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32. 調査

 翌日、悠乃達は予定通り書庫を調査することになった。朝食を食べ終えた頃にタイミングよく到着した和也も交えて理緒達に先導されるようにして悠乃は少々埃の匂いが漂う地下室へと足を踏み入れる。



「これは……」



 酷く軋む扉を開けば、そこには壁一面みっしりと本が詰められた棚が並んでいた。部屋自体はそこまで大きくはないものの、本棚に入りきならなかった本が床の隅に積み上げられていたりと、本当に本しかない空間だ。



「このちょっと埃臭い感じと本の匂いってわくわくするよな」

「分かる分かる」



 従兄妹同士が頷き合っているのを聞きながら、悠乃は手始めに傍にあった本の背表紙に触れる。召喚理論と術式解析、と英語で書かれたタイトルを見ながら本を手に取ると随分古ぼけていた。それもただの時間による劣化ではなく、硬い表紙の端が擦り切れていたり、ページが指の油か何かで少し黒く変色していたり、何度も読み込まれたのだろうと思われる部分が多く見つかる。



「へえ、これは確かにすごいな。悪魔に魔獣、魔界や魔法陣のことまで……ここまで揃ってるのは中々ない」

「椎葉さんもオカルトに詳しいんですか!?」

「え? ああ、まあそうだな」



 悠乃と同じく本を手に取っていた和也がそう呟くと真っ先に星崎が反応した。そういえばこの中で事情を知らないのは彼だけなのだ。目を輝かせる星崎に、和也は困ったように曖昧に言葉を返した。



「あ、悠乃。これ……」



 一冊の本を手に取った理緒が悠乃の元へとやって来ると、その本を彼女に示す。



「……その、前に召喚の方法を調べたの、これなんだけど」

「あ、その本俺も読んだ。魔法陣が載ってたやつだ」



 タイトルを見る限り、悪魔召喚における基礎を学ぶもののようだ。本を受け取った悠乃がぱらぱらとページを捲っていくと、途中でページいっぱいに魔法陣が書かれた箇所が見つかった。理緒のメモの通り、少し古い形式の魔法陣である。

 上から本を覗き込んだ和也が物珍しげに目を瞬かせる。



「今の基本のやつとは少し違うな。本の状態から考えても随分昔のものみたいだし……それもただのコレクションって訳じゃあなさそうだ」



 この本も先ほどのものと同様、何度も読み込まれた形跡が残されている。それどころか所々に細かく走り書きの英語でメモが書き込まれている所もあった。



「とりあえず、他のやつも見てみるか」

「そうですね」



 和也の言葉に頷いた悠乃は本を閉じて、ひとまず全体的に書庫の本を見て回ることにしした。










 一時間後、五人は各々書庫の本を手に取って過ごしていた。

 星崎は自分でもまだ読めそうな本をいくつか広げながら唸り、時々理緒に尋ねて助けてもらっている。理緒は悠乃と共に順番に書庫の本を確認している。英語は理緒の方が得意なので、彼女が簡単に概要を伝えて悠乃がメモを取る。ただし専門用語や魔法陣は悠乃の方が詳しいのでその時は作業を交代していた。和也も悠乃達と同様の作業を一人で、部屋の反対側から行っている。


 そして蒼は本を手に取っているもののあまり興味はない様子で、適当にぱらぱらと本を捲っては眠そうに目を擦っていた。



「眠いの?」

「んー? ちょっと暇だし」



 少し休憩を取ることにした悠乃が蒼の傍に寄ると、彼は持っていた本を緩慢に捲った。今までの反応からして蒼は悪魔関連のことなら興味を示すと思っていた悠乃は目を瞬かせて少し申し訳なさそうに口を開く。



「悪魔関連の本なら蒼君も何か欲しい情報があるかもって思ったけど……何かごめんね、無理に連れてきたみたいで」

「何度も言わせるなよ、俺は自分の意志でしか動かねーし来るのだって自分で決めたことだ。……まああの男が来たのは想定外だったが、おっさんに思惑があるのは分かってたからな」



