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ゾディアック・リドゥ  作者: 鎌里 影鈴
第二章 爆裂に煌めく奇才
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第26話 一方の旅路

頭痛持ちスキルが付与されました。

 バルサ達がカルドレアへ向かった頃。ヘートルは草の大陸の中枢都市ハーディーストにいた。

 そこは今日も、穏やかな空気に包まれている。

 男は働き、女は家事。子供は遊びで老人は日光浴。

 争いをしていない国では大概(たいがい)がそのような風潮だが、草の大陸――ソラスンでは一味違う。生きている皆全員の心に、ゆとりがあるのだ。

 眼前に映る何気ない通路と人を見るなかで、ヘートルはそう思った。


「まあ平凡っていうなら、ウチも負けちゃいねぇか」


 口の端を上げながら一人呟くと、近くにあったベンチに腰掛ける。

 サルファは草の大陸では(すみ)っこにあるような小さな町だが、住民から伝わる陽気さは共通だ。


「バルサにリュイナ、元気にしているかねぇ……」


 ふと空を見上げながら、我が子のように見てきた少年少女――リュイナの場合、少女というのはいささか語弊があるが――の顔を思い浮かべる。

 最近は余所者(よそもの)が町を荒らしに来たというよくない噂を耳にしたが、それ以上の事はなかったようなので安心した。

 もし何か起きていても、あの脳筋剣士がどうにかするだろう。あいつは無愛想だが、町のことは大事に感じているはずだ。


「さてと……一息ついたし、俺も自分のすべきことをするとしますか」


 茶色の帽子を(かぶ)り直し、荷物を持ってすっくと立ち上がる。

 と――


「お、兄さん。見ない顔だね。旅の者かい?」


 正面から、そんな声が聞こえる。ヘートルが顔を上げると、一人の男性がこちらを見ていた。

 焦げ茶の髪に温情のありそうな人相。外見年齢はおよそ三十代で服装は少し乱れ気味であったが、そんなことはお構い無しといった様子が全身に溢れている。

 そんな男性が、ヘートルに話し掛けてきたのだ。


「そうですが……何か用ですかい?」

「いや、その荷物重そうだなあと思って、良ければ運ぶの手伝おうか?」


 言って、男性は手を差し伸べてくる。


「いえ別に、大丈夫です。――よっと」


 ヘートルはそれを払いのけると、荷物を背にかけてその場を立ち去ろうとした。

 その時、不意にヘートルの足がよろめく。

 一瞬何があったのかと思ったが、すぐその要因に気づいた。

 サルファを出てからこの都市に着くまでの数日間。ヘートルはその中の時間をほとんど移動に使っていたからか、まともな睡眠は取れていなかったのだ。

 疲労の蓄積と理解したときは(すで)に遅し。バランスを崩した体は、下へと向かってしまう。

 ――がくん、と引っ張られるような軽い衝撃が体を揺らす。


「危ないじゃないか、平気か?」


 直後、男性がこちらの顔を覗き込んで言う。どうやら男性が、ヘートルを支えてくれたようだ。


「ええ、心配なく。少しだけ、疲れていただけです」

「見過ごせないな。宿に案内するから、そこで休んだらどうだ」

「本当に心配なく――ちと、やることがあるんで」


 そう言って、ヘートルは逃げるように歩きだす。

 男性は、その背中を黙ってみることしかできなかった。



「ふぅ……思わず逃げちまったな」


 歩いてすぐにあった道の角を曲がり、ヘートルどこかの家の物陰に隠れた。

 別に慌てる必要はなかったのだが、あれ以上人の親切に触れると気が動転しそうだったのだ。

 昔からそうだが、人の善意はどうにも慣れない。与えることはできるが、受けることにどうも抵抗してしまう。

 ――まあそれも、ヘートルがこの国の出身でないからなのだけど。

