第24話 助けた少女は臆病で
ようやく投稿できました。
ちゃんと内容が詰まった話を作ることを目標にしていますので、よろしくお願いします。
それでは、どうぞ。
――少女は足音を忍ばせて、油まみれの工房の扉を開ける。
機械や器具が乱雑に置かれた工房には、色んなものが動いていた。
高い音を打ち鳴らす金槌に、金属板を切断するグラインダー。鉄を溶かす度に黒い煙を吐く、大きな焼却炉。
それら全てを、一人の男が駆使していた。
少女は静かに歩き、男の方へと近寄る。
忙しなく動きだす機械たちを、男は流れるような手と腕で操っている。
それはさながら、楽しく揚々に踊る舞人のようであった。
それを見て少女は、純粋に、美しいと思った。
◆ ◆ ◆
詳細不明の飛行機体を発見したバルサは、砂漠が広がる景色の中で休息を取りだした。
自分が乗っていた機体を日陰にして、持っている水で水分を補給する。
「本当に暑いよね……ここ」
と、同行していたリュイナが、二本目の水入り瓶を取り出していう。
炎の大陸特有の日光を浴びながら、延々と続く大地を飛んでいたのだ。弱音が零れるのは当然ともいえる。
「そうだね。この暑さに状態が悪化しないよう、用心しないと」
バルサは自分を含めた全員に言い聞かせるように、注意の言葉を放つ。
と、そこでバルサはあることに気付き、鞄から汗を拭うために持ってきた布を取り出した。
「はい、ミミア。これで汗拭いて」
そしてそれを、機体の壁に背を預けていたミミアに手渡す。
「あ、ありがとう……」
ミミアはお礼を言ってから布を受け取り、それを汗が張り付いた顔や首元に当てる。
機体の操縦に加え、バルサがその場で考案した無謀な策にまで付き合ってくれたのだ。この中で一番疲労しているのは目に見えている。
「バルサく~ん、私にも汗拭きを~」
「リュイナはもう少し我慢してね……はいミミア、水だよ」
「うん……」
布をバルサに返し、今度は水をもらったミミアはそれを飲む。
バルサは布を受け取ると、ミミアが飲み終える機会を窺って、その間にまた溢れ出てしまった汗を新しい布で拭き取る。
「むーー…………」
二人から醸し出される微笑ましい雰囲気に、リュイナは物欲しそうな表情を浮かべた。
――と、そのとき、
「ぅ……ん……」
か細い声が、針で刺したかのようにバルサの耳に届いた。
何が起きたかは言うまでもない。少女がついに、目を覚ましたのだ。
悩ましい気を感じさせる声を発しながら、少女はゆっくりと体を起こす。
瞼を開け、空色の瞳を外界に晒した。
「あれ……? 私…………」
そこで少女は異変に気づいたようだ。キョロキョロと辺りを見渡し、周囲を確認する。
――その途中で、少女と、その少女を見ていたバルサの目が合う。
「……きゃあ!?」
数瞬の沈黙の後、少女はまるでおぞましいものを見たかのように驚愕の表情を作り、慌てた様子でその場から身を離すと、腰を抜かしたのか地面にぺたんと座り込んでしまった。
確かに、いきなり知らない人が近くにいたら誰だって驚くだろうが、予想以上の反応だったため少し傷付いた。
「ご、ごめんなさい。びっくりさせちゃいましたよね」
バルサは宥めようと、怯えた少女に言葉をかける。
「あ、あ……あ…………」
が、それは少女に聞こえなかったようで、少女は歯を鳴らしてバルサから離れていく。
異常なまでの怯えっぷりに、バルサもどうしたらいいのかわからなくなった。
「私に任せて、バルサ君」
と、後ろにいたリュイナがそう言ったあと、少女の元へと歩み寄る。
少女の手前でリュイナは膝を折り、にっこりと自然の笑みを出す。
「初めまして。私たちは旅の者です。聞きたいことがあるのですけど、少し話をさせてくれませんか」
「え……? ――あ、はい……」
少女はしばし呆けていたが、リュイナの意思を理解してくれたのか、それとも悪意のない表情を見て判断したのか、こくりと頷く。
リュイナが両手を伸ばし、少女の手を握って立ち上がらせる。
「あ、ありがとう、ございます」
少女は礼を言って、すっくと立ち上がった。どうやら、腰は抜かしてはいないようだ。
鮮やかに怯えた少女を打ち解けさせたリュイナの技に、バルサは感嘆の言葉を述べる。
