第3話 微睡みの少女、起床
メール小説に慣れてなくて終始イライラしていました。鎌里 影鈴です。
『ゾディアック・リドゥ』第3話を投稿させて頂きました。
時間に余裕のある方、どうぞ御覧になって下さい。
太陽が頂点から少し通りすぎた頃。
緑に囲まれた町サルファの住民達はそれぞれ自分の生活を送っていた。或いは仕事に勤しみ、或いは勉学に励み、或いは自由気ままに遊び呆けたりしていた。
その町にある家の二階にある寝室に、二人の人間がいた。
一人は、ベッドに眠っている小柄な少女。
一人は、そのベッドの横でぐったりとしている少年。
「起きないなぁ、この子」
少年は少女の顔を一瞥して言った。
と。その時、扉からコンコンという音が聞こえると、見知った顔の少女が入ってきた。
「バルサ君。入っていい?」
「答える前から入ってるよね……。まあいいけど」
バルサが半眼をつくって言うと今しがた入室した少女ーーリュイナはあははと笑って近くの椅子に腰掛けた。
「それで、どうだったの? この子」
「一応医者に診てもらったけど、異常はない。ただ眠っているだけみたいだ」
「ふぅん。――でも、一度起きたんだよね?」
「まあ、そうだね……」
バルサ額に汗を垂らしながら答えた。
「ん? どうしたの?」
「い、いや、何でもないよ」
リュイナは訝しげな視線を送ってきたが、それ以上の追及はして来なかった。
「……ふぅ」
バルサは誰にも聞こえないように息を吐く。
まさか、言える訳がない。
バルサはそう思いながら自分のベッドで寝ている少女を再び見やる。
腰まである長い髪に年並みのあどけなさが残る顔。外見からして年は十三、四くらいに見えるが、少女の身に付けている服装や均整のとれた体つきがやけに大人びているため、その風貌から神秘的なオーラのようなものが感じられた。
まさに、まごうことなき絶世の美少女である。
そんな天使に見えなくもない少女が、バルサが背中におぶっている時、一度目覚めて、再び眠りに落ちたのだ。
バルサの首筋に、一筋の唾腺を残して……。
「……」
バルサは不自然にならないよう、首の後ろに手を回してまだ名前も知らない少女に舐められた、であろう部分を押さえる。
……いや、考えるのはやめよう。
もしかしたら、偶然舌が当たって舐められたと錯覚してしまっただけかもしれないし、たまたま目を覚ました少女がバルサの首を寝起きで食べ物だと思って舐めた、ということもあるかもしれない。
そう言うことにしておこう、うん。
と。バルサが自己暗示をかけているとき、扉からまたノックの音が聞こえた。
「ん? どうぞ」
誰だろうと不審に思いながらも、とりあえず了承する。
「やぁ、バルサにリュイナ。元気にしてたかい?」
すると入ってきたのは、茶色の帽子が特徴的な、三十代くらいの男性だった。
バルサとリュイナは、その男性を知っていた。
「ヘートルさん! お久しぶりです!」
リュイナが元気な様子をあらわにしてぺこりと頭を下げる。
ヘートル・バイス。この町で唯一の調査員であり、バルサやリュイナが慕う伯父さん的存在となっている人だ。
「リュイナ。相変わらず元気だねぇ」
「えへへ~」
ヘートルに頭を撫でられると、リュイナは心底嬉しそうにはにかんだ。
「ヘートルさん。ちょっといいですか?」
「ん? なんだい?」
へらへらした様子のヘートルに、バルサは真剣な表情で話した。
「未だに眠っているこの子、ヘートルさんはどう思います?」
「ん~そうだねぇ」
ヘートルはリュイナの頭に乗せた手を離すと、ベッドにいる少女を数秒、凝視した。
「ほぅ、中々の別嬪さんじゃねえか」
「ヘートルさん……」
「へいへい。まあ少なくともサルファの人間じゃねえな。それにこの衣装、ソラスン一通りの文化を知っている俺でも見たことねぇ」
「ということは、他国の人間?」
「かもな。どうしてあんな山で寝てたのかは知らねぇがーーま、本人から直接聞いた方が早いだろ」
「そうですね。そのためには、ちゃんと看病しないと」
