第16話 平和に差し込む影
ただいま憂鬱状態、鎌里 影鈴です。
十月過ぎてもしぶとく投稿させて頂いております。
時間の合間にぜひ、読んでみて下さい。
一つ目の星座を回収してから二日ほど経った午前。
バルサはとある人物に呼び出されて、高台に足を踏み入れた。
川や野原がある方面とは真逆にあるこの一帯は、木が根を張るための地面はあるが、それくらいしかない。
物静かな空間を好む者はいるが、寂しい空間を好む者は数少ない。バルサにとってそこは、あまり来る用途のない場所であった。
しばらく歩いていると、地盤の高低さによって崖のような造りになっているところに着く。
その先に、一人の男が地べたにあぐらで座っていた。
バルサは男の名前を呼ぶ。
「――こんにちは。ヘートルさん」
「やあ、バルサ。早い到着だったね」
ヘートルは後ろを向くと、こちらに手を招いてくる。バルサはヘートルの隣に座り込んだ。
「話があるって聞いたんですけど、何か用ですか?」
「まあちょっとな……まずはバルサ、星座の獲得おめでとう」
賞賛の言葉を受けたので、バルサは素直に「ありがとうございます」と礼を述べた。
「さて、早速本題に入るが……中枢都市付近で、反逆化した魔物と遭遇したってのは本当か?」
「うん……。初めて見たけど、とても恐ろしかったです」
「そうか。――ちなみに、どんな姿をしていたか覚えているか?」
「確か、大きな蟲型の魔物です。足が八本くらいあって、目がたくさん付いてました」
怖気が残る記憶を詳しく話すと、ヘートルは眉を潜めて難しい顔をした。
「バルサの証言から察するに、その魔物は恐らく『アレニェロワ』だと思うんだが……妙だな」
「何がですか?」
「アレニェロワは本来、ソラスン東側の密林地帯に生息する魔物だ。その魔物が二日前、中枢都市の北に反逆化した状態で現れた。これは由々しき事態だ」
「そうだったんですか……」
「それに、反逆化したのも問題だ。歴史上、反逆化した魔物は至るところに発見されたが、中枢都市付近で存在を確認されたという情報は、この数十年間一度もない」
連々と語られた論説を、バルサは感心して聞いた。
「本当に何でも知ってますね、ヘートルさん」
「いやぁ、それほどでもないさ。こんな経験のない知識、ほんのわずかの付け焼き刃にしかならないからねぇ」
ヘートルはそう言って、へらへらと謙遜をする。
毎度、悠長な態度を崩さないヘートルだが、史乗で学んだであろう知恵と見識は計り知れない。
「で、何が言いたいかというと……バルサが接触した件は、この国に住む魔物の生態系が狂い初める前兆かもしれないってことだ。――これは、大規模な調査が必要かねぇ」
言うとヘートルは茶色の帽子を被り、立ち上がる。
「俺はしばらく町を離れてハーディーストに行く。町の平和は、君に任せよう」
「え、僕じゃなくて、ライオさんに任せた方が……」
「あいつに頼んでもなぁ――聞く耳ないようなもんだろ?」
確かに、相性の合わない人物はとことん嫌う性格のライオが、対象の一人であるヘートルの言葉を素直に聞くとは思えない。町長経由の命令となれば、話は別だが。
「でも、僕に出来ますかね……」
「出来るかどうかはどうだっていい。やるか、やらないかだ」
格言に聞こえるその言葉を、バルサは頭に反芻させる。
やるかやらないか。『はい』と『いいえ』の二択しかない答えは、単純なゆえに余計難しく考えてしまう。
「それじゃ、行ってくるよ。またな、バルサ」
「あ……」
バルサの返事を聞かないまま、ヘートルは言い残してその場を去っていった。
「ふんふふ~ん、ふふんふふ~ん」
景気のよい鼻歌を歌いながら、リュイナは隣町にある雑貨屋の通りを歩いていた。
最近は徒歩であまりサルファ内から出たことがないので、隣町に来るのは久しぶりだ。
だからリュイナは上機嫌なのだが、これにはもう一つ訳がある。
「ミミアちゃん。どう? 楽しい?」