「すごいねリュイナ。見事に相手を掌握しているよ」
「バルサ君、そういう小難しい表現はだーめ。この人にマイナスな印象を持たされちゃうから」
リュイナから発された注意に、バルサは疑心を浮かべた。果たして今の表現は、そんなに難しかっただろうか。
「じゃあ、何が起こったのか簡単に話すね」
リュイナはそう言って、まだ少し疑念が残っているだろう少女に事の顛末を話した。
「――で、墜落したあなたの機体を発見して、ここで休憩がてらにあなたが目覚めるのを待っていたんです。わかりました?」
「はい。よく理解しました」
リュイナが話を終え確認すると、少女は深く首肯した。
「ここで自己紹介でもしよっか。私はリュイナ。エルフです。それでこちらが――」
「バルサです。さっきは驚かせてごめんなさい」
「私は……ミミア、です」
リュイナに促され、バルサと、それに継いでミミアも名前を明かす。
少女はそれを聞き終えた後、生唾を飲み込んでから自分の名を口にする。
「私は、カモミール・アウレノスです。ハーフドワーフで、『ステューオ』という町で鍛冶屋の手伝いをしています」
少女――カモミールは、自分の住む町や素性まで丁寧に話してくれた。
バルサは再度、カモミールに向かって謝罪をする。
「アウレノスさん。先ほどはすみません。助けるためとはいえ、あのような目に合わせてしまって」
「あ、別にいいですよ。助けていただいたのは事実ですし……それと、私の前でそんな畏まらないでください」
と、カモミールから突如、否定的な言葉が返ってきた。
「え……アウレノスさん。失礼ですが、年齢は……?」
「私は、こう見えて十七です」
「年上ですね。じゃあこのままでいかしてもらいます」
「いや、ですから……あまり私に……」
「あなたがどう思おうと、僕はこの調子でいきます」
バルサはそう、否定的な言葉を拒否した。
年長者なら、友達でない限り砕けた言語を発することができない。たとえその差がたった一つだとしても、だ。
「…………わかりました。そうしてください」
カモミールは苦いような顔をした後、やがて締念した様子で頭を垂れた。
「ところで、一つ訊いてもよろしいでしょうか」
「はい? なんでしょうか」
「この大陸――カルドレアに、どれくらいの町が存在していますか?」
バルサは、機体を探索している最中に気になったことを尋ねた。
すると――カモミールはさも当然のように答えを口にした。
「そうですね……私が住む町を含めて、定住している町は五つです。カルドレア全土の約一割も占めていません」
「うそっ!?」
リュイナが目を見開いて、カモミールの返答に驚愕する。
対して、バルサの反応は落ち着いたものだった。
土地の面積と比べて、町が小規模であろうことは予測していたからだ。
といっても、それが事実であり、さらに町の数が少ないことにはいささか驚いたのだが。
「ということは……カルドレアは砂漠で覆われた大陸なのか」
「はい。正確には砂漠地帯と山岳地帯がありまして、山の斜面や渓谷とかに町があります」
「じゃあ、あそこの向こう側とかにあるのかな?」
バルサはそう言って、遠方に見える砂色の鋭利な山岳を指でさした。カモミールの言う通りなら、あそこ辺りに町があるはずである。
だが――、
「――え? ええええぇええぇぇっ!?」
その山岳を肉眼で捉えた刹那、カモミールは突如叫びだした。
あまりにも突然だったため、こちらも驚いてしまう。
「ど、どうしたんですか……?」
「あ、あれはアムスト山……皆さん、すぐここから離れてください!」
困惑気味に尋ねると、カモミールは気が動転したかのように言葉を発した。
その意図がいまいち読めず、具体的に訊こうと口を開く。
と。その時。
「ガアアアアアアッ!」
「――っ!?」
空気を裂くような咆哮が聞こえ、バルサは反射的に目と耳を閉じた。
一拍置いて、閉じた双方を開ける。すると、辺りが急に暗くなったことに気付き、バルサはバッと顔を上げる。
咆哮の主は、二対の翼に細長の尾を持ち、空を凄まじい速さで飛んでいた。
初めて見るそれは――黒い竜だった。
「ガアアアアアアッ!」
二度の咆哮を上げた竜はその後、こちらを睨むように見据えてくる。
その目から感じられるのは、圧の掛かった滲んだ狂気。
