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3. 協力者

「悠乃ちゃんってもっと話しにくい子だと思ってた」

「ねー、昨日とかすごく無表情だったし」



 翌日、悠乃はクラスメイトの女子数人に口々にそう言われて苦笑していた。

 今の時間はお昼前の四限、グラウンドで体育の授業中だ。100メートル走のタイムを計測するのだが、今は男子が走っている為暇を持て余して女子生徒はおしゃべりに興じていた。



「昨日は、ちょっと緊張してて」

「そっか、転校したてだもんね」



 昨日の態度とは打って変わって素に戻った悠乃に、クラスメイト達は驚きながらも好意的に受け入れた。誤魔化すように言い訳をすればなるほどと納得されてしまったので、悠乃は少々罪悪感を覚える。



「あ、ほら見て。朝日君が走るよ」



 やっぱり和也の言っていたことは嘘だったのか、と親しげに話し掛けて来る女の子達を見ながら改めて理解していると、ふいにその中の一人がグラウンドの中央を振り返って声を上げた。

 彼女の声に釣られて悠乃達もそちらを見ると、そこには数人の男子生徒がかがみこんでスタートの構えをとっている所だった。その中には蒼の姿もあり、他の生徒とは対照的にやる気のなさそうな表情を見せている。


 しかしスタートの合図である笛が鳴り響いた途端、悠乃は思わず「え」と小さく声を上げていた。一瞬で蒼と他の生徒との間に差が作られ、その差は走る度にどんどん大きく開いていく。



「速い……」

「うわー、やっぱり朝日君ってすごいね!」



 あっさりといち早く走り切った蒼を見て数人の女の子が歓声を上げる。遅れて他の男子もゴールするのだが相変わらず黄色い声は止まず、蒼は他の男子に妬ましげに睨まれていた。

 しかし当の本人は歓声も睨みも全く意に介すことなく日陰に行ってのんびりくつろいでいる。走ったばかりだというのにまるで疲れた様子もなく涼しげな表情をしているのが、余計に男子の怒りを呷っているように見えた。



「あいつ、ちょっと調子乗り過ぎなのよね」

理緒りおちゃん?」



 きゃーきゃーと騒がしい女の子達を煩わしそうに見てそう呟いたのは、時雨理緒しぐれりおという女子生徒だった。教室でも悠乃の隣の席で、今日も率先して悠乃の世話を焼いてくれたしっかり者の女の子である。

 そんな理緒なのだが、彼女は蒼に夢中な女の子達の中で唯一冷たい視線で彼を睨むように見ており、悠乃は首を傾げた。昨日蒼のことを性格が悪いと評したのも理緒である。



「あお……朝日君のこと嫌いなの?」

「あいつ碌でもない男だから。顔だけはいいから女の子にモテるけど、色んな女の子とっかえひっかえ、最低なやつよ。悠乃だって昨日転ばされたでしょ」

「それは、そうだけど」

「……あんなやつ、痛い目みればいいのに」



 小さな声で吐き捨てられた毒は、理緒が本当に蒼のことを疎ましく思っているとよく分かるものだった。



「朝日君もかっこいいけどさー、私は虹島会長派かな」

「あ、ずるい! それだったら私も!」

「会長は朝日君と違って性格もいいもんね」



 今の今まで蒼に向かって黄色い声を上げていた女の子達は、しかし不意にその中の一人が発した言葉によってあっさりとその対象をシフトさせた。それも騒いでいた割に彼女達も蒼の性格は悪いと思っていたらしい。蒼の性格に関しては皆共通認識なのかと悠乃は首を傾げた。



「虹島会長って、確か昨日の始業式で話してた人だよね?」

「そうそう、生徒会長に任命されてた人。理事長の孫なんだよ? すごいエリートって感じだよね」

「かっこいいし頭もいいし、女の子に優しいの」

「そうなんだ」



 悠乃は昨日の記憶を思い返して生徒会長に任命された三年生の先輩を思い浮かべる。檀上に登って全校生徒に挨拶をした彼は確か名前を虹島楓にじしまかえでと言ったはずだ。綺麗に整った顔立ちと堂々とした振る舞い、かなり目立つ人だったので悠乃もよく覚えていた。

