第21話 睡眠の目覚め
休みの日に、腹が減ったなと思って料理をしたら、冷凍ホウレン草を床にぶちまけてしまいました。 (反省……)
投稿遅れてすみません。どうぞ、お楽しみください!
太陽の光がいっそう明るい日の朝。
こんな日でも、バルサの早起きは相変わらずであった。
少しでも快適に寝ようとあれこれ工夫したソファーから起き上がり、朝の行動を始める。
台所の水場で顔を洗い、完璧な覚醒を得た後で服を着替え、朝食の準備に取り掛かった。
包丁とパン一斤を取り出して、切ったパンを二枚ほど作る。
次に卵と木の実シロップの入った瓶を台に置いて、用意したフライパンに卵を割って入れ、二つのコップにシロップを入れた。
炉に火を付けてフライパンを熱し、卵が焼ける間にコップに水を注いで中のシロップとかき混ぜる。
卵がしっかりと固まって味付けしたのち、それをパンの上に綺麗に乗せれば――朝食の完成だ。
「よし、じゃあ……」
バルサは軽く息をつくと、未だ眠っているだろう居候を起こしに行くため、二階の寝室へと向かった。
階段を上って二階に足を運び、目的の部屋の前に立つ。
一応、礼儀としてノックをしてから、寝室の扉を開ける。
住みはじめてから一切改装していない自宅の寝床部屋。
そんなに広くはない、部屋の奥にあるベッド。そこに居候は寝ている。
バルサはベッドにそっと近付いて、居候の容貌を見た。
――色素の薄い髪に、白磁の肌。綺麗に整った顔立ちをした少女が、すうすうと寝息をたてている。
バルサはその少女の名前を、呼んだ。
「ミミア。もう朝だから、起きて」
「すぅ……すぅ……」
声を掛けても、反応を示さないミミア。
まあ、彼女がこれだけは目覚めないことは重々承知していたが……。
「おーい、ミミア―?」
今度は、ミミアの肩を軽く揺すってみる。
「ん……」
が、小さく吐息を漏らしただけで起きることはなかった。
「これじゃ無理か……なら、これはどうかな?」
バルサは人差し指をぴんと伸ばすと、その指でミミアの頬をつつく。
柔らかな肌の感触が、指を伝って感じられる。
「ぅ……んん……」
指で数度つついたそのとき、彼女の星空のような双眸がゆっくりと開かれた。
「おはよう。ミミア」
「ん……おはよう」
まだ眠たげそうな目をしながら、ミミアが言う。
「朝ご飯できたから、着替え終わったら降りてきてね」
「ん……」
ミミアがこくりとうなずくのを確認してから、バルサはその部屋を出た。
バルサとミミアは向かい合って椅子に座ると、揃って朝食を食べ始める。
ミミアがバルサの家に来て半月。ふたりは朝起きて、昼に町の散策や探索をし、夜家で寝るという生活を繰り返していた。
「おいしい? ミミア」
「うん……」
いつもと同じバルサの質問に、いつもと変わらぬ返答をするミミア。
喋る口と声は小さく、表情は人形のように動かない。
それでも、バルサは肯定の言葉を聞いただけで気持ちが安らいだ。
「……きょう」
朝食を終えた頃、ミミアがそう呟く。
「ん……?」
バルサが少し耳を傾けると、ミミアはたどたどしく口を動かした。
「今日の、探索……は、別のところ、行く」
「別の……ああ、大陸のことか。ちょっと待ってて」
言って、バルサは立ち上がり鞄のなかを開くと、そこから地図を取り出して机に広げた。
「ここが僕らのいる草の大陸ソラスンで、西にあるのが水の大陸、その隣にあるのが竜の大陸だよ」
地図に描かれた大陸の絵を指さして、ミミアに軽く説明する。
――幻間界を構成する、十四の大陸。
それぞれが海に浮かんでおり、一大陸に一国、王国が存在し王家が支配する世界になっている。
その中でソラスンは東側に位置する、別名『平和』の国。
世界で最も平穏と謳われ、国民も獣も、それを統率する王でさえも平凡といわれる――ある意味不気味な大陸。
だがしかし、この国をそう例えるのは、バルサくらいなものだろう。
