第27話 力の可能性
不規則な投稿ですみません。
宿屋を出ると、照り付ける太陽が肌を焼く。
炎の大陸に住む人たちは、どのように生活しているのだろうか。ふとそんなことを思ったバルサは、周囲にいる人間の様子を確認する。
最初に見つけたのは一人の男性。鍔の広い帽子に、薄い生地でできていそうな服を着ている。
次に買い物をしている女性。こちらは頭に布を巻いており、ローブで全身を覆っていた。
これだけ見ても、文化の違いは歴然だ。
集めた書物でも、衣服についての解説はなかった。案外バルサの持つ知識は、役に立たないのかもしれない。
そう自身で認識すると、バルサはリュイナと共にこの町の鍛冶屋へ向かう。
バルサの情報だと、炎の大陸には多くの鍛冶屋があるらしい。その理由は、資源の宝と言われているカルドレアでは採掘業をすることが必至に近いのではないかと考えられる。
鉱物を採るには何より、道具が必要だ。
道具を生成する材料を獲得し、加工することで初めて採掘という行為が可能となる。
だからこそ、道具を作り出すための鍛冶屋がたくさん存在する。バルサはそう予想した。
やがて、バルサたちは鍛冶屋に着く。
壁や柱は石製で、屋根には煙を出す煙突がある。建物自体の大きさはそれほど広くはなく、一軒家より小さめだ。
丁度その時、扉から赤いバンダナを頭に巻いた男性が、木箱を持って出てくる。
恐らく鍛冶屋の人だろう。バルサはその男性に話かけた。
「あの、少しいいですか?」
「んあ? 何だい、客か?」
男性は木箱を置いて、そう尋ねてくる。
「いえ、客ではありません。ただ聞きたいことがあって……アウレノスさんって方を、ご存じありませんか?」
「アウレノス? さあ……知らねぇな」
「え……?」
男性の答えを聞いて、リュイナが戸惑いの声を出した。
「そうですか。ありがとうございます」
言って、バルサは鍛冶屋を後にして、再び歩きだす。
この結果は、予想通りだ。
「ねぇバルサ君。カモミールさん、どこ行ったのかな」
横を歩くリュイナが、バルサに聞いた。
「アウレノスさんなら、鍛冶屋にいるよ」
「え、でもさっきあの人は、カモミールさんを知らないって……」
「うん。確かに言ってた。でも――」
――鍛冶屋が一つとは、限らない。
バルサの知識が正しいなら、数少ない町に複数の鍛冶屋があっても不思議ではないはずだ。
数分歩くと、近くに建物が見える。それは前の鍛冶屋と同様に、黒い煙を上げていた。
「やっぱり。他にもあるんだよ、鍛冶屋」
「本当だ……どれくらいあるのかな?」
リュイナが問うと、バルサは〈業術〉で視力を鳥並にして数十メートル先の上空を見て、立ちのぼる煙の数を確認する。
鍛冶屋のものと判断できる煙一つを一軒として考えると……、
「十二軒かな」
何気なくいった一言で、リュイナが絶句した。
その後に、バルサは自嘲するように笑う。
「十二か……結構あるんだな」
「どうする? 一軒ずつ探すとか?」
「それだと時間が掛かるでしょ。途中で行き違いになる可能性だってあるし、あまり望ましくない」
「じゃあ、どうすれば……」
困惑するリュイナに、バルサは微笑んだ。
「安心して。策ならあるから」
鍛冶屋の軒数を予測した後、バルサとリュイナはカモミールを探すため行動した。
かといって、すべての鍛冶屋を回ろうとしているわけではない。それは体力的に、効率が悪いからだ。
ならどうするか。バルサには考えがある。
〈業術〉を、使うんだ。
バルサが一から編み出した〈業術〉。身体能力を高める技は応用すれば、色んな面で活躍できることがわかった。
具体的にどこでわかったのかというと、反逆化した魔物に満身創痍でありながらも戦おうとしたときなのだが……あの時は本当に死の縁に立った気分であった。
どうやらこの技は、バルサが経験を重ねる度、進化する系統があるようだ。
正確には経験し、それにどんな対応をしたかによって、〈業術〉は更なる発展を遂げる。
これは仮説に過ぎないが、〈業術〉を極めれば人間の限界を超えられるのではないか。
すでに最強とも言える力を持つバルサには、進化する技と付き合う必要性は無いと思えるが、あくまでもしもの話である。
とにかく、今は新しい技を見せる時だ。
〈業術〉が生んだ、一つの道を。
「〈業術〉――開放」
正式に唱える。バルサの身体を、流れる空気のようなものが纏った。
「――【霊魂表在・聴】」
そして呟く。すると、一瞬でバルサの世界は変化する。
バルサが“聴いている”、周りの“音”が。
風や砂の音。人から出る声、足音、そして息遣い。表側に響くすべての音を、脳が波紋の形へと認識を変える。
今度は区別。周囲に存在する音の因果を、自然、生物の二択に分け、不要な情報を遮断。この場合は自然を消す。
最後に選考。数ある響きから、記憶に繋がれた音――カモミールの波紋を探し選び取る。
自分との距離が遠いほど波紋は小さくなるので、大きな波紋を越えた先に聞こえる、小さくて選別しにくい音を探った。
そしてついに、覚えのある波紋を捕らえる。
「…………いた」
声を発した直後に、バルサは力を停止させた。時間にして二分といったところだろうか。反動として、鈍い頭痛が伴う。