と、リュイナは後ろを振り返って、自分と手を繋いでいる小柄な少女――ミミアに声をかける。
「……うん」
ミミアはぼうっとした表情をしつつも、そう短く答えた。
今日は星座を集める旅の息抜きとして、二人はショッピングをしている。
ミミアは早く次の星座を回収しようとこれを反対したが、リュイナの渾身の説得により、明日から捜索に戻ることになった。
本当ならバルサも同行する予定だったのだが、用事があると言ってどこかに行ってしまった。
――つまり、今はリュイナがミミアを独占しているといっても過言ではない。
リュイナは手に伝わる柔らかな感触による幸せを噛みしめながら、通路を歩き続けた。
「あ、あそこに行こう! ミミアちゃん」
すると、リュイナはとある店を発見し、元気に走っていった。
無論、手を繋いでいたミミアは自然とそれについていく形になるのだが、強引に引っ張り回されているせいか釈然としない顔をしていた。
それに気づく様子もないリュイナは、ずかずかと店に入っていく。
二人が入った店は、いわゆるアクセサリーなどの飾りが売られている店だった。
「この髪飾り、ミミアちゃんに似合いそうだよ」
「そう、かな……」
二人は店にある飾りで軽くコーディネートをしたり、
「見て見て! これ、バルサ君に似合いそうじゃない?」
「それ、リボンだよ……?」
可笑しな談話をして、親睦を深めたりもした。
それから数十分後、買い物袋を片手に携えたリュイナとミミアは店を出て、再び通路を歩いた。
すると、同じく通路を通っている人間の話し声が、リュイナの耳に入った。
「なあ、聞いたか? 近頃、反逆化した魔物が現れ出したって」
「聞いた聞いた。『平和』の国も、遂に物騒な時代がきたのかねぇ」
「…………」
どこからか聞こえる声に、リュイナは顔を強張らせる。
魔物の反逆化――度々耳にしたことはあったが、リュイナはそれが信じ難い出来事だと思った。
なぜなら、ソラスンは永遠ともいえる平和を宿した大陸に設立された国だ。それは、国中の住人全員が知っている。
その国に、反逆の意思を持つ者が現れたのだ。普通の国なら有り得る事態だが、この国では、絶対にあってはならない。
そう。永遠の前に、抗いは不要なのだ。
「――リュイナ?」
自分の名を呼ぶミミアの静かな声に、リュイナははっと我に返った。
「ううん、何でもない。行こう、ミミアちゃん」
リュイナは言ってミミアの手を引こうとする。が、中々前に進むことが出来ない。後ろを向くと、ミミアが自分の手を握ったまま静止していた。
その直後、ミミアはリュイナをじっと見つめ、小さな口を開いた。
「我慢するの、よく、ない……言いたいこと、あるなら言って」
「ミミアちゃん……で、でもね」
「リュイナは、言った。そんな生き方――いつか折れるって」
「……!」
その時、リュイナは心底から驚きの表情を浮かべた。その言葉は先日、リュイナがバルサの行方を探索した際、口走ったものだ。
いつか折れる生き方――それは具体的にいうと、他人のために自分を顧みない行動をする生き方や、心の内に暗く混ざった思いを募らせた生き方だ。リュイナの場合、それの後者にあたる。
それをミミアは自分の直感で感じ取り、リュイナを案じようとしてくれた。
理解した途端、急に溢れんばかりの感情が込み上げてくる。
気づいた時には、リュイナはミミアを優しく抱きしめていた。
「ありがとう、ミミアちゃん。ミミアちゃんが友達で、本当によかったよ」
「……?」
ミミアは何かわからないといった様子を見せたが、やがて雰囲気に流されるかのように肩の力を抜いた。
どれくらい経っただろうか。リュイナはゆっくり身を離すと、ミミアと共にその場から移動し、そのすぐそばにあった段差に腰掛けた。
「突然なんだけど……ミミアちゃんって、魔物がどういう存在だと思ってた?」
「人ならざる者。本能的に生き、他種族との、馴れ合いを嫌う、者」
