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11. 手掛かり

「え、居ないんですか?」



 校内で悪魔を発見したということは速水に報告した。しかしそれに対して出た指示は、上の判断を仰ぐまで待機というものだった。魔獣も強い力を持っているものの悪魔は桁違いに恐ろしい存在だ。慎重に行動し、仮に再び見つけても深追いはしないこと、と念を押すように何度も言われた。


 悪魔については気になるものの、悠乃は仕方なくその間に北村が所持していた例の召喚方法が記されたメモを調査することにしたのだが、それは早々に出鼻を挫かれることになる。

 彼女の知る中で一番情報を持っていそうな人物である星崎に話を聞くためにオカルト部に赴いた悠乃だったのだが、そこに彼の姿はなかったのだ。



「ああ、昨日から風邪引いたって休んでる。結構酷いらしいから、来るのは週明けなんじゃないか?」

「そうですか……」



 あまりに悪いタイミングに思わず大きく肩を落とす。入口から教室内を一瞥すると、以前見た魔法陣が書かれた紙は片づけられたらしく、隅でひっそりと丸められているのが見えた。

 未完成ながらあの魔法陣はよく出来ている。星崎も親戚の家で本を見たと言っていたのでそのことについて話を聞きたかったのだが、居ないのなら出直すしかない。

 しかしここはオカルト部だ。彼以外にも何か情報を持っている人がいるかもしれない。そう思った悠乃は対応してくれた男子生徒を見上げて魔法陣について尋ねたのだが、反応は芳しくなかった。



「あれはすごいと思ったけど、俺は全然分かんないからなあ」

「そうなんですか。……あの」

「何だ?」

「腕、怪我をしてるんですか」



 男子生徒は悠乃の言葉を聞くと、途端にびくっと体を跳ね上がらせて右腕を隠すように後ろに回した。

 以前この場所で彼を見た時と同様に巻かれている包帯。星崎は病気といい蒼は痛いやつだと流していたが、悠乃は内心もしかしたら、と疑念を抱いていた。北村も手の甲に包帯を巻いてそこに魔法陣を隠していた。ならば彼も本当は悪魔憑きなのではないかと思ったのだ。独り言をぶつぶつと呟いていたのも、それに関係しているかもしれない。



「え、これは、その」

「その包帯、取ってもらうことは出来ませんか」



 酷く真剣な表情の悠乃とは裏腹に、彼は目を泳がせて戸惑うばかりだ。


 その様子にますます不信感を強めた悠乃が無理を言って包帯を取ってもらった結果、何もなかった上「すみません、中二病で本当にすみません」と上級生に頭を下げさせてしまったのは余談である。













「ねえ悠乃、ちょっと古典のノート見せて欲しいんだけど」

「いいよ」



 情報が得られずにやきもきする気持ちもあるが、悠乃には他にもやることがある。蒼も言っていた通りもうすぐ二年最初のテストがあるのだ。任務というだけでなく速水の厚意もあって高校へ通わせてもらっている悠乃にとって、決して手を抜くことは許されないものだ。少なくとも彼女はそう考えていた。

 居眠りしちゃってて、と軽く笑う理緒に、悠乃は少々安堵しながらノートを取り出す。数日が立ち、様子のおかしかった理緒も多少元気がないものの普段の彼女に戻りつつあった。蒼を見る目は相変わらずの絶対零度だが。

 結局理緒に何があったのか、それは悠乃にはわからない。改めて話を蒸し返すのもどうかと思ったし、このままいつもの調子を取り戻すのならそれでいいと考えたからだ。



「はい」

「ありがとう。ん? 悠乃って結構……字汚いんだね」

「え、ごめん。読めなかった?」

「いや普通に読めるけど、ちょっと意外だった」



 悠乃のノートを開いた理緒が少し驚くように目を瞬かせる。思わず別のノートを取り出して改めて自分の字を見下ろした悠乃は、確かに綺麗とは言いがたい字だ、と苦笑した。事件の調査の時などに素早くメモを取る癖が付いていたので自然と板書も走り書きになってしまっている。