 蒼は立ち上がると「暇だから俺も手伝ってやるよ」と大きく伸びをしていくつか床に置いていた本を持ち上げる。それらを本棚に戻そうとした彼は、しかしその直前に本の中から数枚の紙が落ちたことに気付き、それを拾い上げた。どうやらページの合間に挟まっていたようだ。



「何だ?」

「何か書いてあるね」



 蒼と悠乃が紙を覗き込むと、色褪せたその数枚の紙には実験レポートとタイトルが付けられ、どれも同じような形式で内容が英語で綴られていた。



「実験?」



 悠乃達の様子が目に付いたのか和也も近づいて来る。蒼は嫌そうにするが、悠乃がレポートを彼に差し出すと、和也は一枚一枚順番にそれらに目を通していく。徐々に彼の眉間に皺ができ、表情も難しいものになっていった。



「どうですか?」

「……こっちは悪魔の生態調査、これは贄にされるまでの魂の変化の実験、あとは魔法陣が召喚された悪魔に及ぼす影響、特定の悪魔を呼び出せるかの実験……随分とまあ色々と」

「それは……本の所持者が行っていたってことでしょうか」

「さあな、少なくとも一人でやっていた訳ではなさそうだが。被験者やレポート作成者の名前もばらばらだしな」



 ただ複数の血縁者で実験をしていたように見える、と和也は悠乃達にレポートを広げて見せた。被験者や作成者の氏名には名前は違えど同じ苗字のものがいくつか見受けられる。まずShigureという苗字を目に留めた悠乃はやはり理緒達の先祖もこれらの実験に関わっていたようだと理解した。



「あれ……?」

「どうしたちびすけ」

「この名前……」



 悠乃は和也が持つレポートのうちの一つに触れ、その作成者の名前を指でなぞる。“Nijishima”と書かれたその文字を。

 虹島。瞬間彼女の脳内で漢字に直されたそれに、悠乃は困惑気味に和也を見上げた。



「先輩、あの」

「ん? 鏡目さん、そういえばそれと同じような紙、他の本に挟まってるのを前に見たけど……」

「え?」



 悠乃が口を開いたタイミングで、今まで不思議そうに悠乃達を眺めていた星崎が口を挟んだ。立ち上がった星崎が「確かこの辺りに」と呟きながらいくつかの本を取り出してぱらぱらと捲ると、先ほどと同様に数枚のレポートが見つかった。

 手渡されたそれらを見れば、やはり時雨と虹島の名前がいくつも書かれているのがすぐに分かる。



「虹島……」

「虹島って、あの虹島か?」

「先輩も知ってるんですか?」

「そりゃあ勿論、あの家は政界の方でも有名だからな。うちとはあんまり反りが合わないのか関わりはないが」

「うち?」

「あれ、言ってなかったか? うちの親父政治家なんだよ」

「……。聞いてませんよ」



 さらりとそう口にした和也に、悠乃はたっぷりと沈黙した後に言葉を返す。そういえば現職の大臣に椎葉という名の国会議員が居るが、まさか。と大きく溜息を吐いた。



「まあそんなことはどうでもいいんだが……ここの家は虹島と何か関係があるのか?」

「さあ……おばあちゃんに聞いてみれば分かると思いますけど」



 困惑した様子でそう答えた理緒が、「ちょっと連れて来るので待っててください」と部屋を出て行く。その間に悠乃は手にしていたレポートに再び目を落とした。虹島もそうだが、時雨も同じようにこれらの研究を行っていたようだ。悪魔の研究、それならばこれほど悪魔に関する書籍が充実していてもおかしくはないが、一体何故そのようなことをしていたのか。



