、気になったんだ。君が来てからあいつも随分変わったんだよ」

「そうなんですか?」

「ああ。前はもっと酷かった。でもどうして朝日と親しくなったんだ?」

「どうしてって……」

「編入していた次の日にはもう一緒にいただろう? ずっと疑問だったんだ」



 窺うような楓の視線の今度は悠乃が返答に詰まる。まさか脅されていたなどとは言う訳にはいかず、悠乃は困ったように曖昧に笑みを浮かべた。



「編入したての時に蒼君が声を掛けてくれて」

「朝日が、なあ」

「蒼君の考えていることは私にもよく分からないので」



 咄嗟に蒼に全部ぶん投げた形になってしまった。楓の表情が思わしくない所を見ると、余計に蒼に疑念を抱かせてしまったかもしれない。



「そ、そういう虹島会長も夕霧先輩と仲がいいですよね!」

「あ、ああ……小夜とは昔から一緒にいるから。いつも面倒ばかりかけてしまってるのが心苦しいが、本当に助かっている」

「好きなんですか?」

「え?」

「夕霧先輩のこと……あの、虹島会長?」



 小夜子のことを語る楓は酷く穏やかな顔つきで、雰囲気も和らいでいる。だから悠乃は何となく頭に過ぎった疑問をそのまま口にしてしまったが、驚いたのはその直後だった。

 楓は小夜子のことが好きなのか。そう問いかけた瞬間に楓の表情から色が抜け落ちた。目を見開いて硬直するその顔は驚愕だけではない、どことなく怯えのようなものを含んでいる。一体どうしてそんな顔をするのか悠乃には分からなかったが、自分が楓にとって非常にまずい言葉を言ってしまったということだけはすぐに理解した。



「……そう、見えるのか」

「い、いやよく一緒にいるのでそう思っちゃっただけで! 勝手なこと言ってすみませんでした!」



 気まずくなって悠乃はそろそろ、と生徒会室を出て行こうとする。そんな彼女を見送るように扉の前まで向かった楓は、教室を出て行く悠乃をしばらく見つめた後、「鏡目さん」と彼女の背中に声を掛けて呼び止めた。



「はい?」

「見当外れのことを言っていたら聞き流してくれ」

「何ですか?」

「……あまり、危険なことはしない方がいい」



 ぴくり、と反射的に肩が上がったのを楓は見逃してくれただろうか。

 内心の酷い焦りをこれ以上悟られる前に悠乃は会釈をして廊下を進む。そして階段を下りて完全に楓から姿が見えなくなった所で、煩い心臓を押さえてその場にへたり込んだ。



「……怪しまれてる」



 楓が悠乃をどういう風に見ているか分からない。しかしあまり良い方向ではないことだけは確かだった。




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