 しかも名字からも窺えるが理事長の孫だという。一瞬昨日の速水の話――虹島の家の――が頭を過ぎったが、悠乃はすぐに打ち消した。



「ちなみに理緒ちゃんは?」

「……正直いけ好かない」



 蒼の時ほどではないが、理緒は渋い顔をしてばっさりとそう切り捨てたのだった。













「悠乃って足早いんだね」

「そうかな? ありがとう」



 体育の授業の後、理緒と話しながら着替えを終えて教室へ戻った悠乃はお腹空いた、と腹に片手を当てる。早くお昼ご飯が食べたいと急いで鞄からお弁当を引っ張り出していると、同じように弁当を取り出した理緒が声を掛けて来た。



「悠乃、お昼一緒に食べる? それとも誰かと約束してた?」

「ううん、約束してないから一緒に――」

「悠乃は俺と先約があるだろ?」



 理緒の言葉に頷こうとしたその時、急にずしりと悠乃の背中に重たい何かが圧し掛かった。思わず前屈みになった彼女の背後からは、昨日聞いた楽しげな男の声が聞こえて来る。

 彼女の目の前にいる理緒の表情が一変して厳しくなった。



「朝日、何なのあんた」

「だから言ってるだろ、悠乃は俺と話があるんだって……なあ?」

「え、話って」

「昨日の続き……他のやつらには聞かれたくないんだろ?」



 こっそりと囁かれたその言葉に、悠乃は動揺して目を泳がせる。昨日は結局、蒼に詳しい話はしていないのだ。いくら潜入捜査がばれたからと言って悠乃の一存で他の情報まで漏らしてしまう訳にはいかなかった。一応速水には蒼のことは話して、悠乃の裁量に任せると言われたので協力してもらうのは構わないのだが……。

 理緒が発する剣呑な雰囲気にどうしたものかと悠乃は困ったように眉を下げる。



「大体、あんたなんで昨日の今日でそんなに悠乃に馴れ馴れしいのよ?」

「ん? もしかして時雨も俺と仲良くなりたくて妬いてるのか? いやあ、悪かったなーお前が俺のこと好きだったって気付かなくて」

「死ね、とにかく黙って死ね」



 笑いながらひたすらに理緒を煽る蒼と、絶対零度の視線で毒を吐く理緒。彼らに挟まれた悠乃は顔を引き攣らせながら冷や汗を流していた。確かに、これは性格悪いと口を揃えて言われても仕方がない。



「ま、とにかくそういう訳だから。行こうぜ、悠乃」

「え、ちょっ」



 悠乃の背中から重みが引いたかと思えば、今度は腕を引かれてそのまま教室の外まで引き摺られていく。教室内から理緒の怒鳴り声が聞こえてくるが、蒼は全く気にした様子もなく悠乃の腕を掴んだままどこかへ足を進めている。



「蒼君、何処行くの?」

「他のやつらに聞かれないとこ」



 簡潔にそれだけ答えた蒼はそのまま階段を上り、上階を目指して歩く。どんどん進む蒼は一体何処を目指しているのかと悠乃が首を捻っていると、ようやく彼の足がある扉の前で止まった。悠乃の記憶ではここは、屋上へ繋がる階段の前の扉だったはずだ。



「屋上って進入禁止じゃあ」

「昨日転校してきたのによく知ってるな。流石潜入捜査官様」

「っ言わないでって言ったのに!」

「誰も聞いちゃいねえよ。……と、開いた」



 蒼が何やら扉の前でがちゃがちゃとやっていると思うと、あっさりと施錠されていた扉が開かれる。そのまま中へ入る蒼に続くのを一瞬躊躇った悠乃だが、「早く来いよ」と声を掛けられて仕方なく本来は入ってはならない屋上へ足を踏み入れた。


 外への扉を開けると気持ちの良い春の風が頬を滑る。当たり前だが屋上には誰もおらずがらんとした空間が広がっていた。周囲を取り囲むようにフェンスはあるものの、風に吹かれてがたがたと軋む音を鳴らしている所を見るとあまり安全面は期待できそうにない。