「……まさかな、ここでその情報が出てくるとは思ってなかった」

「え?」



 無意識のうちに零れ落ちたような、そんな蒼の小さな呟きに悠乃が顔を上げると同時に扉が開いて理緒が戻って来る。祖母を連れて来た彼女に悠乃の意識はそちらに逸れ、蒼の言葉を深く追求することはなかった。





「何かあったの?」

「時雨さん、虹島という名前に心当たりは?」

「虹島? ああ、そういえば父が何度も口にしていたねえ。その時は大抵怒っていたけど」

「仲が悪かったんですか?」



 これだけ協力して研究をしていたのに、と悠乃が小さく溢すと、理緒達の祖母は「私も詳しいことは分からないけど」と首を傾げた。



「確か父の手記があったはずだから、そこに何か書いてあるかもしれないわね」

「おばあちゃん、それって見ていい?」

「勿論。確かこの部屋にあったと思うけど」



 そう言うと彼女は部屋の隅に積み上げられていた書物へと近付き、ごそごそと本を漁り始める。然程時間も掛からずに戻って来た祖母は、二冊の本――紙に紐を通してまとめているだけのそれを差し出した。



「ありがとうございます」

「終わったら元の場所に戻しておいてね。上でお茶を入れるから、落ち着いたら戻って来るのよ」



 彼女はそれだけ言うとにこりと笑って書庫から出て行く。それを見送り、彼女の姿が完全に扉の向こうに消えたのを確認した悠乃と和也、理緒は早速渡された手記を急いで調べ始めた。星崎は何が起こっているのは分からない様子で首を傾げているし、蒼は何かを見極めるように目を細め、黙って悠乃達の姿を見守っていた。



「これは……」



 曾祖父の手記は日本語で書かれている。古めかしいカタカナ混じりの文体に理緒は少々頭を痛めた様子を見せた。しかし悠乃達にとっては今までずっと英語を見て来たおかげで随分と読みやすい。



「2月20日、魔法陣の解析……悪魔の研究をやっていたのはこの人か。大体は研究についての進行状況や問題点について書かれているようだな。……お」

「虹島……やっぱり結構名前が挙がっていますね」

「ああ。それも良くない方向にな」



 手記には様々な研究について記されている。だが虹島という名前が書かれた部分は大抵否定的な文脈に多いのだ。虹島が行っていた非人道的な研究についての批判、不必要に多くの悪魔を呼び出したことに対する危険性の示唆。確かに曾祖父が虹島に良い印象を持っていなかったことがまざまざと窺えるものだった。

 改めてレポートを読み込んでみると、虹島が行っていた実験は確かに眉を顰めるような研究内容が多く見受けられる。



「時雨と虹島は、元々同じ悪魔の研究者だったってことでいいんですかね」

「恐らく。だが……どうやら途中で袂を分かったらしい。ここを見てみろ」



 和也が指で示す箇所を悠乃と理緒が覗き込む。



「9月8日……虹島と絶縁を決意する。同じ血が流れているとは思えない所業に我慢が……同じ血?」

「うちと虹島は、親戚だったのかな……?」

「そうなると一族で研究していたのも理由が付くけどな。まあこの辺はちょっと戸籍とか家系図を調べてみればすぐに分かるだろう。問題は……この虹島が、あの虹島かってとこだ」

「……和先輩。でも、そうだと思います」

「どうしてそう思う?」

「今私が捜査している学校で既に複数の悪魔の存在を確認しています。……そこは、虹島の経営している学校です」

「……」



 和也は厳しい顔をして黙り込んだ。虹島が悪魔の研究をしていたのなら――そして今もそれを続けているとしたら、分家の人間も多く在籍するあの学校に悪魔が複数存在していた理由も付くのだ。

 悠乃は思わず蒼の方を振り返る。彼だってあの学校が異常であると認識していた。それは虹島について知っていたからなのではないのかと思ったのだ。


 しかし彼はじっと悠乃を見つめるだけで、その口を開くことなかった。




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