第18話 星雲の大罪人
口が荒れても、喉が掠れても、この腕がある限り小説を書いていこう。鎌里 影鈴です。
風邪をひいて頭が呆けた状態ですが、何とか頑張っていく所存です。
それでは、『ゾディアック・リドゥ』をお楽しみください。
どの町からも離れた森林地帯で、バルサは負傷で身動きが取れないリュイナを背中に乗せ、また謎の敵から狙われているミミアを両腕で抱えている。
通常の力ではとてもじゃないが困難なため、『業術』を全身に張り巡らせた状態での移動を行っている。
それもこれも、謎の傀儡師――イルムから逃れるための束縛な行為だ。
「く……っ」
足を踏み出すたびに、電流が走ったような痛みが苛む。
「……バルサ君。あまり無理しない方が……」
「いや、大丈夫。一刻も早く逃げ出さないと、イルムと人形に追い付かれる」
「イルムって、あの外套の人?」
リュイナの問いにバルサは無言で頷き、集中を高めて『業術』に使う魔力の出力を上げた。
「一体誰なの? あの人」
「さあ――傀儡師って名乗っていたけど、あいつは明らかにミミアを狙っていた」
「あの……」
と。
今まで口を噤んでいたミミアが、消え入りそうな声で話しだした。
「あれは、ただの人では、ない……あの感じ、都市を襲った奴らと……同じ」
「……じゃあ、イルムは――」
バルサが言うと、ミミアはゆっくりと続けた。
「私の住む都市――スタラを襲撃し、星座を我が物にしようとした組織……〈星雲の大罪人〉と、奴らは、言っていた」
「〈星雲の大罪人〉……」
頭の中で、その言葉が反芻される。なぜだろうか。その組織の名に、肩が沈むような重圧さを感じてしまう。
「それがミミアの宿敵――って解釈でいいのかな」
「うん。理由はわからない、けど、奴らはスタラに祀られていた星座と、私を捕らえようと、した」
その話は、以前ミミアに送られたテレパシーで把握していた。突如、天聖界に現れた謎の集団が襲撃を行い、その結果、ミミアが幻間界まで逃げ延びる羽目になってしまった。
あまりにも膨大な情報量だったため整理した記憶は断片的だが、大まかな事情は存知している。
「えっと……そこらへん、私全然理解してないんだけど」
と、まだ情報を知らされていないリュイナが申し訳なさそうに、バルサの背で項垂れた。
「いいんだよ、ミミア。後でゆっくり話すから」
「ありがとう――そのためにも、今を生きないとね」
リュイナの言葉が重くのし掛かり、感情の端から漏れ出た怒気と焦燥を抑えようと体が訴える。
バルサはその後も一切気を緩めることなく、地を駆け、空を跳んだ。
それから一、二時間くらい経っただろうか。バルサの魔力は、残り少ない状態に陥ってしまった。
「っごめん、ちょっと休憩……」
言ってから、バルサは足の速さを徐々に遅くし、立ち止まって深く息を吸って吐いた。
それを五回ほど繰り返し、ふと背後を確認する。物音が一つもしない、木々の景色が目に映った。
「何とか撒いたかな」
「バルサ君、どこかに隠れたほうが良くない?」
リュイナの提案に、しばし思考を巡らせた。
「確かに身を潜められる場所があれば、魔力の温存になる。でも――」
辺りを見渡したが、一面緑だらけでどこが隠伏に適しているか見当がつかない。
かといって、時間を掛けて捜すのも良い策とは言い難い。とりあえず三人は近くに偶然あった、茂みを隔てた地面に身を隠す。
「……追って来てるのかな、あの敵」
一息ついていたところに、地に腰を着けたリュイナがそう呟いた。
「わからない。追ってるかも、しれないし……追ってないかもしれ、ない」
ミミアが、有無も言えない発言をする。
「…………」
そんな環境でバルサは目を瞑り、頭の中で思案を展開させた。
傀儡師であり〈星雲の大罪人〉であるイルムが、ミミアを捕らえに向かうことはまず確定だろう。
今考えることは――イルムが取る次の行動だ。
もし、イルムがとある地点で待ち伏せなどをしているなら、戦闘に向けて十分に休憩を取るのが先決だ。
だがたった今、イルムが人形の大群を引き連れて追っているとしたら、おそらく時間に猶予は無いだろう。
バルサは目をゆっくり開き、ミミアの方を向く。
「ねぇ、ミミア。ミミアは〈星雲の大罪人〉を、どうしたい?」
「え……? その、出来たら、スタラの人たちを苦しませた罪を……償って、もらいたい」
「――スタラに住む人たちは、どのくらい大事?」
「それは……自分の次の次くらい、だと思う。人間は、大切な存在だから」
ミミアの言葉を聞いてから、バルサは再び目を閉じる。
