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1. 開始

 私立、虹島にじしま高校。広い敷地内に建てられた校舎は多くの学生を受け入れ、この辺りの学校の中では特に多い生徒数を誇る高校だ。


 四月初旬のまだ少し肌寒いこの日、虹島高校では始業式が行われていた。講堂に生徒が集められ、式の挨拶や校歌合唱、助長な校長の話や新しい生徒会の任命式などが滞りなく進められる。

 そして式が終われば生徒はそれぞれこれからの一年を過ごす各教室へと向かう。二年生の教室も他のクラスと同じようにそれは行われたが、ただ他の教室が担任の話を聞く中で二年三組だけは僅かに違う進行を見せていた。



鏡目悠乃かがみめゆのと言います。よろしくお願いします」



 淡々とそう自己紹介したのは教壇の前に立つ一人の女子生徒だ。さらりとした黒髪のショートカットに無表情を張り付けた顔。少々とっつきにくい印象を与える彼女は二年からこの高校へ編入することになり、今日が初めての登校日だった。



「何か困っていたら皆助けてやるように! 鏡目、戻っていいぞ」

「……はい」



 いかにも熱血教師然とした担任の男に促されて悠乃は自分の席へ向かって歩く。途中編入ではないので初めから彼女の席はちゃんと用意されている。教室の一番廊下側にあたる列の後ろから二番目、クラス全体を見渡しやすいその席を目指していた彼女は、しかし突如片足に当たった何かに躓き、その身を前方へ大きく傾けたのだ。



「っわ」



 思わず小さな悲鳴を上げて悠乃は転ぶ。何とか顔を腕で庇った彼女が周囲のざわめきを感じながらも体を起こして足元を見ると、そこには脇の席から僅かに突き出していた男子生徒の足があった。どうやらそれに躓いたらしい。



朝日あさひ! お前何してるんだ!」

「すみませーん、俺ちょっと足長いんで」



 担任がその男子を怒鳴り付けるものの、彼はにやにやと笑いながら悪びれた様子もなく返している。色素の薄い茶髪のその男子は朝日という名前のようだ。彼の言動から恐らくわざとだろうと判断した悠乃は、まさか現実で転校早々こんなことをされるとは思いもせずに、驚きながらもよろよろと自分の席に腰を下ろした。



「大丈夫?」

「……はい」

「あいつ顔だけはいいけど、性格悪いからあんまり関わらない方がいいよ」



 隣の席の女子がそう声を掛けて来るのを聞きながら、悠乃はちらりと朝日を一瞥してから担任の方を向く。その顔は相変わらず無表情だったが、誰にも見えていない机の下の手はぎゅっと握り締められていた。


 それから特に問題なく担任の話や連絡事項が続けられる。今日は始業式だけで授業はないのですぐに解散を告げられたが、悠乃だけは部活や校内の説明があると職員室へ向かうことになった。声を掛けて来るクラスメイトをぎこちない表情で躱して、彼女は担任に着いて職員室へ入った。



「教科書はもう届いているか?」

「はい、大丈夫です」

「これが校内の案内図だ。移動教室も多いから必要な場所だけでも早く覚えた方がいいな」



 担任の氷室ひむろ先生――名前が似合わないとよく言われるらしい――に高校のパンフレットを差し出され、悠乃はそれを大事に鞄にしまう。校内の把握は重要だ。隅々までチェックしておかなければと考えていると、続いて今度は二枚のプリントが差し出された。

 プリントに目を落とすと、それは部活の一覧表と入部届だった。



「部活は強制じゃないが、色々見て回って見るといい。今なら一年生と一緒に体験入部も出来るだろうしな」

「……はい」

「部活はいいぞ。クラスや学年が違うやつらと仲良くなれるしな!」



 楽しげに言う氷室を前に、部活は多分入らないだろうなと悠乃は口に出さずに思った。情報交換にはいいかもしれないが専念できるほど時間は取れない上、途中で辞めたりしたら迷惑になるだろうと。



「あと何か聞きたいことはあるか?」

「いえ、ありません」

「そうか。……鏡目はもっと笑った方がいいな。そうしたらきっと高校生活も楽しくなるぞ!」

「……」



 悠乃の無表情が僅かに崩れたが、彼女は担任の言葉に何も返すことなく、顔を隠すようにお辞儀をしてから静かに職員室を出て行った。

 ……笑いたいのは山々なんだけど、という言葉を呑み込んで。




 部活に向かうらしいジャージ姿の生徒と何人もすれ違いながら再度教室へ戻った悠乃は、先ほどとは違いがらんとした教室を見回した。誰も居ないことを確認した彼女は鞄から携帯を取り出そうとしたのだが、しかしそれを耳に当てた直後に背後から物音を聞いて慌てて後ろを振り返ることになった。



「鏡目悠乃ちゃん、だよな」

「な――」



 がたりと揺れた教卓の中から姿を現した男を目にして悠乃は驚愕に動きを止めた。明らかにわざと隠れていたとしか思えない場所から出てきた男――朝日は相変わらずにやにやと笑みを浮かべながら悠乃の名前を呼ぶ。

