第20話 星空の決意
冷蔵庫を久しぶりに確認してみたら、二年前のぶどうゼリーが出てきました。
鎌里 影鈴です。
唐突ですが、この部を一章の最終話にします。
気軽に読んでみてください。
葉が擦れる森の中。ミミアの鼓動は嫌な方に速くなっていた。
心配で、不安で、切なくて、抑えることができない気持ちから早く解かれたいと、心の底から願う。
――と。
「ただいま」
覚えのある声を聞いて顔を上げたミミアは胸を撫でおろし――同時に戸惑いを見せた。
それはそうだ。声音や風貌はミミアが予想していた人物、バルサそのものだったのだが、髪色や瞳の虹彩、身に纏った不思議なオーラなど、記憶とは明らかに違う異様な部分が見て取れたのだ。
「ば、バルサ……なの……?」
「うん、そうだけど……見た目そんなに変わったかな」
そう言ってバルサはあははと笑う。
間違いない。ミミアがよく知るバルサだ。
――だがなぜだろうか。安堵の息を漏らすことができない。
初めてみる姿に困惑しただけではなく、視認できない圧力のようなものが伝わるのだ。
これをミミアの知る存在にたとえるなら……
「バルサくぅん、ミミアちゃんに説明した方がいいよ」
「あ、ごめん。今するから」
地面に腰掛けているリュイナに言われ、バルサは返すとオーラを霧散させた。
互いに向き合い、対面するようなかたちになる。
「黙っておくつもりは無かったけど、僕は『業術』のほかに、もう一つだけ力を持っているんだ」
腰を屈めて、落ちていた木の枝を拾う。――触れた先から枝が灰のように消えていく。
「触れたものの存在を消滅させる……これが、もう一つの能力」
「…………」
目を少し大きくしたまま硬直するミミア。それが驚いているか呆れているか、表情の変化が薄いためよくわからない。
「これで僕は、敵の傀儡を残さず消した……存在ごと」
「ということは、あの人も……」
ミミアの言葉に答えるべく、呼吸を整えて、言った。
「――イルムは消さずに、遠くに吹き飛ばした」
「え……?」
そう声を漏らしたのはリュイナ。
「消さなかったの? あの状態のバルサ君が?」
ありえないとでもいった様子で、リュイナは疑問を投げ掛ける。
「うん……憎悪のままに消しそうになったけど、結果的に人間を消すことが怖くなった」
「こわ……い?」
自分の胸中を話すように、たっぷり一拍おく。
「消滅の能力には、代償がある。一つは、普段より非情になりやすいこと。もう一つは――消した存在を、僕自身が忘れること」
「忘れるって……?」
「意味はそのまんま。能力を解除した瞬間、自分の記憶が自動的に消去されるんだ。消した存在の記憶を、ごっそりね」
そう。この能力を発動して何かを消すと、自分のなかにある記憶から『消したもの』が抜き取られる。
能力を持続させた状態ならまだ覚えられる。だが解除した途端、バルサは傀儡との戦いを忘れてしまうということだ。
「……とりあえず、解除するから」
そう言って立ち上がったバルサは、細い息を吐き目を閉じたと思うと、苦悶の表情を浮かべる。
呻き声を上げるなか、髪や瞳の色が徐々に戻っていく。
やがて、時が経つと――、
「じゃあ、帰ろっか」
何事もなかったかのように、バルサは言った。
「そうだね。バルサ君、おぶってよ」
「……うん」
片や普通に接し、片や戸惑い気味に応ずると、三人は町へ帰るため森を抜けていった。
◆ ◆ ◆
夜。辺り一面にある星をバルサは屋根上で眺めていた。
星を数えたり繋げてみたりと、どうでもいいことで時間を潰す。
「バルサ」
と、どこからかそんな声が聞こえる。視線を向けると、ミミアが屋根を這うように登り、バルサの方に近付いていた。
バルサは咄嗟に手をさしのべると、ミミアの手をとり近くまで引き寄せた。
ミミアがバルサの隣に座り、そのまま静かな空気が流れる。
「――ごめんね。ミミア」
「え……?」
沈黙のなか突然そんなことをいうバルサに、ミミアは少し目を丸くした。
「ミミアの敵、イルムを僕は消せなかった。消してしまえばそれでいいはずだったのに、それをしなかった」
悪を滅ぼしたら友達が助かる。そう考えても、バルサは人間を消すことを躊躇った。
それが気に掛かり、バルサの全身が重くなる。
「――大丈夫」
そんなバルサに、ミミアは優しく小さな声をかけた。
「私は、別に、悪を消さなくても……いいと思う」
「でも、イルムはミミアの国を襲撃した組織の一人だよ? 恨んでないの?」
「恨んでない……のは、嘘。でも、だからって相手を殺そうとは思わない」
「……っ!」
その言葉が、バルサの胸を刺した。
理解ができないだけじゃない。恨んでも、殺さない。憎んでも、消さない。
そのあまりにも清らかで強い心に、まるで己の信念が崩れるような強烈さを覚えたのだ。
喫驚で固まるバルサの手に、ミミアはそっと自分の手を置く。
「バルサの力は強大。だけど、無理して使う必要は、ない」
「でも、これから敵とか来たら……」
「それなら、私の力を使えば、いい。私の力は制限があるけど、代償はないから」
慈悲深さで溢れる言葉に、狼狽しながらも心に打たれる。
そして最後の言葉が、バルサにとどめを刺す。
「あなたが全て捧げてくれる、なら、私は――全てをあなたに委ねると、誓います」
柔らかな微笑みと輝かしい瞳に、バルサは吸い込まれた。
もう、頭が真っ白になった。
思考が停止し、芽生えたのは二つの感情。
一つは少女を支えようという厚い義務感。
もう一つは――、
(……いや、これは落ち着いて、よく考えてから決めよう)
バルサはそれを心の内にしまうと、置かれた手を優しく握る。
「ありがとう、ミミア。本当に、本当に嬉しいよ」
そう言って、心からの笑みを返す。
静寂が延々と続く星空の下。バルサの家の屋根の上で。
――二人の誓いが今、結ばれた。
おまけとして、エピローグを投稿する予定です。




