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二、異形のはなし

「異形というのは人間を食べる。それは知ってるかな」

 オレンジ灯をあとにして数分、歩きながらレウはそう霞子に話しかけた。

「うん、知ってる。人間とは別の世界に住んでて、定期的に人間の世界へおじゃまして、人間を食べるんだって聞いた」

「そう。『あちら側』の住人なんだ。『こちら側』に来ては人間を食べる。

 人間は食べられると絶頂で狂う」

「絶頂って?」

「頭がおかしくなるってこと」

「食べられちゃった人間は、おかしくなるとどうなるの」

「食べた異形の一部になる。……異形とひとつになるということだ。人間ではなく異形として生かされ、最後は異形として人間に殺される」

「人間に殺されるってどういうこと、だっけ……? あっ、えっと、そういう専門の機関がある、で合ってる?」

「正解だ」

 レウは淡々と答える。

「異形というのは本来、『こちら側』の住人ではない。『こちら側』と『あちら側』は微妙な均衡でぎりぎり保たれているんだ。でも異形が『こちら側』へ来ると、均衡があっという間に崩れる。崩れるから、侵入してきた異形は退治するか、余裕があれば『あちら側』へ帰すんだ。ここまではいいかな」

 霞子は自信なさげにうなずく。

「んっと、異形が人間の世界に来ちゃうと、人間の世界が危なくなっちゃう、でいい?」

「そう。霞子は理解が早いね」

「ありがとう……」

 霞子は頬を少し赤らめてはにかんだ。

 つないでくれるレウの手が、少し冷たくなった。

 オレンジ灯から離れると、空間に灯りというものはほとんどない。あるといえば青白い小さな玉がときどきぽつぽつ浮いているだけだ。レウはぼろ切れを目深にかぶっている上に前髪で目を覆っているというのに、その足取りに迷いはなかった。霞子もまた、夜目がきいてきて、視界の暗さに不自由しなかった。

 

 それで、とレウは続ける。

「その異形は並の人間ではまず勝てない。異形というのは人間の理解を遙かに超えた生物だから。

 そんな異形を殺すために作られた機関が『こちら側』にはある。

 機関の名は”護光(ごこう)”。これは特に対した意味はないから、忘れていいよ」

「ごこう……?」

「対異形討伐専門組織……というのが組織の概要。ここに属する人間たちは、『こちら側』のありとあらゆる地に散らばって、どこで異形が悪さしてもすぐに対処できるようになっている」

「う、ん……」

 霞子はレウの説明を頭の中で整理しようとする。だけれどレウの説明が霞子の頭に追いつかないのか、整理しようとすればするほど混乱する。

 レウは口元を緩めた。

「ここは忘れても大丈夫だよ。肝心なのはここからだから」

 レウは一息おいて、続ける。

「護光の中でもとりわけ異形を退ける力を持ったのが、日向一族。

 君のおうちだよ、霞子」

 レウの足が止まった。霞子はレウの前方をそっと見やる。

 目の前には、あふれんばかりの彼岸花が咲き誇っていた。

 青白い頼りなげな青白い灯り玉しかない暗がりで、この彼岸花は赤々と輝いている。

「止まって、霞子」

「うん」

「彼岸花はまやかしだ。花に擬態して、うかつに近寄る人間を、その茎でとらえる種の異形だね」

「茎で? 縄みたいに縛るの? 折れちゃわない?」

「そうなんだ。だけど異形のあの茎は意外と柔軟性があってね。表面は粘液で覆われてて、丈夫で折れないんだよ。それから刀や短刀で斬っても手応えがなくてやっかいでもある」

 彼岸花は赤い花をばっと散らす。霞子は思わず顔を袖で隠した。

「でも花に擬態するヤツって、所詮花だから。

 焼いてしまえば問題ないんだよ」

 レウは右手を前方にかざす。霞子には聞き取れない異国の言葉をつぶやく。

 するとレウの手のひらにぼうっと朱色の炎が躍り出る。レウがひょいっと彼岸花の方へ投げる動作をすると、つられたよう朱の炎が弧を描いて舞っていく。


 ぼうっ! とふるえるような音を立てて、炎は辺り一面の彼岸花を包み込んでいった。

 霞子はおそるおそる目を覆っていた袖をどかした。目の前には赤い彼岸花があったはずなのに、今はもう、炎の海になりかわっている。

「花が……」

「あれは異形だ。花に化けて人をおびき寄せる。こっちへ」

 レウが方向をくるっと変えて歩き出す。霞子はレウの手を握りかえし、ぱたぱたと足を急がせた。


「ねえ、それでわたしの一族がどうのって言っていたけど」

「そうだね、続きの話をしよう。

 霞子の生まれ、日向一族は、先祖代々異形を退ける不思議な力を持った一族なんだ」

「それは、ふつうの人間とどう違うの?」

「なにもしなくても、異形を殺せると言うことだ。

 ふつうの人間はね、異形を殺すためにいろんな手段を用いる。斬るとか穿つとか、あとは火を放ったり水で流したり、地中に埋めて溶かしたり。

 でも日向一族はそんなことしなくていい。ただ手で触れる、触れて死ねと真にいのれば、それで異形の命を奪えるんだよ」

「そんなことができたの……」

「そう。……ごめん、聞いてて気持ちのいい話ではないね」

 霞子は首を横にぶんぶんふる。

「だ、だいじょうぶ! レウが隣にいるから!」

「そ、そう? 

 ……続けるよ。それでね、異形は不思議なことに、日向一族である人間を好んで食べるんだ」

「え? だってわたしたちの一族って、異形にとっては一番危ない敵なのに?」

「そうなんだ。これにも理由がある。

 異形はどうやら、自分に仇なす人間であればあるほど、極上の味を感じるらしい。逆に脅威でもなんでもない人間はそんなに美味しくないんだって」

「どうしてなのかな」

「どうしてなんだろう。僕にもその理屈はわからない。

 でもこう考えてみてはどうかな。人間同士の話に限ると、人間というのは遺伝子が近い異性の匂いを本能的に避けるものなんだ。

 異形はその逆なんじゃないかな。自分たちとは決して相容れないからこそ、かえって極上の味がする。って」

「そっか! 言われてみればそうかも。レウの説明、わかりやすい!」

「霞子の理解が早いんだよ。僕の説明でちゃんとわかってくれて、助かる」

 さあ、とレウが霞子の手を引いて迷いなく歩く。霞子はレウの手を握りかえし、ついていく。




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