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ゾディアック・リドゥ  作者: 鎌里 影鈴
第一章 凡人と微睡みの少女
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第20話 星空の決意

冷蔵庫を久しぶりに確認してみたら、二年前のぶどうゼリーが出てきました。

鎌里 影鈴です。

唐突ですが、この部を一章の最終話にします。

気軽に読んでみてください。

 葉が擦れる森の中。ミミアの鼓動は嫌な方に速くなっていた。

 心配で、不安で、切なくて、抑えることができない気持ちから早く()かれたいと、心の底から願う。

 ――と。


「ただいま」


 覚えのある声を聞いて顔を上げたミミアは胸を撫でおろし――同時に戸惑いを見せた。

 それはそうだ。声音や風貌はミミアが予想していた人物、バルサそのものだったのだが、髪色や瞳の虹彩(こうさい)、身に纏った不思議なオーラなど、記憶とは明らかに違う異様な部分が見て取れたのだ。


「ば、バルサ……なの……?」

「うん、そうだけど……見た目そんなに変わったかな」


 そう言ってバルサはあははと笑う。

 間違いない。ミミアがよく知るバルサだ。

 ――だがなぜだろうか。安堵の息を漏らすことができない。

 初めてみる姿に困惑しただけではなく、視認できない圧力のようなものが伝わるのだ。

 これをミミアの知る存在にたとえるなら……


「バルサくぅん、ミミアちゃんに説明した方がいいよ」

「あ、ごめん。今するから」


 地面に腰掛けているリュイナに言われ、バルサは返すとオーラを霧散させた。

 互いに向き合い、対面するようなかたちになる。


「黙っておくつもりは無かったけど、僕は『業術(ごうじゅつ)』のほかに、もう一つだけ力を持っているんだ」


 腰を屈めて、落ちていた木の枝を拾う。――触れた先から枝が灰のように消えていく。


「触れたものの存在を消滅させる……これが、もう一つの能力」

「…………」


 目を少し大きくしたまま硬直するミミア。それが驚いているか呆れているか、表情の変化が薄いためよくわからない。


「これで僕は、敵の傀儡を残さず消した……存在ごと」

「ということは、あの人も……」


 ミミアの言葉に答えるべく、呼吸を整えて、言った。


「――イルムは消さずに、遠くに吹き飛ばした」

「え……?」


 そう声を漏らしたのはリュイナ。


「消さなかったの? あの状態のバルサ君が?」


 ありえないとでもいった様子で、リュイナは疑問を投げ掛ける。


「うん……憎悪のままに消しそうになったけど、結果的に人間を消すことが怖くなった」

「こわ……い?」


 自分の胸中を話すように、たっぷり一拍おく。


「消滅の能力には、代償がある。一つは、普段より非情になりやすいこと。もう一つは――消した存在を、僕自身が忘れること」

「忘れるって……?」

「意味はそのまんま。能力を解除した瞬間、自分の記憶が自動的に消去されるんだ。消した存在の記憶を、ごっそりね」


 そう。この能力を発動して何かを消すと、自分のなかにある記憶から『消したもの』が抜き取られる。

 能力を持続させた状態ならまだ覚えられる。だが解除した途端、バルサは傀儡との戦いを忘れてしまうということだ。


「……とりあえず、解除するから」


 そう言って立ち上がったバルサは、細い息を吐き目を閉じたと思うと、苦悶の表情を浮かべる。

 呻き(うめき)声を上げるなか、髪や瞳の色が徐々に戻っていく。

 やがて、時が経つと――、


「じゃあ、帰ろっか」


 何事もなかったかのように、バルサは言った。


「そうだね。バルサ君、おぶってよ」

「……うん」


 片や普通に接し、片や戸惑い気味に応ずると、三人は町へ帰るため森を抜けていった。



 ◆ ◆ ◆



 夜。辺り一面にある星をバルサは屋根上で眺めていた。

 星を数えたり繋げてみたりと、どうでもいいことで時間を潰す。


「バルサ」


 と、どこからかそんな声が聞こえる。視線を向けると、ミミアが屋根を這うように登り、バルサの方に近付いていた。

 バルサは咄嗟(とっさ)に手をさしのべると、ミミアの手をとり近くまで引き寄せた。

 ミミアがバルサの隣に座り、そのまま静かな空気が流れる。


「――ごめんね。ミミア」

「え……?」


 沈黙のなか突然そんなことをいうバルサに、ミミアは少し目を丸くした。


「ミミアの敵、イルムを僕は消せなかった。消してしまえばそれでいいはずだったのに、それをしなかった」


 悪を滅ぼしたら友達が助かる。そう考えても、バルサは人間を消すことを躊躇(ためら)った。

 それが気に掛かり、バルサの全身が重くなる。


「――大丈夫」


 そんなバルサに、ミミアは優しく小さな声をかけた。


「私は、別に、悪を消さなくても……いいと思う」

「でも、イルムはミミアの国を襲撃した組織の一人だよ? 恨んでないの?」

「恨んでない……のは、嘘。でも、だからって相手を殺そうとは思わない」

「……っ!」


 その言葉が、バルサの胸を刺した。

 理解ができないだけじゃない。恨んでも、殺さない。憎んでも、消さない。

 そのあまりにも清らかで強い心に、まるで己の信念が崩れるような強烈さを覚えたのだ。

 喫驚(きっきょう)で固まるバルサの手に、ミミアはそっと自分の手を置く。


「バルサの力は強大。だけど、無理して使う必要は、ない」

「でも、これから敵とか来たら……」

「それなら、私の力を使えば、いい。私の力は制限があるけど、代償はないから」


 慈悲深さで溢れる言葉に、狼狽しながらも心に打たれる。

 そして最後の言葉が、バルサにとどめを刺す。


「あなたが全て捧げてくれる、なら、私は――全てをあなたに委ねると、誓います」


 柔らかな微笑みと輝かしい瞳に、バルサは吸い込まれた。

 もう、頭が真っ白になった。

 思考が停止し、芽生えたのは二つの感情。

 一つは少女を支えようという厚い義務感。

 もう一つは――、


(……いや、これは落ち着いて、よく考えてから決めよう)


 バルサはそれを心の内にしまうと、置かれた手を優しく握る。


「ありがとう、ミミア。本当に、本当に嬉しいよ」


 そう言って、心からの笑みを返す。

 静寂が延々と続く星空の下。バルサの家の屋根の上で。



 ――二人の誓いが今、結ばれた。

おまけとして、エピローグを投稿する予定です。

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