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四、鎌鼬の策

 藤の巨木や蔦から逃げに逃げた。視界からそれらが消えたころ、レウはようやく霞子を地に下ろす。

「怪我はない?」

「へいき。レウは?」

「僕は平気。

 ごめん、僕が油断した」

 レウはフードのふちを指でつまむ。

「そんな、レウはわたしを助けてくれたもん。おかげでわたし、まだ人間のままだよ! 

 ありがと」

「……。霞子はやさしいね」

「そう? そうかな」

 霞子は首を傾げる。


「じゃあ、いこう」

「あ、そうだね」

 レウが霞子の手を引いて、今度はゆっくりと歩き始めた。


「そういえば」

 とレウが話題を変える。

「なに?」

「霞子の、手に握ってるそれ、なに?」

 霞子は左手で首に下げているお守りを握りしめている。

 いちど首から外し、小さな巾着をレウに見せた。

「あ、これ? あのね、お守りなんだよ。ジョーが持っててって」

「お守りなんだね」

「そう。……でも今は効力ないのかも。さっきは異形につかまっちゃったし」

 霞子は唇をとがらせる。

 ジョー――霞子を世話する従者は、霞子が物心つくころに、そのお守りを渡した。

 大切なものだから、肌身離さず持っているのです。決してなくされませんよう。

 柔和な従者にしては珍しく、強い口調で言ったのを霞子は覚えている。


 何か不安なことがあると、つい着物ごしにそのお守りを握りしめるようになっていた。

 それで何かご利益があるわけでもないし、脅威から霞子を守ってくれるわけでもない。

 ジョーにお願いして、一度だけ中身を見せてもらったことがある。それは美しい宝玉であった。

 色のない透明なガラス玉のようなそれは、霞子の目を輝かせるに充分だったものだ。

「それ、中身どんなもの?」

「えっとね、きれいなガラス玉。でも、人に見せちゃだめって、ジョーに言われてるから、見せられないんだ。ごめん……」

「いや、いいよ。お守りだからね。中身をむやみに出したら、効力を失うし」

「へえ……。あ、じゃあ、これ効力ないのかもしれない。わたし、一回中身出したから」

「そっか。でも一度くらいなら、効力も少し減るだけだと思うよ。万が一僕に何かがあっても、そのお守りがきっと霞子を助けてくれるよ」

「そうかな……。

 でもわたし、レウに何かあってほしくはないよ」

 霞子は眉をハの字に下げてうつむく。

「……じゃあ、何にもならないように、僕も気をつける。それで一緒にお屋敷へ帰ろう」

「ほんと? 約束だからね! ぜったい、一緒に帰るんだからね!」

 霞子はすぐにぱっと顔を輝かせて、レウの手を両手で包む。

「わかった。わかったから……ちょっと顔が近い……」

「あ、ごめんね。でもレウの顔は見えてないからね。嘘じゃないよ」

「うん、わかってる」

 二人は再び、歩を進めた。



 彼岸花の咲き乱れる畑も、藤の巨木もない。最初に出会った蜘蛛女も見当たらないし、蝶の群れも襲ってはこなかった。

 今度はどんなものになって襲いに来るんだろう。霞子は周囲をうろうろと見まわす。

「何も出ないね」

「うん。でもこういうときが一番危ない。単に姿を隠して、僕らの隙をうかがってる異形が潜んでるかもしれないから」

「そっか! じゃあ注意深く見渡さなきゃ……」

 レウがふっと息を吐いた。

「霞子は何もしなくて大丈夫だよ」

「そう? っていっても、わたしどんくさいから見つかる物も見逃しちゃうんだろうけど」

「無理もないことさ。霞子はそういう訓練を受けてないんだから」

「うん……。でも、今度はわたし、レウの役に立ちたい。さっきは足引っ張ったから」

 霞子は藤の巨木のことを少し引きずっているようだった。

「いや、霞子はよくがんばったよ。おかげでぎりぎり助けることができた。感謝してる」

「ありがと……。でも、次は捕まらないよ」

「頼もしいね」


 灯りはレウの和傘だけだった。生ぬるい空気がそこかしこに満ちているのを肌で感じる。

 レウと霞子の足音だけがよく響いた。

 そんな中、ふと霞子の足元を、冷たい風がひゅっと通り過ぎる。

「……?」

 霞子は思わず足を止めて、足元を伺った。レウの和傘で照らされはするものの、風の正体はすでにそこにはいない。

「霞子?」

「ぁ、えと、なんか、下で通り過ぎた気がして……」

「どんな感じだった?」

「見つけられなかった。なんだか風が吹き抜けたみたいな」

「……鎌鼬かもしれない」

 レウが霞子をすっと自分の背後へとかばう。

 異形は、今度はレウと霞子の視界にとらえられないよう工夫してきたらしかった。


 霞子の足元で、さっきよりも強い風が、何度も通り抜ける。

「いた……っ」

 ふくらはぎに、わずかな鋭い痛みが走る。

「霞子……!」

「だ、大丈夫……たぶんかすっただけ」

「ここも危ない。すぐに切り抜けるから、少しだけがまんして」

「わかった……」

 霞子はレウの背中にそっとしがみつく。

 レウは和傘を閉じた。空いている右手のひらから炎の球をいくつか生み出し周囲を照らす。

 白い残像が、二人を囲むように走り続けている。


 残像は少しずつ距離を狭めてきている。このまま挟み込んで二人を切り裂こうという戦法か。

 レウは和傘を地面にごつんと突き刺す。

 すると地面がひび割れ、地の破片が宙へと飛び上がった。

 白く鋭い風たちを断ち切るように破片は四方八方へと飛ぶ。

 一瞬だけ風はひるんだが、すぐに態勢を立て直されてしまう。

「……めんどうな」

 レウが苛立ち紛れに吐き捨てる。

 和傘を器用に片手で操り、前方を傘で横に薙いだ。

 風は分散するだけでまたもとに戻る。

「レウ……!」

 霞子はレウの手助けになろうと、せめて周囲の風をまばたきせずに観察している。どこかに抜け道はないかと探しているのだ。

「大丈夫、大丈夫だよ、霞子」

「ぅ、うん……」

 風たちがどんどん迫ってきている。レウは霞子を励ますためにそう言ったが、その半分は自分に言い聞かせるためのものかもしれない。

 レウも霞子も、ぴったりと密着しなければ風をしのげない。

 もう足元まで近づいている。


「……え?」

 足下に迫っていた風が、突如一気に突風と成り果てた。

 レウと霞子を包むように上へと駆けのぼる。

「うぶっ!?」

 霞子はレウの背中に顔をうずめる。強い風に足をすくわれないよう踏ん張った。

「……ッ!!」

 レウの息をのむ音が聞こえた。


 ふわっ、と着物の裾が舞う。

「レウ?」

 霞子はそっとレウの背中から顔を上げた。


 レウが和傘を捨てて、顔を両手で隠している。



「あ」

 間抜けた霞子の声。


 見てはいけないというレウの禁忌を破り、

 霞子は、レウの素顔を見てしまった。   



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