「そう。でもミミアちゃんも知ってる通り、草の国の魔物はそれを例外にした、いわば奇跡の存在なの。で、それを覆したのが『反逆化』」
言うとリュイナはあははとどこか抜けた声を出し、顔を少し下げた。
「考えてみれば、反逆化自体が世間でいう魔物の姿なのかもね。凶暴でおぞましくて、人間よりずっと強力で――情の一欠片も持ち合わせていない」
リュイナはそのまま自分に浸透するように、さらに言葉を繋げた。
「私は、この国が好き。当たり前に起こる『戦』が一度も起きていないこの国が一番、愛おしくてたまらない」
片手を真上に伸ばして、空を掴むような仕草をする。当然だが、その空に直接触れることは出来ない。
「私は『平和』を愛してる。だからこそ、反逆が許せない。その原因は何もわからないけど、必ず何とかしようって思う」
「すごい、ね……」
「そうかな? ミミアちゃんが世界を救いたいって思いより、かなり小さなものだけど」
「思いは、大きさじゃ測れない。大事なのは、気持ちそのものだから……」
「ミミアちゃん、もしかして人の心動かすの得意?」
リュイナが問いただすと、ミミアはまた困惑した表情を浮かべる。どうやら、無意識に言ったことらしい。
何となくだが、ミミアはバルサと似ているなと心中で思うリュイナだった。
「――さてと。すっきりしたし、帰ろうか」
「うん」
「荷物を持って――ってあれ?」
リュイナは荷物を持とうとすると、ミミアに視線を戻した。
「ミミアちゃん、私のこと『リュイナ』って呼んだ?」
「え? う、うん。少し前から……」
「マジですかー!」
「わっ……」
ミミアの言葉を遮るように、リュイナはミミアに抱きついた。今度は優しくではなく、飛び掛かるようにだ。
その時だった。
遠方から突如として、爆発音が聞こえてきたのは。
「ッ……何!?」
リュイナは顔を上げ、即座に周囲を確認する。町の人が逃げ惑う中、黒煙が昇るのが見えた。
後先を考えずにその場所に向かうと、町の端にある木々が燃えているのが見える。
その炎の中から、仰々しくも赤い光がゆらゆらと蠢いていた。
「あれは……」
それの正体を目視しようと一歩足を前に出した直後、赤い光が炎を抜け出し、その姿を露にする。
滑らかな曲線を描いた紫のフォルムに、細い杖のような形状をした両腕。そして、赤く光る二つの眼球。
リュイナの記憶から一部分が絞り出され、目の前に現れたそれと照合される。
間違いない。あれは、前にバルサ達を襲った異形と同族の者だ。
「ガ、ギィ……」
鉄同士が擦れるような音を発する異形は、キョロキョロと辺りを見渡して――ピタリと動作を止める。
その視線の先には、ミミアがいた。
「ガガ、ガギ、ギギ……」
異形は赤い目を輝かせると、ゆっくりミミアに近づくように足を動かした。
「っ! ミミアちゃん、逃げて!」
リュイナはそう指示をするが、遅い。異形が腕を前に突き出すと、ミミアに向けて指先から火球を放った。
「く……っ!」
かわすことは敵わないと瞬時に察したリュイナは、ミミアを庇って自ら火球を喰らった。
「……リュイナっ!」
ミミアは思わず叫び――目を見開く。それはそうだ。攻撃を受けたリュイナが、平然と立っていたのだから。
「大丈夫? ミミアちゃん」
「うん。でも、リュイナは……」
「私なら平気。こう見えて、結構戦えるから」
そう言うとリュイナは片手を虚空に掲げ、自分の魔力で生成した弓を出現させた。
「君が何を思って、森を燃やしたのかは知らないけど、一つだけ忠告するね――私を怒らせたからには、容赦しないよ」
視線を鋭くし、森を燃やした犯罪者を睨み付ける。
「ギ、ギ、ガギ……」
異形は両腕を構え、リュイナの方を向いた。どうやら、あちらもやる気らしい。
「この町を傷つけたこと、後悔させるよ!」
リュイナは声を張ると、武器を構えて一気に駆け出した。
書いている内に気づいたのですが、この話、やけに重くありません?
そう思った方は感想、評価等のアドバイスをしてくれると嬉しいです。