「あーホントに古典分かんない。日本語で書いてよって言いたくなる……」

「古語も日本語だよ」

「そもそも現代文もそんなに得意じゃないのに……むしろ全部英語で書いてくれた方が楽だ」

「理緒ちゃんって英語得意なの?」

「私これでも帰国子女だから」



 悠乃が話を聞くと、どうやら彼女は小学校卒業までは海外にいたらしく、日本語よりも英語の方が馴染み深いのだという。



「そういえば悠乃って成績どんな感じ? というか前の学校ってどこに行ってたの?」

「それは――」

「悠乃、今日も上なー」



 答えられない質問を投げかけられて言葉に詰まった彼女は、しかし不意に声を掛けて来た蒼に反応して彼の方を振り返った。途端に隣の友人がぴりぴりとした空気を出すのを感じる。

 上、というのは屋上で昼食を一緒に食べるということだ。事件関係の話をする時はだいたい屋上にいることが多いので、今日もそれだろう。

 悪魔や事件のことを話し合える相手がいることは、悠乃にとってとてもありがたいのだが、理緒の機嫌が急降下するので少々気まずい思いをすることになる。



「お昼、またあいつと食べるの?」

「うん……ごめんね」

「……そっか」



 別に毎日蒼と昼食を食べている訳ではないのだが、理緒は複雑そうな目で悠乃を見つめた後すぐノートに目を落とした。



「うわあ、友達より男を優先するとか」

「時雨さんかわいそー」



 教室の僅かな喧噪に紛れて聞こえて来た声に悠乃は顔を上げる。その話し声はいつも悠乃を敵視している女子生徒達のものだった。蒼に好意を抱いているらしい彼女達から、彼とよく一緒にいる悠乃が嫌われているというのは勿論自覚していたが、理緒のことを引き合いに出されると彼女も罪悪感でいっぱいになる。

 真剣にノートを写していた理緒には聞こえなかったようだが、「ありがとう、助かった」とノートを差し出す彼女に悠乃は小さく頷くことしか出来なかった。













「……今日もいない」



 昼休みになると、悠乃は屋上で目を皿にして周囲を見渡していた。速水には悪魔に関して待機命令が出されているが、それでもまた姿を現すかもしれないかと思うと探さずにはいられない。

 そしてそんな悠乃の姿を、蒼は昼食を取りながら上機嫌で眺めている。



「今度こそ悪魔か、楽しみだ」



 嬉しそうだなあ、と嘆息した悠乃も諦めて彼の隣に座ると箸を手にして弁当を食べ始める。あの時蒼は悪魔に気付いていなかった。それがただ見落としただけなのか、一般人のように見えなかったのかは不明だが、それにしても彼は自信満々に見えるだろうと確信しているようだった。



「というか、今更だけど俺にはその魔法陣が書いてあるメモ見せてくれないのか?」

「いいけど……悪用しないでね」

「前に言っただろ? 俺は何でも出来るから、わざわざ悪魔なんて呼んでまで頼み事なんてしねーって」



 蒼の場合、ただ見てみたいというだけで悪魔を呼び出す可能性が一番高い気がする。再度念を押すように「見るだけだからね」と口にした悠乃が、速水から渡されていたメモのコピーを蒼に渡すと、彼はそれを面白そうに眺めて「へえー」と間延びした感嘆を漏らした。



「前にオカルト部で見たやつと似てるな。それにあんまり特徴のねー字」

「もっと分かりやすく癖があったらよかったんだけどね」



 箇条書きで書かれた召喚方法の文字は、印字されたものではなく手書きだ。全く特徴が無いとは言わないが、ぱっと見て個性的なものではない。丸文字でもなければ角ばっている訳でもない、少々縦長のすらりとした文字。筆跡鑑定を行いたくてもこの学校の生徒数は多すぎる。指紋も同様で、持ち主をある程度絞らないと調べることは難しいだろう。