 それでも、頼まれた任務は果たさなければならない。


「話によると、都市の北に見たことのない魔物を見たとか……」


 旅の途中がてらに他の旅人から聞いた情報を、自分の口で反芻(はんすう)する。

 その場所は、バルサが反逆化した魔物を発見した地点と同じであった。

 深く息を吸ってから、ヘートルは北へと向かう。

 目的はただ一つ――反逆化という現象を、この目で確認するために。



 ◆ ◆ ◆



 砂漠を抜けて町のようなところに着いたら、そこには人がいた。

 別段、存在しないと思っていたわけではない。この広大で厳暑(げんしょ)な大陸に居住していることに、少し驚きを感じたのだ。

 現在バルサは、アンモスという町の宿屋で休息を取っている。

 理由は勿論、ミミアを安全に寝させるためだ。


「すぅ……すぅ……」


 寝息を立てて、宿屋のベッドで目を(つむ)っているミミア。

 バルサはその横で、椅子に座ってミミアの様子を(うかが)っていた。

 〈空駆ける彗星(コメータ・シエル)〉の転送機能があるとはいえ、少しの資金を持っていたことは僥倖(ぎょうこう)だった。

 しかし全員分の宿泊代を払うほどはなかったので、一つだけ部屋を借りている。

 コン、コン、とノックの音が耳に届く。


「バルサ君、食べ物買って来たよ」


 直後、開かれた扉から片手に紙袋を携えたリュイナが入ってきた。

 バルサが椅子を用意して、リュイナは腰掛ける。


「はい、どうぞ。バルサ君」

「ありがとう」


 紙袋から出されたパンを受け取り、そのパンにかぶりつく。

 パサパサした食感が、口内の水分を失わせる。が、何とか腹に入れようと思い、咀嚼(そしゃく)した後に飲み込んだ。


「ミミアちゃん、よく眠れてるかな」

「大丈夫、だと思う。自分でベッドに入ったし」


 言って、ミミアの方を一瞥(いちべつ)する。

 町に着いてから急いで部屋を借りた直後に、ミミアはまるで灯りが消えたようにベッドの上で横になってしまった。

 これはミミアの体質。常人より多くの睡眠時間を取ってしまうというものだ。

 本人の話によるとこの体質は場所に問わず、しかもランダムで発動してしまうらしい。

 事実、ミミアはクエレブレの戦闘の途中で睡魔に襲われていた。


「竜が接近したとき、ミミアちゃん危なかったよね」


 リュイナもそのことに気付いていたのだろう。そう言って懸念する。


「そうだね……僕も正直、油断してた」


 草の大陸(ソラスン)ではこういった事態はなかったため問題視しなかったが、今後もとある場面でミミアが寝てしまうことはあるだろう。

 すなわち、それは転送や移動に使う〈空駆ける彗星〉が動かせなくなることを意味する。

 それだけではない。バルサたちが危機的状況に陥った際に、形勢を逆転させた――あの技も頼れないということだ。


「何か、対策のようなものを考えておかないと」

「うん……もしも窮地に追い込まれたときになっちゃったら、庇うのも難しいかも」

「それは大丈夫。僕がやるから」


 眉を潜めているリュイナを余所に、バルサは自信を持って言う。

 途端に、リュイナが半眼でこちらをじぃっと見てきた。

 その表情から放たれる、ある意味ぞっとするような空気に、バルサは頬に汗を垂らす。


「えと、変なこと言ったかな?」

「そうじゃないんだけど……いいなーっと思って」

「いい……?」


 首を捻らせると、リュイナの口から短い吐息が漏れる。

 そして脱力したように肩を落とすと、その口を開いた。


「バルサ君って、好きだよね? ミミアちゃんのこと」

「ぶほッ!?」


 突然のことで、バルサは水を飲んでいないのにむせてしまう。

 同時に目を大きく見開いて体をくの字に折り、椅子から腰を浮かせる。

 その反応を見てリュイナは、今度はため息に近いものを吐いた。