「大丈夫? バルサ君」
リュイナが心配そうにこちらを見つめる。どうにか平静を保って、バルサはそれに返した。
「うん。大丈夫だ。それよりわかったよ、アウレノスさんの居場所」
「本当!? どこなの?」
「ついて来て」
そう言って、バルサは自身が特定した場所へと歩みを進めた。
新しい〈業術〉で見つけたそこは、町のはずれにある、小さな鍛冶屋。
その奥から、カン、コンと鉄を叩く音が聞こえる。
鍛冶屋の裏を覗くと、鉄の塊と、それをハンマーで叩いている一人の少女が見えた。
間違いない。飛翔機とカモミールだ。
「アウレノスさーん」
バルサは大きく手を振って、カモミールの元に向かう。
カモミールはその声に気づくと、ハンマーを持っていない方の手で丁寧に振り返した。
「こんにちは。皆さん、体調は平気ですか?」
「はい。アウレノスさんのおかげで、ゆっくり休めました」
畏まった言葉で答えると、カモミールは困った顔をしながらも「よかったです」とだけ告げる。
「カモミールさん。飛翔機の修理、順調ですか?」
「はい。鍛冶屋の店主さんから工具を借りて、やれるだけの応急措置は出来ました。もう終了します」
「アウレノスさん。どうして複数ある鍛冶屋のなかで、ここを選んだのですか?」
投げ掛けた疑問に、カモミールは肩を低くして言う。
「実は、工具を貸してくれる方が中々見つからなくて。やっと修理ができると思ったら、こんなところまで来てしまったんです」
「そうですか……ところで応急措置なんかでいいんですか? もっと入念にやった方が……」
「いいんです。店主さんに迷惑をかけたくありませんし、それに、自分の工房でやった方が作業が捗るので」
カモミールは口の端を上げると、自分の飛翔機を優しく撫でる。
塗装が剥がれて、ぼろぼろになってしまった飛翔機。
だがそれに触れているカモミールと合わせると、何故かとても輝かしいものに映ってしまう。
それくらい、カモミールがこの飛翔機に情を注いでいるということだ。
「好きなんですね。飛翔機」
「はい。特に側頭部のフォルムが何とも――あ、すみません。一ついいですか?」
はにかみながら飛翔機の鉄甲を擦っていたときに、カモミールは視線をこちらに向けてきた。
軽く首を傾げつつも、バルサは応ずる。
「はい。なんでしょう?」
「皆さんあまり疲労していない様子ですが、ここに辿り着くまで相当の鍛冶屋を渡ったはずですよね?」
「ああそれか。無視したんだよ。他の鍛冶屋は」
「バルサ君がここを見つけてくれたんだよねー。魔法を使って」
「魔法ですかっ!?」
リュイナが経緯を補足すると突然、カモミールは声を上げた。
すると目を大きく開いた状態で、バルサに詰め寄ってくる。
「……バルサさん。魔法が使えるんですか?」
前より真剣な表情で、そう密かに呟く。バルサは狼狽で意識がずれそうになったが、すぐに答えた。
「はい。勉強はしたことはないですが、魔力はあるので有効活用しようと思って取得しました」
「そうですか……もしかして、リュイナさんも……」
「私はエルフですので、魔法は当然使えます」
「そう、ですよね……」
二人に尋ねた直後に、カモミールは息を吐いて肩を落とす。
意図がわからなかったため、バルサはその理由を聞き出した。
「あの、何かあったんですか?」
「……いえ特には。ただ、私の研究が進むかもしれないかな、と」
「アウレノスさん、鍛冶屋の娘ですよね?」
疑問に思って言う。カモミールから肯定の動作を受けた。
「はい。ですが学問にも興味がありまして、魔術とか精霊術とかも勉強しているんです」
「へぇ……ちなみに、その研究というのは一体、どういった内容ですか?」
「私が研究しているのは、『魔術具』の自家生成です」
魔術具――使用者の魔力を内蔵された核を媒介にして倍増、または調和などの付与を持たせることができる、魔術が籠った道具だ。
世界的にも高価な代物で、特に武器となれば、農民が半生働いてやっと稼げる賃金ほどの値がつくと言われている。バルサも見たことはない。
「魔術具というのは本来、偉大な魔術師か錬金術師しか生成できない物。ですが私の研究理論が正しかったら、魔力を持たない者でも魔術具は作れます」
「そんなことが、可能なんですか?」
「恐らくは。――そこで皆さんに、頼みたいことがあるのですが、言わせてもらえるでしょうか」
バルサは数瞬だけ考えを巡らせてから、リュイナに目線で確認を取る。リュイナは笑顔で頷いた。
それを見て、バルサは下がった口を上げて言い出す。
「わかりました。あなたの頼みに協力します」
直後、カモミールは顔をぱあっと明るくさせ、しかし申し訳なさそうに眉を八の字にした。
「いいんですか? 私の都合なんかに、付き合わせてしまって」
「もちろん。善人が困ってるなら、僕は躊躇なく助けるから」
善人だから助ける。それはバルサの持論だ。
バルサはカモミールを、善人として認識していた。
「……ありがとうございますっ」
その言葉を聞いて、カモミールは心から安堵を浮かべる。
「では早速ですが……私の住む町に来て頂けないでしょうか。話はそこでしますから」
上手くなるには――やはり書き続けることですね。