そう言うとリュイナは少女の頭に手を伸ばし、優しく撫でてやった。
「それにしても――可愛い寝顔ですねぇ」
「うん。全くだ」
「はぁ……」
バルサは肩をがっくりと落とした。
マイペースすぎるだろ、この二人。
そう思いながらもバルサは、少女の顔をちらと見やる。
色素の薄い髪に負けないくらい白い肌に、柔らかそうな頬と細長いまつ毛。
確かに二人の言うとおり、少女の寝顔は可愛いという分類に値するものだった。
さらに間近で確認すると、その可愛さが充分に見える。
「まぁ、可愛いな……」
バルサは半ば無意識に言ってしまった。
その時――
「――――――」
死んだように、という表現は失礼かもしれないが、今まで目を覚まさなかった少女が突然、何の前触れもなく、瞼を開けて不自然に体を起こした。
そして急に体を起こしたことにより、近くに迫っていたバルサの額と少女の額がぶつかり、ごんという重い音を響かせた。
「痛っ!?」
「……!」
「バ、バルサ君!?」
少女の何気ない覚醒から僅か○.八秒。その間にバルサは意識が飛びそうな攻撃ランキングベスト一位を更新することになった。
「痛たた……」
バルサは何とか意識を保つことに成功すると、呼吸を整えて状況を確認した。
自分の名前、バルサ・オーガント。
手足の感覚、異常無し。
頭蓋骨、ひびは無し。
脳と記憶情報、多分異常無し。
一先ず自分の容態を確認し終えたバルサは、次に自分と額を打ち付けてしまった少女を見る。
「…………」
バルサが意識を飛ばしかけたのだ。相手もかなりの衝撃を受けたはずだが、当人は痛みを感じている様子もなく、寧ろけろんとしていた。
「えっと、大丈夫?」
恐る恐る、聞いてみる。
すると少女は無表情のまま、赤くなったおでこを擦る。
「……痛かった」
「まぁ、そうだよね」
何かもう、どうすればいいのかわからない。
寝起きにいきなりおでこごっつんしたのに、このリアクション。
出会った時からどんな子かなと予想してはいたが、これは予想外だった。
皆がそのまま動かず、数秒の時が流れる。
と。バルサが呆気に取られているときに、リュイナが一歩前に出た。
「こんにちは! 私、リュイナって言うの。貴女の名前は?」
「私の、名前……?」
少女が訊くと、リュイナは好奇心に溢れた顔で首を縦に振った。
少女は数秒黙り込んだ後、こう答えた。
「ミ、ミア……ミミア」
「ミミアちゃんかぁ。いい名前だね!」
「ありが、とう」
リュイナが名前を誉めると、少女――ミミアは表情を一切変えずにそう言った。
取り敢えず、重たい空気は脱出できたみたいだ。
「さて、幾つか質問よろしいですかね。ミミアさん」
と。いつになく畏まった様子のヘートルが、ミミアに話し掛けてきた。
「うん……どうぞ」
「では、失礼して。まず最初に、貴女の出身地を教えてくれませんか?」
「スタラ」
「えっ?」
バルサは素っ頓狂な声を上げた。
『スタラ』――この世界にある十四の大陸の名前くらいはバルサでも把握しているが、そのような名前の国は、聞いたことがない。
「ふぅむ……では、年齢は?」
「十五」
これまた意外。バルサの予想より一つか二つほど歳が上だった。
その後もヘートルは、ミミアに質問をし続けた。
どうしてあの山で眠っていたのか。どうしてソラスンに来たのか。
最後に至っては、好きな食べ物に嫌いな食べ物。血液型に趣味など、完璧にいつもの調子のヘートルに戻っていた。
しかし、この大陸に来た理由。山で眠っていた経緯など重要なことに関しては、ミミアは黙秘していた。
さすがにヘートルもこれ以上は無理と判断したのだろう。山にクレーターを作りだした巨大な物体については訊かず、へらへらした表情で部屋を出ていった。
一方リュイナはヘートルが退室した後、ミミアとすぐにでも友達になろうと、名一杯の会話とスキンシップをを繰り返した。しかしミミアはあまり会話には乗れず、これといった反応を示さなかったので、リュイナは一頻りミミアの感触を味わってから部屋を出ていった。
バルサの寝室には、バルサとミミアの二人だけとなった。