「やっぱり。ミミアちゃんのことになるとやけに頑なだなーって思ってたんだ」

「いや、別にそういうわけじゃ――」

「そうなの?」

「う……」


 顔をずいと寄せられて、出そうとした言葉が詰まる。

 それでも何とか言い返そうとしたが、思考が上手くまとまらない。

 迫ってきたリュイナを制して互いに椅子に座り、混乱による動悸を落ち着かせてからバルサは言った。


「僕がミミアを好きかどうか……実のところ、僕にもよくわからない」

「なんで? バルサ君、あんなにミミアちゃんのために努力してたのに」

「それは、ミミアがとても苛酷な運命を背負っていたから、力になろうと……」

「でもバルサ君。他人事には深く関わらなかったよね」


 そう。地元でのバルサは、色んな人たちと仲良くしていたが、どれも表面上の付き合いばかりだった。

 その理由の全ては、自分の性格によるものである。

 バルサ・オーガントは――善人を尊い、悪人を蔑む。

 善悪で人の価値を判断してしまう。生来の(さが)で、これほど恨めしく酷いものはない。

 そんな自分が嫌いで、バルサは人に関心を持たぬように賃金稼ぎの日々を過ごしていた。

 そんなときに、ミミアと出逢ったのだ。


「無表情で純粋。無知で誠実。ミミアみたいな人を、僕は初めて見たんだ。――気付いたら、放っておけなくなっていた」

「バルサ君……」


 リュイナが(うる)んだ瞳で見つめてくる。バルサはその瞳を見つめ返した。


「僕はミミアを守りたい。好きかどうかは別として、その気持ちは本当だ」

「……うん、わかった」


 本音を口にすると、リュイナは悲愴感を漂わせる表情でうなずく。

 それに気づき、また直感で感じたバルサは言葉を付け加える。


「――リュイナのことも守るよ」

「え?」

「リュイナが怪我したり敵に襲われそうになっても、僕が身を(てい)すること自体は変わらない。僕が全力で、皆を守るから」

「……っ!」


 不偏の理想を構築させ、完成したこの場で誓う。

 直後、リュイナの顔が紅葉のように赤く染まり、一瞬で真っ赤になった。

 体を縮こめてから(よじ)らせ、口を(つぐ)む。

 だが数秒した後、リュイナは両手を大きく広げる。

 そしてバルサに飛び付いて、バルサの胸元に顔を埋めるようにして抱いた。


「わっ! リュイナ!?」

「もうホント、バルサ君大好き!」


 突如、熱烈な告白をすると、今度は匂いを嗅ぐように深く呼吸をしてくる。


「すうぅぅぅぅ…………はあぁぁぁぁ…………」

「ちょ、リュイナ……っ!」


 バルサは絡む腕を捕らえて、リュイナを引き剥がす。


「ふぅ……ごちそうさまでした」


 奇行に走ったリュイナはそう言って、とても満足した笑みを浮かべる。

 そんな顔をされてしまったら怒る気力がない。バルサはやれやれといったようすで息を吐いた。


「あれ? そういえば、アウレノスさんは?」


 と、バルサたちと同等、アンモスに来たカモミールの姿がないことに違和感を覚える。

 その問いには、リュイナが答えた。


「カモミールさんなら自分の飛翔機を修理したいとかで、この町の鍛冶屋に寄ったよ」

「ふーん。鍛冶屋か……ちょっとだけ、様子を見て行かない?」


 炎の大陸の鍛冶屋に興味があり、またカモミールの扱う飛翔機が戦闘時に見せたあの姿に、未知の事柄を知りたい探究心が刺激されたため、バルサはそう提案する。

 リュイナは思考を巡らせてから、首を縦に振った。


「そうだね。行こっか、バルサ君」

「うん。――あ」


 バルサは立ち上がって外に出ようとする動きを止めると、ベッドの方に視線を向ける。

 そしてそこに眠るミミアの元に近づくと、ミミアの頭をそっと撫でた。


「――行ってくるね。ミミア」

あー、先は長々です。

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