一つ一つ聞き逃さず、自らが導き出した数々の推論を、手探りで慎重に整理する。
大人しく健気な少女が望むのは、敵が犯した罪の償い。
ミミアが、それを本心から発しているのなら――、
「――よし、結論が出た」
バルサは決心して、痛んだ体を起き上がらせる。
「……どこに、行くの?」
「ちょっと、敵を倒してくる」
平然と告げられた言葉に、二人は驚愕した。
それを気にせず、バルサは続ける。
「僕はミミアを守ると誓った。自分の力を、全て捧げると言った。それなら、何としてもやり抜いてみせる……どんな手を使っても」
「バルサ君。まさか――」
リュイナはそれに気づいたのだろう。身を乗り出すようにして、強く言い出す。
「駄目だよ! あれを使ったら、何が起きるかわからないんだよ!」
「前やったときは、許可してくれたじゃないか」
「時と場合によるの! 前の対象は一体だけだったけど、今回は百体以上! いくら何でも無謀だよ!」
「そっか――前は一体だったんだ」
まるでそれを初めて知ったかのように、バルサは息を吐く。
「バルサ……?」
話に付いていけない様子のミミアが、心配そうにこちらを見る。
バルサはミミアの足の上に荷物を乗せると、膝を折ってミミアの頭をそっと撫でた。
「実はさっき、夕飯の仕度をしようと思ってたんだ。三人分の食料を買いにね」
髪に触れるだけで伝わる緊張を少しでも和らげようと、何気ない話をして優しく微笑む。
「あ……」
ミミアは体を少し揺らす。すると張り詰めた糸がほどけるかのように、肩の力が緩まっていく。
「仕込みとか時間が掛かりそうだから、今日はミミアに手伝ってもらうよ。だから、それまで待ってて」
「はい……待って、ます」
ミミアが頷くのを見てから、バルサは振り返り茂みから出ようとする。
「まだ行かないで。バルサ君」
と、リュイナが腕を伸ばし手のひらを向けて、バルサを制した。
「リュイナ、悪いけど僕はやめないよ」
「わかってる。バルサ君は、決めたことは貫く派だからね。私はただ、これを渡したいだけ」
言うとリュイナは手頃な木の枝を持ち、念じて、それを一本の剣に変える。
「あの人形に『業術』は通じないから、せめて気休めだと思って持っていって」
「ありがとう。気をつけて行ってくるよ」
「絶対に、無事に帰って来てね」
「――わかった」
バルサは口の端を上げると、茂みを出て来た道を引き返した。
◆ ◆ ◆
「さぁて、どこでしょうかねぇ」
自分の配下である傀儡を四方に随えながら、イルムは森を徘徊した。
多くの傀儡を操作するには高度な集中力と持久力が必要とされるため、現在は巨人型の傀儡の肩に乗って移動している。
愛娘の姿を確認してから約一時間。愛娘と、愛娘と少女を連れて逃げ出した少年はまだ見つからない。
速度面はこちらの方が劣らないのだが、愛娘の力によって数分行動を制限されたため、やや距離は開いただろう。
それでも、イルムは最後まで追うことを選んだ。
我が偉大なる組織〈星雲の大罪人〉の一幹部として、目的の遂行を最優先するのが、人としての義務だと思ったからだ。
組織の目的は――愛娘と星座、及び辰星の器の回収。
それを達成するためだけに、我々はこの地に訪れたのだ。
そう。全ては、我が願いのために……。
「ギギギ、ギ……」
前方にいた傀儡が急に足を止め、全体が動きを止めた。
「おや、どうかしまし――ああ」
イルムは視線を遠くに移すと、ニタリと口を三日月に歪めた。
「これはこれは、まさか貴方からやって来るとは」
「――まさか、ここまで追ってくるとは思いませんでした。イルムさん」
外見よりやけに礼儀正しい言葉使いの少年が、正面の木陰から現れた。
「もしや、諦めがつきましたか? 愛娘さえ渡していただければ、命だけは助けてあげましょう」
「いや、諦めなんて全くない」
少年の発した言葉に、イルムは眉をぴくりと動かした。
「なら、どうして堂々と現れたのです?」
「勿論、貴方を倒すためです」
「私を、倒す……? キヒ、キヒヒヒヒヒッ! 面白い冗談だ」
イルムは一頻りに笑い、首をゆらゆら揺らすと少年に向き直る。
「いいでしょう。その潔く哀れな判断に免じて、楽に殺してさしあげましょう。――最後に一つ、貴方の名を聞いてもよろしいでしょうか」
興味に釣られて尋ねると、少年は手に持った光る剣を構えて、言った。
「僕の名はバルサ・オーガント。この国を守るため、貴方という悪を――粛正します」
今の段階ではもうじきラストに入ろうと思います。