 しかしあろうことか蒼は何の躊躇いもなくそのフェンスの上によじ登ると、そこに座って持っていたパンを食べ始めたのだ。



「蒼君危ないよ!」

「平気平気」



 余裕の表情でそう返した蒼は降りる気が全くないらしく、悠乃は諦めて「落ちそうになったら助けよう」と蒼が上ったフェンスの真下へ腰を下ろした。

 ちらちらと不安げに蒼を見ながらお弁当を広げた悠乃は「それで……」と真上から聞こえて来た声に顔を上げた。



「この学校へ何を調査しに来たのか、教えてくれるんだろ」

「……蒼君、確認するけど本当に誰にも言ってないんだよね?」

「信じられないか?」

「ちょっと」



 昨日と今日、僅かな時間だが蒼と会話したり彼について話を聞いたが、正直無条件に信用出来る人間かと言えば、すぐに人を信じてしまう悠乃でも申し訳ないが首を横に振る。



「悠乃、考えてみろよ」

「うん」

「お前が警察官で潜入捜査してるなんてばれて学校に居られなくなったら、俺も悪魔だとかに関われなくなるだろ。わざわざそんな損することなんてしない」

「蒼君は悪魔に興味があるの?」

「そういうことにしておく」

「?」

「それで話を戻すけど。お前の目的、一体何なんだ?」



 蒼の曖昧な言葉に首を傾げた悠乃だったが、彼に話を促されてやや躊躇った後に少しずつゆっくりとこの学校へ来た訳を話し始めた。


 高校が春休みに突入した三月、その事件は起こった。虹島高校に通う一年生の女子生徒が意識不明で倒れているのが発見された。彼女は病院に運ばれてから暫くして意識を取り戻したのだが、酷く怯えた様子で「犬が!」と連呼するばかりで一向に何故倒れていたのか話すことは無かった。特に外傷もなく、被害者の尋常ではない様子から普通の事件ではないと判断され、悠乃達が所属する特殊調査室に捜査が引き継がれることになったのだ。


 様々な分野に特化した調査員を有する特殊調査室が被害者を調べた所、外傷は確かに一切なかったものの、それ以外の部分が破損していることが発覚した。



「体以外って?」

「……魂が、半分欠けてたの」

「へー、魂って見えるものなんだな」



 悠乃の言葉に蒼は非常に軽く言葉を返す。信じているのかいないのか、どちらとも言い難い彼の態度に悠乃は「……普通は見えないけど見える人がいるから」と補足をしながら話を続けた。



「それで調査の結果、被害者の魂は魔獣に奪われたって判明したの」

「魔獣? 悪魔じゃなくて?」

「うん。悪魔だと半分どころじゃなくて全部持って行っちゃうから。多分魔獣を召喚した時の生贄にされたんじゃないかって」



 悪魔や魔獣の召喚には手順がある。まず召喚する為の魔法陣を体のどこかに書くこと、そしてそこに自分の血を垂らすこと。そうして悪魔や魔獣を召喚し生贄を差し出して、契約を行うのだ。



「魔獣は悪魔と違って簡単な命令しか聞けない代わりに、贄の代償も少なくていいの。被害者が生きていられたのもその所為なんだけど」

「ふーん、悪魔じゃねえのか」

「私は下っ端だから、そんな悪魔に接触するような任務はそうそう回って来ないよ」

「……へーえ」



 途端につまらなさそうな顔になった蒼にそう返しながら、悠乃は顔を俯かせた。彼女は今まであまり大きな任務を貰ったことがなく、魔獣といえども今回のような潜入捜査も悠乃にとっては大変な任務なのだ。