「えっと――そうだ! 僕喉渇いたし、飲み物持ってくるよ。麦茶と紅茶、どっちがいい?」
「……紅茶」
気持ちを切り替えるために、バルサは一度部屋を出た。
「お待たせ。持って来たよ」
部屋を出てから数十分後、バルサは紅茶が入ったポットに二組のティーカップ。お茶請けとして焼き菓子を乗せたトレイを持って寝室に入った。
「…………」
一方ミミアはあれから数十分経ったというのに、ベッドから動いた形跡が見当たらない。
バルサは苦笑しながらも、紅茶と菓子を乗せたトレイを小机に置いて椅子に座ると、ポットにある紅茶を二つのカップに注いだ。
そしてポットを置くと、一つのカップを持ち、ミミアの前に差し出した。
「どうぞ。ミミアさん」
「……ありがとう」
ミミアはお礼を言うと、バルサが持ったカップを両手に取り、ゆっくりと口に運んだ。
「どう? 熱くないかな」
「大丈、夫」
「よかった。じゃあ、これも食べてみて」
「これは……?」
「『パモック』って言うソラスンでは結構有名な焼き菓子だよ。まあ、味の好みは人それぞれだけど」
バルサはそう言うとパモックを乗せた皿をミミアの前に出した。
ミミアは矯めつ眇めつそれを見ると、ゆっくりとした動作でパモックを一つ取り、口に運ぶ。
「どうかな?」
「うん――おいしい」
「それはよかった」
バルサそれを聞いて安堵の息を漏らした。
今のところ、ミミアには感情というものが表情から見受けられない。
だからバルサは、ミミアの口から出た言葉を真実として受け止めるしかなかった。
それがたとえ、偽りの言葉だったとしても……。
「ミミアさん。僕から一つ、質問いいかな」
「……どうぞ」
バルサはこの日、一番気になることをミミアに訊いてみた。
「僕がミミアさんと初めて会ったとき、ミミアさん、『あなたは私を救わなきゃいけない』って言ってたよね? あれ、どういう意味か説明してもらえないかな」
「……!」
その時、ミミアが眠たげな目を突然かっと見開いて、バルサの方に詰め寄ってきた。
「うわっ!? ミ、ミミアさん!?」
「それは、本当?」
「へ……?」
バルサは驚きで背を仰け反らした体勢のまま静止して、言葉を発した。
「本当だと思う、けど……」
「そう」
「………………」
二人は動かず、数秒の時が経つ。
「あの、ミミアさん?」
「あなたは――私を、救わなきゃいけない」
「うん。それは聞いたんだけど、具体的に何をすれば……」
するとミミアはベッドの上で正座になり、ドレスの中から意匠の施された大きめの首飾りを取り出した。
「これは?」
「これは、『辰星の器』」
「辰星の……器?」
ミミアは頷くと、『辰星の器』を首から外し、バルサに手渡した。
それを受け取ると、ずしりと重い感覚がした。
辰星というだけあって星に似た形をしており、きらびやかな宝石っぽいものがいっぱいに埋め込まれていて高級そうな雰囲気が一目でわかった。
その中でもバルサがなぜか一番気になったのはーー外側に十二個ある鋭利な枠の部分。
その部分だけ金色の枠と窪みしかなく、違う意味でそれが目を引いた。
「この窪みは……」
「そこには」
と。バルサが何となく飾りの窪みをなぞっているとき、ミミアが物悲しげな目をして言った。
「そこには、無限に広がる――それこそ、宇宙に舞う星のような輝きが、宿ってた」
「星の、輝き?」
「うん。黄道、十二星座の……力」
「星座?」
ミミアの言っていることが、バルサには理解出来ない。
いや、言葉自体は理解出来る。これは――、
「星座の、力……あなたが、集めて……」
ミミアはそう呟いた後、急に力無く倒れた。
「ミミアさん? ミミアさん!」
バルサが叫ぶも、返事は返ってこない。
バルサは首飾りを片手に握り締めたまま、慌てて部屋を出た。
微睡みの少女、遂に目を覚ましました。
一応、キャラとしてはミミアは無垢で無口な天然(?)な性格にしていこうと思っています。
ちなみに、バルサは真面目で空気を読む草食系で、リュイナは純真な肌フェチです。