それほどまでに、草の国民は平凡で――優しすぎるのだ。
「バルサ……?」
きょとんとした表情で、ミミアがバルサの顔を覗く。
「あ、ごめん、ミミア……それで、どの大陸に向かう?」
「……これ」
ミミアは短く言って、地図の下の方を指差した。
「そこは……炎の大陸だね」
炎の大陸カルドレア。世界の最南にある熱帯の大陸だ。
年中暑い日々が続き、そのため砂漠地帯が多く人も少ない。
『生き地獄』という別名を付けられるほど過酷な場所だと、バルサは昔読んだ書物で記憶したことがある。
「ミミアがいいならいいけど……こことても暑いよ?」
バルサはやや険しい顔をして、ミミアに問いただす。
が、ミミアは強い意識を込めて言葉を発した。
「大丈夫。どこに、行っても……星座のためなら、乗り越える」
星座――バルサたちが探索している、星の力を秘めた結晶。
幻間界とは別の世界からやってきたミミアは、自分の世界で散らばってしまい、別世界に落ちた十二の星座を集めるためこの世界を訪れた。
その着地の際、気絶したミミアに出逢ったバルサはミミアを介抱し、色々あって星座集めの手伝いをすることを決意する。
友の衝突や敵の襲来など、楽に考えられない出来事はあったが、数日前にようやく『山羊座』の星座を回収することができた。
残りの星座は十一個。――気が遠くなりそうだか、それでもバルサは星座の探索を続けようと決めている。
ミミアと誓いを交わした、あの日から。
いや、思い始めた瞬間は最初に逢った――
「あれ……?」
と。そこでバルサは記憶の流動を止めた。
こういうことは稀にあるが、バルサはふと記憶を振り返るときに何かがつまったかのような感覚が起きるのだ。
タイミングは不均等で、内容も些細なものから重大な事柄など複雑である。
「? バルサ……」
「…………」
話の途中にも関わらず、バルサは腕を組んで思考を巡らせた。
記憶がつっかえたのは、ミミアと対面した直後の時間。
そのときは確か、バルサの背に気絶中のミミアをおぶっていたはずだ。
その記憶に、何かが淀んでいるような……。
思い出そうとしても、うまく繋がらない。もしかしたら、拾い忘れた欠片があるのではないか。
さらに思考を深め、バルサは自分の世界に入ろうとする。
その時だった。
「バルサ」
「ん……? ――って、うわっ!?」
いつもより強めなミミアの声が聞こえた途端、バルサは大きな声を出してその場から転げ落ちる。
理由は単純。ふと視線を上げた瞬間、ミミアの顔が吐息がかかるくらいまで迫ってきたからだ。
反射的に動いたことで痛めた臀部を押さえながら、バルサはゆっくり立ち上がり机に乗り出したミミアを軽く睨むように見る。
「ミミア……危ないよ、急に近づくと」
「ごめん。でも、バルサ……も、ダメ」
「え……?」
間の抜けた声を発すると、ミミアはバルサの目をじっと見て言った。
「私いるのに、何か考える……そういうの、よくない」
「えと……そう、だね……ごめんなさい」
バルサが素直に謝ると、ミミアは納得したかのように机から降りる。
そして何事もなかったかのように、丸めた地図をバルサの鞄に丁寧にしまう。
自分の癖を面と向かって指摘されたのは初めてだったバルサは、ただ唖然としていた。
記憶が止まったときの詮索は日常茶飯事なので、こう言われると新鮮に感じる。
「……よし」
バルサは詮索を中断し、今やるべきたった一つの目的に思考を向けた。
「行こう。炎の大陸、カルドレアに――」
探索の仕度してから、バルサとミミアは扉を開け外に出る。
時間的に人がちらほら見える、住宅沿いの道。
「おーい、バルサくーん」
と、バルサが足を進めようとしたとき、向こうから聞き覚えのある声が届いた。
ふと視線をそちらに向けると、予想通りの人物が手を振りながら走っているのがわかる。
肩口あたりまで伸びた茶髪に緑色の丸っこい双眸。表情や走る動作までが元気に満ち溢れている、明朗快活な少女だ。