人でないものから発された、荒ぶる獣の恐怖そのものであった。
「――――」
体験したことのないような感覚に、バルサは身を硬直させてしまう。
竜が翼を広げて、バルサたちに近づいてくる。
それがわかっているのに、足がすくんでしまい避けようという動作ができない。
「――バルサ君っ!」
そのとき、リュイナが声を張ってバルサの名を呼んだ。
その呼び声は恐れなどの感情を一時的に吹き飛ばし、バルサはその隙に我に返ることができた。
バルサは眼光を鋭くし、瞬時に戦闘、及び推測をする体勢へと移行する。
竜は突撃するような勢いで、こちらに向かって降下している。このままだと正面からぶつかるが、直進に滑空しているため、避ければ激突することはない。
思考を展開させたバルサは、身体向上の技〈業術〉を開放してその場から離れようとした。
「……ッ!」
しかし、バルサは目の端に映ったあるものを見て、動きを止める。
逃げる様子を微塵も見せない――ミミアの姿を。
「く――【補強】!」
眉根を寄せてから、両足に力をぐっと込め、足を伸ばす。
一瞬ともいえる速さで駆け、ミミアを抱き上げるとすぐさま体を反らして離脱した。
直後、今までバルサたちがいた場所を竜が通り抜け、風と砂塵を撒き起こす。
間一髪だったが、バルサとミミアは無事。首と眼球を動かして、他の二人の安否も確認した。
その後すぐに視線を上空に向ける。すると、竜が旋回している姿が見えた。
飛び続ける竜を目線で逃さないようにしながら、バルサは思考を巡らせる。
竜が出しているスピードはあの時点で飛行船超え。しかも様子からして、まだこちらを狙っているみたいだ。
なぜこのようなことをしてくるのか見当もつかないが、今襲われているのと、あまり熟考している時間がないのは事実だ。
手っ取り早く情報を得るために、バルサはカモミールに向けて言葉を発する。
「アウレノスさん。あの竜の名称を教えてください。それと、能力や習性とかも」
「え――は、はい……あの竜の名は『クエレブレ』。鋼鉄にも勝る鱗と、炎は吐きませんが毒性の息を持っています。町では凶暴な生物といわれています」
いきなり話し掛けられて目を点にしたカモミールだが、すぐ冷静さを取り戻してその問いに答えた。
これで竜――クエレブレの能力を知ることができた。この情報で対抗する策を講じ、即座に実行しなければならない。
向かってくる時機を狙って攻撃を叩き込む……それは不可能に近い。〈空駆ける彗星〉に乗って空中で戦闘する……それを行うなら、機体の操縦に適任のミミアが必須となる。だが竜の動きに付いてこられるかは不明。それに、ミミアにこれ以上危険なことをさせたくない。
〈無の力〉を発動することも対策に含めたが、あれは無闇に使いたくないものであったし、それを使ったら自分だけでなく仲間までつらい思いをさせてしまう結果になるのは承知していた。
最良といえる策が、中々思い付けない。バルサは頭を働かせながら歯噛みする。
「あ、あの……私がやりましょうか?」
と、カモミールがおずおずと手を上げて話しかけてきた。
「やるって……クエレブレの退治をですか?」
「はい。自信はないですけど……手は、あります」
言って、カモミールは伸ばした手を胸の前に置く。
眉の下がった表情は不安でいっぱいそうだが、青い瞳は健在であった。
バルサは時間のない中で考えを巡らせ、まとまった結論を言い放つ。
「……わかりました。僕らが援護しますので、おねがいします」
「了解しました。私が準備する間に、皆さんはクエレブレを引き付けてください」
カモミールはそう言って、自分が乗っていた機体へと走っていく。
それを目の端で見てから、バルサは仲間たちに指示を送り出す。
「リュイナは弓で射撃、ミミアはリュイナの後ろに隠れていて!」
「わかった!」
リュイナが活きのいい声で返し、ミミアはこくりと頷いた。
「ガアアアアアアッ!」
三度の咆哮を響かせ、クエレブレは見据えてくる。
それを睨みかえすように、バルサは表情を強張らせた。
「さあて、僕が相手しましょうか。クエレブレ!」
予定ですが、今作品の一章を書き換えようかと思っています。
詳細については後ほど。




