第19話 粛清
頭の回転に手が追い付かない……っ!?
投稿早めにしました。鎌里 影鈴です。
雑談するための話題が特にないのでパパッと進めましょう。
それでは、どうぞ。
「僕の名はバルサ・オーガント。この国を守るため、貴方という悪を――粛正します」
剣を構えながら言ったバルサの瞳はただ一点、イルムだけを見据えている。
「キヒヒ、『虚飾』の華麗なる芸当、今一度その身が滅びるまでご覧いただきましょう!」
イルムは両手を盛大に掲げて、数十体の傀儡を躍らせた。
傀儡が剣を振り上げ、バルサに向かって攻撃を仕掛ける。
バルサは緑色の光剣を前に出して最初の一撃を受け止めると、腰を落として流れるようにその場を移動した。
直後、傀儡の後ろを取って光剣を横に振るい、傀儡の背中を斬りつける。
三体の傀儡が、機能を停止させた。
だが前を向くと嵐のように、傀儡が次々に押し寄せる。
「くっ……【補強】!」
両脚の力を強化し、傀儡を速さで翻弄させ、相手の隙を作る。
同時に左腕を強化。傀儡の懐に入り、そこに容赦なく剣を叩き込んだ。
七体の傀儡が、機能を停止させた。
「まだまだっ!」
傀儡の一撃をかわし、光剣を薙ぐ。一撃を受け止め、蹴りで返す。
優勢に見えたこの状況も、しかし長くは続かなかった。傀儡の魔力弾が、バルサの肩に直撃する。
「ぐ……っ」
「おやおや、もう終いですか?」
巨人型の傀儡から一歩も動いていないイルムが、余裕の笑みを浮かべて言う。
「まだだ! 戦いはこれから――、……ッ!」
横を通り過ぎていく前衛の傀儡を、バルサは光剣で一閃した。
「やはり、このさきにいるんですね。星導の愛娘が」
「くっ……はああああああっ!」
気合いを込め、光剣を連続で振り回す。
無機質な残骸が空を舞い、崩れ落ちては闇の中に消える。
その時、無限に湧き出た傀儡の動きが僅かに鈍った。
「今だっ!」
バルサは攻撃をやめると、風を切ってイルムに近づいた。
傀儡の主であるイルムが気絶さえすれば、完全に戦いを治められると考えたからだ。
しかし、バルサの腹部に衝撃が走った。
「が……っ!」
痛みと吐き気に耐え、一体の傀儡に膝蹴りを喰らったと理解する。
その傀儡は、他の傀儡に比べて細長い体躯をしていた。
「げほっ、げほっ……」
「キヒヒ、油断大敵ですな」
イルムは嘲るように笑うと、傀儡の肩から降りてひらりと着地した。
「どうですか。私の大事な傀儡の一つ、アサシスの峰打ちは」
「アサ、シス……?」
悲壮に顔をしかめながらも言葉を発するバルサに、イルムはゆらゆらと近づく。
その背には、三体の形状がそれぞれ異なる傀儡が立っていた。
「アサシス、エペイスト、ヘクセレイ――私の魔力で造られた鎧傀儡と違って、非常に優秀な友だ」
「傀儡が、友達……?」
「そうです――バルサ・オーガント。今の私は、笑ってますか? それとも、怒ってますか?」
イルムはそう言って、顔をこちらに向ける。
気持ち悪いくらい、にやにやした表情だ。
だが、しかし――
「怒っている、かな」
バルサの視覚は、脳にそう結論づけた。
「ほう、そう見えましたか。して、その理由は?」
「顔は確かに笑っているけど、目が笑ってない。それだけです」
もう一度、イルムの紫の瞳を覗く。
底冷えするような、暗く黒い闇みたいだ。
「そうですか……正解ですバルサ・オーガント。今の私は、物凄く怒っています」
イルムは少し目を細めると、数歩下がって一体の傀儡を指差した。
「これは私の友、ヘクセレイ。見ての通り、胸部に大きな穴が開いています」
錫杖が両手に装備された傀儡――ヘクセレイの胴には、人の頭一つ分ほどの空洞がある。正直立っているのが不思議なくらいだ。
「人形は痛みを感じない。だが、私は人形ではない。故に、悲しみ、怒り、心の底から笑う」
両手を空に広げ、高笑いをするイルム。今日聞いた中で一番大きく、それでいて恐ろしい声だった。