バルサは、その明るい少女の名を呼ぶ。
「――リュイナ、おはよう」
「おっはようーっ!」
バルサの挨拶より数倍大きい声を出し、同時に上に高く跳ぶリュイナ。
綺麗にバルサの手前で着地し、腕をぴんと伸ばし肘を曲げて腰を屈めたポーズをとる。
「世界一の活発エルフ! 今日もリュイナ、元気に参上でっす!」
そして何やら大げさな台詞を口に出すと、光輝くような笑顔を見せた。
明るく無邪気かつ可愛いと思えるその仕草にバルサはどきりとするが、鼓動を抑える気持ちで口を動かす。
「きょ、今日はいつも……それ以上に元気だね」
「そうかな? 毎日が平和だから、笑顔が止まらないんだよ!」
言うとリュイナは、曇りのない眩しい表情を向ける。
……いや、これは明らかに嘘だ。
リュイナに自覚はないらしいが、この溢れんばかりの明るさは異常で、毎日が平和というだけでは起こるわけがない。
彼女のポジティブを向上させた何かがある、そう結論づけた。
そして、原因が何であるのかも、バルサは薄々気づいている。
それは――、
「ミミアちゃーん、おはよー」
「おは、よう……」
先ほどより穏やかな口調で、ミミアの元に歩み寄るリュイナ。
その直後である。
「えいっ!」
「っ……!」
突然のリュイナの行動に息を呑んだのは、ミミアではなくバルサだった。
理由は単純。ミミアの豊満な胸に、リュイナが顔を勢いよく埋めたからだ。
服の上からでも視認せざるをえない胸がむにゅりと変形し、リュイナの顔面を覆い尽くす。
「――って、何やってるのさっ!?」
意識を完璧に持っていかれたバルサは、ふと我に返ったその瞬間にリュイナの肩を掴んで引き離そうとする。
が、同じくリュイナもミミアの身体を掴んでおり、食いつくように離してくれない。
推測だが、リュイナのあり余った活力が、欲求と相まって更なる力を発揮させているのだろう。
「どうすれば……」
全力を出しても変化がないこの状況に、バルサは苦渋の表情を浮かべた。
思考を倍速で巡らせ、最善の解決法を脳内で構成する。
それから三秒後。ある方法を思いついたバルサは、集中力を行動に移す。
「ごめん、ミミア――『業術』!」
バルサはミミアの後ろにまわると『業術』を開放。筋力が底上げされた両手でミミアの腹を掴み、思い切って空中に放るように振り上げた。
するとリュイナは宙に浮いた状態になり、支える部分が手だけとなる。
バルサはミミアを手放さないように腕を操作し、最後の一振りとでもいうように力を込めた。
「はあああっ!」
気迫を入れ、リュイナの両手に遠心力を伴う衝撃を与える。
「きゃああああぁぁぁぁぁぁ……」
甲高い声が響いたかと思うと、ミミアの身体からリュイナの手が離れ、リュイナは上空の彼方に飛ばされた。
「ふぅ……」
バルサは一息つくと、抱えたミミアをそっと降ろして、ミミアの様子を確認する。
「大丈夫だった? ミミア」
「ちょっと……くらくら、する」
ミミアは呆けた表情をしているが、見たところ怪我はなく、服が若干乱れたくらいしか変化がない。
まあ服装が乱れたせいでミミアの腹や太腿の白い肌が晒されているのが、唯一の失敗点だろう。
「ミミア……服、直すから」
「……? うん……」
ミミアがうなずくのを確認してから、バルサは顔を赤らめつつミミアの服を整える。
と、その途中で、ミミアが小さく呟く。
「リュイナ、平気……かな?」
あれだけ大変なことをされたにも関わらず、ミミアは主犯の安否を心配していた。
その言葉にバルサは、
「……まあ、少しはこっちの苦労もわかってもらわないとね」
上空を見つめてから、大きな溜め息を一つ、吐いた。
予定では大陸に向かう場面まで進むはずだったのですが、キャラのふざけ分で区切ってしまいました。
リュイナ、どうしてそうなるの……?
キャラ個性が強いのも難儀だなと思う作者でした。