 『悠乃?』といつの間にか繋がっていた電話から聞こえて来た声に我に返った彼女は慌ててそのまま電話を切り、警戒するように朝日を見つめた。……隠れているのに全く気付かなかったなんて、本当に迂闊だと反省しながら。



「あ……さひ、君」

「そうそう。俺は朝日蒼あさひあお、よろしく。蒼って呼びなよ」

「……よ、よろしくお願いします」

「さっきはごめんな? ちょっと朝から嫌なやつの顔見てすげえ苛々してたから」

「はあ……」

「っていうか、悠乃ちゃんかったいなあ。そんなんじゃ……すぐに他の生徒に怪しまれるんじゃねえ?」

「え」



 蒼は教卓を軽々と片手を軸にして飛び越えると、硬直した悠乃の前の机の上に腰掛ける。何かを含むような笑みは、まるで彼女の秘密を知っているかのように思えて一瞬で血の気が引く感覚を覚えた。



「怪しまれるって、何を」

「鏡目悠乃、警察の特殊調査室所属……悪魔専門の特例調査員。ここへ来たのは、潜入捜査って所か?」

「ばっ」



 ばれた、ばれた、ばれてるうううっ! 何でばれたの!?


 盛大に顔を引き攣らせた悠乃は、一字一句事実と違わない蒼の言葉に大混乱に陥っていた。

 鏡目悠乃は、蒼の言う通りただの転校生ではない。警察の中でも知る人ぞ知る特殊な事件を取り扱う部署で働く、国家公務員だった。


 科学では解決できない超常現象が絡む事件を担当する特殊調査室。その部署は霊的な現象や超能力など、それぞれの分野によって専門の職員が配属されて任務に当たっている。悠乃が所属しているのはその中でも“悪魔”関連の事件を取り扱う所だ。本来彼女の年齢では警察に所属することなど不可能なのだが、それも彼女の特異な体質によって特例で許可されている。というよりもその体質の所為で強制的にこの仕事に就くことになったのだ。



「な、な、何で、どこで分かったの!?」

「普通ばれても白を切るもんだと思うんだが……案外素直なやつだな」



 先ほどまでの無表情をかなぐり捨てた悠乃は、そんな彼女の様子に若干呆れつつも面白がっている蒼に必死に問い掛けた。ばれる要素など無かったはずだし、そもそも完全に特定されるなんて、と。

 焦る彼女を焦らすように、蒼はゆったりとした所作でポケットから何かを取り出す。それを目撃した悠乃は慌ててポケットや鞄を漁り始めるが、当然目的の物は見つからない。



「ケーサツ手帳って生で初めて見た」

「どうしてあなたがそれを!?」

「足引っ掛けた時に傍に落ちてた」



 普通の警察官が持つ物とは少し異なるそれは、紛れもなく悠乃の警察手帳だった。朝急いでいた所為でどこにしまったのか忘れていたが、そういえば生徒手帳と一緒に制服の胸ポケットに入れていたのだ。転んだ時に飛び出したのだろう。

 手の中で手帳を弄ぶ蒼は挑発するように悠乃を見たかと思うと「返して欲しい?」と彼女に見せつけるかのように目の前に警察手帳をぶら下げた。咄嗟に悠乃がそれを取ろうと手を伸ばしたものの、直前で上に持ち上げられて彼女の手は空を切る。



「返して!」

「俺は別にこれを盗んだ訳でもなく拾っただけだ。拾い主には一割って言うだろ?」

「い、一割……?」



 警察手帳の一割とは……。もし勝手に売りさばかれたりしたらとてつもない金額がついてしまうのではないだろうかと悠乃が考え始めた所で、突然何を思ったのか蒼が噴き出した。



「ぶはっ、あんたすげえ顔してる!」

「だって一割ってどのくらいかなって思ったら……」

「さっきまでの無表情はどうしたんだよ! そっちが本性?」



 けらけら笑い始めた蒼に悠乃はしまったと口を押さえた。本当は朝のように冷静で落ち着いた人間に見えるように頑張っていたのに、気が付けば化けの皮が剥がれ落ちている。

 本来彼女はまるで落ち着いた人間ではない。すぐに感情が顔に出て、隠し事は苦手で騙されやすいという、おおよそ潜入捜査には向かない性格なのだ。特殊な体質さえなければ警察に所属することなど向こうから願い下げだったことだろう。



「あー久しぶりに笑った」

「それで……蒼君、どうしたら返してくれるの?」

「お、ちゃんと名前呼んでくれるんだな。それじゃあ悠乃」



 蒼は頭上に持ち上げていた警察手帳を下ろして悠乃の目の前に差し出す。そしてにたりと悪い顔で笑みを作ると彼女に向かって口を開いた。



「俺にもあんたの仕事、手伝わせて」





更新は3、4日から一週間に一度くらいを予定しています。

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