「教師や事務員かもしれないし、拾った時期を考えると卒業生の可能性もある。というかそもそも学校で拾ったとも限らねーし」

「誰かから貰ったのなら、その人があの悪魔を召喚した可能性が高いんだけどね」



 魔獣や悪魔なんて早々いるものではないし、正式な召喚方法を知っている人間など本当にごく少数だ。だからこそ、メモを書いた人物を見つけられれば悪魔の件も一気に情報が集まってくるかもしれない。

 ひとまずは悪魔を探しながら、星崎が回復するのを待つしかないのか。



「というか、待機っていつまでするんだよ」

「速水さんが言うには、何か上で揉めてるみたいなの。虹島の家との関係もあってあんまり大がかりな捜査が出来ないから、結局私一人でそのまま続行するかもしれないんだけどね」



 強い権力を持つらしい虹島によって経営されているこの高校。あまり本家を刺激すると警察にも圧力がかかるらしく、だからこそ悠乃が一人で潜入捜査をしなければならなかった。年齢に違和感の無い悠乃ならともかく、他の同僚は全員成人している。更に言えば常に人員不足の職場なので、悪魔が相手だと言っても助っ人が来るとか思い難かった。その悪魔がまだ実際に事件を起こしていないのならなおさら、優先順位は下がる。



「この前みたいに拳銃で倒せねえの?」

「悪魔にも効かないことはないんだけど、魔獣みたいに一発当たれば消滅とはいかなくて」



 脳などの損害を与えやすい場所に何度も撃ち込まなければならない上、魔獣よりもずっと強く知性もある。悪魔によって強さの違いはあるものの、基本的に一筋縄ではいかないのだ。



「銃撃つの、かっこいいよなあ。今度俺にも撃たせて」

「それはちょっと無理」

「ちぇー」



 流石ににべもなく断った悠乃に、蒼はつまらなそうに口を尖らせる。そして手にしていたパンの残りを口に放り入れると、彼は「じゃあ代わりに」と言いながら悠乃の弁当箱からだし巻き卵を奪っていく。彼女が最後に食べようと思って取っておいたものだったので、悠乃は声に出さすに溜息を吐いてしまった。



「代わりにって……」

「悠乃の弁当は美味いよなあ、あのおっさんの料理も美味かったけど。これってあの人が作ってるのか?」

「ううん、私」



 家事は基本的に悠乃の仕事だ。速水が非番の時は料理をしてくれることもあるが、悠乃よりもずっと忙しい彼は帰ってくるのも遅いことが多いのだ。

 更に別のおかずを狙うように覗き込んでくる蒼から弁当箱を遠ざけた悠乃は、これ以上取られないように箸を動かす手を速めた。



「蒼君もパンだけで足りないならお弁当作ってもらったら? お母さん忙しいの?」

「ああ、俺の親もう死んでるから」



 あまりにさらっと言われた言葉に一瞬悠乃の思考が止まる。



「それは……ごめんなさい。無神経なこと言って」

「別に。だから悠乃が作って来てくれたら嬉しいんだけどなあ?」

「……他の子に言ったら喜んで作ってもらえると思うよ」



 本当に全く気にしていない様子の蒼はそう言ってにやりと笑みを作る。しかし悠乃は思わず断りの言葉が口を吐いていた。別に蒼に弁当を作るのがそこまで嫌な訳ではないが、教室での陰口が頭を過ぎって咄嗟に首を横に振ってしまったのだ。彼女達に言えばきっと喜んで作って来るだろうと思ったのも確かだが。

 しかし悠乃がそう伝えると、蒼は揶揄う気満々と言った様子で悠乃を見据えて唇を楽しげに歪ませた。



「そーかそーか。悠乃、俺がモテるからって妬いてるんだろ?」

「ううん、違うよ?」

「……お前は本当に素直だよな」



 怒りもせず、また全く照れることなくしれっと否定した彼女に、蒼は期待外れと言わんばかりに肩を竦めた。




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