 もっと役に立たないと、と彼女は箸を持った手を強く握りしめた。



「それでわざわざこの学校にその魔獣とやらを召喚した犯人を捜しに来たってことか」

「うん。被害者が発見されたのも学校の近くだったし、彼女に学校のことを聞こうとしたらすごく怯えられたんだって。だから犯人は学校の関係者だろうって予想されたの」



 魂を半分失ったのだ。寿命が半分になるという訳ではないが、精神状態は酷く危うい。結局彼女は転校し、精神病院にも通っているとのことだ。



「それで? 結局悠乃が任された理由は何だ。普通の人間がそんな特別な場所で働いてるわけないよな?」

「それは――」



 そう、悠乃が学校にも行かずに警察に入った理由は、彼女が持つ特殊な体質によるものだった。それが発覚した事件が頭を過ぎり、彼女は無意識のうちに僅かに体を震わせる。



『ねえお兄ちゃん。あれ――』



「私は、悪魔や魔獣を見ることが出来るの」



 悪魔や魔獣は基本的にその姿を捉えることは出来ない。その悪魔自らが望んで行うか、契約者による命令で無理やり現世に姿を見せることは出来るが非常に稀だ。普通の人間には認識できない状態で悪魔らを見ることが出来るのは、悪魔や魔獣と契約している者――通称“悪魔憑き”を除くと悠乃達のような特殊な体質の人間しかいなかった。



「だから協力してくれるって言っても、蒼君には多分見えないと思うよ? 魔獣くらいなら霊感ある人だったらちょっと見えることもあるけど」

「大丈夫大丈夫。きっと俺も霊感とかすごい力とかあったりするから」

「ええ……?」

「ま、実際に見てみりゃあ分かるだろ」



 軽々と言い切った蒼がいきなりフェンスを蹴って悠乃の傍に着地する。その勢いとぐらぐらと大きく揺れたフェンスに彼女が驚いていると、蒼は悠乃の弁当箱の中から勝手に細かく切り目の入ったウィンナーを掴んで口に放り入れた。



「うめー。やっぱ肉欲しくなるよな」

「あの、蒼君?」

「ごちそうさま。話の続きは?」

「え、うん。それで魔獣と契約した人を探さないといけないんだけど」

「手がかりはその体のどっかにあるっていう魔法陣と、従えてる魔獣を見つけるってとこか」



 悪魔ではないと聞いて興味を失ったかと思いきや、しっかりと協力してくれる様子の蒼に悠乃は疑問符を頭の中に浮かべた。先程から……いや、最初から蒼の行動や考えが全く読めない。



「それに、贄にしたってことは多分被害者に恨みを持つ人だと思うの。だからその辺りから探したいんだけど……」

「被害者の名前は?」

白鳥和泉しらとりいずみさん。同じ学年だったんだけど、知ってる?」

「白鳥……」



 この学校はとても大きく生徒数も多いので、同じ学年だと言っても知らない生徒も多いだろう。知っていたら運がいいというくらいで悠乃が尋ねると、蒼は少し考えるように宙を睨んで「あー、何か思い出せそうな……」とぶつぶつ呟いたかと思えばすぐに声を上げた。



「分かった分かった。白鳥和泉、な。いたいた」

「知ってるの?」

「数か月前まで付き合ってた」



 何でそんな身近な人をそこまで考えないと思い出せないのだろうか。

 少し呆れた悠乃は、しかし知ってるなら話が早いと気を取り直して「どんな人だったの?」と蒼に尋ねた。



「んー? あんまり知らないな」

「付き合ってたのに?」

「付き合うって言ってもお互い遊びだったしなあ。俺は後腐れない女だったら誰でもよかったし、向こうは次の彼氏が出来るまでの繋ぎって言ってたし」



 まあそういう意味では軽い女だったってことは確実だけど、と付け足した蒼はそれ以上は全然彼女のことを知らないらしく口を閉じた。蒼が女の子をとっかえひっかえしているという話を悠乃は理緒から聞いていたが、実際に本人の口から聞くと本当に興味もなく誰でも良いのだろうということが窺えた。



「まあとりあえず、俺も協力してやるから頑張ろうぜ」

「……うん」



 手がかりは無いに等しいがやるしかない。何故蒼がこんなに協力的なのか、悠乃は最後まで彼の真意を量り損ねたまま、昼食を食べ終えたのだった。





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