「私は猛烈に憤怒している! 友を傷つけた輩を、私は許さないぃ!」
頭を押さえ、急に狂乱し始める。
「だが、だが! 私は『憤怒』ではなく『虚飾』。目的を遂行するために、貴方には体裁の餌食になってもらうのです!」
イルムは操り人形のように回りだし、叫びにも似た言い分を終えると肩で息をしだした。
狂乱した様子を見て、ふと疑問が生じる。
目の前の敵――イルム・セイィツェマンは、何を思ってあんな言い分を述べたのか、と。
「……ああ、そうか」
顔に地を付けた状態で、バルサはほくそ笑んだ。
「理解したよ。イルムさん」
「何をです? もしや降伏ですか。残念ですがもうすでに――」
「貴方、愛娘なんてどうでもいいと思ってますね」
「何……?」
訝しい視線をイルムが送るなか、バルサはゆっくり体を起こした。
「目的なんて二の次で、本当は大切な傀儡を傷つけられたことが腹立たしくて仕方ない」
「何を根拠にそんな……」
「あんな乱れた様子を見れば、なんとなく予想はつきます」
「――っ! アサシス!」
表情を歪めたイルムがアサシスに指示を出したかと思うと、細身の傀儡が瞬時に移動し、バルサを突き飛ばした。
「ぐは……っ」
木に体を打ち付け、悶絶しかけるバルサ。
それを見てイルムは、冷たい眼差しを向けていた。
「どうやら、貴方は早急に殺す必要がありますね」
イルムがひきつった顔を浮かべて指を動かすと、三体の傀儡がギシギシと音を立て、バルサに接近する。
わからない、わからない――、
「……なぜ、友にそこまで感情を揺さぶれるのに、貴方は悪になったんだ……」
「私が悪、ですか……正直、私は自分を悪だと思ったことは一度もありませんが」
「は……?」
「私は組織のために愛娘を捕らえる。私は傀儡のために人を殺す。これは純粋なる善意ではないですか?」
「――――」
その言葉を聞いて唖然とした途端、バルサの中で何かが変わった。
正確にいうならこの男の評価だろうか。それが頭の中で、急速に書き換えられる。
嗚呼、これは……駄目な奴だ。
「さて、貴方はどのような死に方を望みますか? 組織の害となるからには死は免れませんが、私は『虚飾』。微量の慈悲は与えましょう」
イルムは傀儡にバルサを無理に起き上がらせ、また冷静で気味の悪い笑みをする。
「……れ」
「ん、何ですか。命乞いですか。哀れですねぇ、キヒヒヒッ!」
静かな森に、邪悪な高笑いが長いこと響く。
「黙れ、イルム。この出来損ないが」
やや低く重い声が、空気を震わせた。
「……今、何と?」
「聞こえなかったのか――黙れと言ったんだ。悪などに走った貴様に、最早なにも抱くものはない」
先ほどとは異なる口調にイルムは少し戸惑いを感じるが、すぐに笑みを戻す。
「ですから、私は一度も自分を悪だと考えたことはないのです。貴方に何を言われようと、私は目的を達成し憎い者を殺す。これは絶対なのです」
「それは悪だ。この世界にそんなものは不要。だから粛清してやる――粛正ではなく、粛清を」
「何を言っているんですか。もういいです……殺しなさい」
イルムが指令をすると、アサシスが短剣を構え、他の傀儡がバルサの両腕を押さえて動きを封じる。
光が刃に反射し鋭利さをいっそう際立たせる短剣が迫り、バルサの首をはねる――
「無を以て、我が銘記とともに霧消せよ!」
――ようとした直前、バルサが発した言葉が空気をざわつかせた。
若草色の毛先が黒に染まり、髪が黒一色となる。瞳は赤や青など数々の色が綺麗に混ざり、宝石のような煌めきを放つ。
刹那、バルサの命を絶ったであろう短剣が、空気に溶けるように掻き消えた。
「へ……?」
歪な笑みを固めて、イルムは呆けた声を出す。
「さあ、始めようか――粛清を」
言ったバルサは両脇にいた傀儡の拘束を振りほどき、その傀儡に触れる。
たったそれだけで、鎧型の傀儡は短剣と同じように跡形もなく消えた。
イルムは狼狽え、一歩後退る。
「貴方、何を……」
「対象を消した。存在もろともな」
「――ッ!」
顔に戦慄を浮かべたイルムは、しかしすぐに冷静になって余裕を装う。
「存在を消す? キヒヒ、そんなものありえない! あるはずがない!」
「だったら、もっと消してやるよ」
バルサは斬って捨てるように言うと、視線をイルムから一体の傀儡――アサシスに向ける。
瞬間、バルサの姿はアサシスの背後に移り、目に見えない速さで拳を撃ち込む。
「ギギギギィィィ!」
アサシスが悲痛に似た音を出し、機能を失ったかのように項垂れた。
「――アサシス?」
イルムが名を呼ぶが、アサシスは答えない。否、答えることなど、当に不可能なのだ。
アサシスはもう、この世から消え失せるのだから。
「ギ……ギ、ギ……」
アサシスは掠れた音を漏らすと、それを最後に砂のように崩れ落ち、空気に霧散した。
「アサ、シス――、う、うわぁぁぁぁああああああっ!」
大事な友を失ったため発狂し、動揺を隠せないイルム。
それに構う素振りも見せず、バルサは次の傀儡に手を掛けようとする。
「エペイストッ! お前たち、エペイストを守れ!」
イルムが慌てた様子で言うと、イルムの影の中から鎧型の傀儡が飛び出し、バルサに襲いかかる。
「…………」
バルサは何も反応を示すことなく、両手に白いオーラを発生させる。
近付いた傀儡の剣撃を撫でるように受け流す。すると、手に触れた剣の刀身が消えてなくなった。
剣を無くしても反撃を試みようとする傀儡。
が、立ち上る白いオーラが胴部を掠めた瞬間、そこから燃え広がる炎のように傀儡はオーラに包まれ、消えた。
そして大剣を構えた傀儡――エペイストの前に立ち、オーラを凝縮させたものを頭部にすり込む。
断末魔を上げることなく、エペイストは大剣を残して消えた。
「あ、あ……」
目と口を大きく開けたまま唖然とするイルム。焦燥を通り越して呆然としているようだ。
バルサは気にせず最後の大事な傀儡――ヘクセレイの方を向く。
「う、うおおおおぉぉぉぉぉっ!」
友である最後の傀儡を失いたくないがためか、再び影から先ほどよりも多くの傀儡が出現する。
しかし、雪崩のように降る傀儡を、バルサは淡々と触れては消していく。
鎧型の傀儡も、巨人型の傀儡も、全て――全て消した。
「ああああああああああっ!」
と、冷静の欠片も見えないイルムが、エペイストの大剣を持って躍り出た。
そんな行動に何も思うことはなく、バルサは振られた大剣に触れ消失させる。
「あ――――」
大きな隙が生まれたことに、絶望の表情を浮かべるイルム。
――バルサはそんなイルムに回し蹴りを入れた。
紙屑の如く吹き飛ばされ、木に直撃する。
「がは……っ! え……?」
しかし、全身を砕くような痛みは予想以上に感じられない。後ろを振り返ってみると、ヘクセレイがいることに気付いた。
どうやら、自分を守るため自律的に行動したらしい。
イルムは理解した途端、迫るバルサに向かって土下座した。
「お願いだ! もうやめてくれ! 私が悪かった! 目的は放棄するし、もう人は殺さない! だから、ヘクセレイだけは……こいつだけは、消さないでくれ!」
涙をぼろぼろとこぼし懇願する様子を、バルサは黙って見ていた。
いつもの自分なら、このような悪党を見逃してしまうのだろう。
嗚呼、しかし――駄目だ。
この男にバルサは――もう何も抱けない。
バルサは戸惑うことなく手を伸ばしてオーラを向かわせ、イルムの背を通り過ぎた先にいるヘクセレイを包み込み、無慈悲に消失させた。
「お願いします! お願いします!」
頭を地に付けたイルムは、そのことに気づきもしないまま嘆願を続ける。
バルサは躊躇なくイルムの肩に触れ――、
数分後、森に佇む存在はバルサだけとなった。
主人公最強なこのパターン。
だがしかし、『最強』と付くからにはそれ相応の『代償』も必要だと思うんですよ。
……そんなネタバレみたいなことを言う作者であった。




