第13話 探索活動
疲れた時は、何かに支えてもらいましょう。鎌里 影鈴です。
今回も日常の合間を縫って投稿しました。
それでは、どうぞ。
太陽の光が一切差し込まない、暗闇の中。
そこは、吹き抜ける風もなければ、滴る水もない。まさに、孤立した空間だった。
ギシ、ギシ、と鉄同士が擦れる音が聞こえる。
人と似ても似つかない傀儡が、空間に姿を現した。
「アサシスじゃないか。早かったな」
突如、暗い空間から怪しげな男の声が響く。
アサシスと呼ばれた傀儡はそれを認知した途端、その場で深々と頭を下げる。まるで、自分が仕える主に辞儀をしているようだ。
「頭を上げよ。アサシスーーでは、報告を」
「・・・・・・・・・」
男が言うと、アサシスは赤い一つ目を発光させる。言葉は喋れないのか、一度も声を出さなかった。
「ふむふむ・・・・・・なるほど」
しかし男は、一人で理解したかのように頷く。傀儡と男の間にしかわからない会話でもしているのだろうか。
「西側の町に例の少女の姿は無し、ですか。してアサシス、その傷はどうした」
「・・・・・・・・・」
「国境付近の町の剣士に? そうか、監視の際に競り合いをしての負傷、か・・・・・・」
アサシスの話を聞いていた男は、静かにその雰囲気を変えた。清閑から、辛辣に塗られていく。
「機能に異常は見当たらないがーー痛く、ないか?」
「・・・・・・・・・」
「人形は痛みを感じない? はは、そうかそうか、そうだった」
男はアサシスに気を配ると突然、愉快そうに笑った。いつの間にか、辛辣な空気は微塵もない。
と、そこに、新たな傀儡が二体出現した。
「おお、エペイストにヘクセレイか。二人ともご苦労。早速だが、報告を聞かせてもらおう」
前も後ろも見ることが出来ない空間に、幾つもの赤い輝きが照らされた。
◆ ◆ ◆
安静の森はたくさんの木が入り組んでおり、通れる道はかなり複雑な構造をしているため、探索は歩きで行うことになった。
「木の根につまずかないよう、ゆっくり慎重に進もう」
そう言ったバルサの後ろにミミア、リュイナが付いていく。
苔混じりの岩を横切り、大木が不均等に列なる場所を通る。
探索を始めてから一時間後、未だに器から星の反応が見えない。
「きゃ・・・・・・」
その時、ミミアが木の根につまずいたのか盛大に転んでしまった。
「ミミアっ! 大丈夫!?」
「う、うん・・・・・・」
バルサはミミアの元に駆け寄り、優しく起き上がらせる。転んだ際スカートと足に付いた土を払った。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。危ないから、手を繋いで歩こう」
「う、うん・・・・・・」
言ってバルサはミミアの手を握り、探索を続行した。
それから数分後、周囲の伝う風向きの急変に気づいたバルサたちは、進行を止めた。
直後、三人の頭上を、木々の間を縫うように巨大な竜が通り過ぎる。
ミミアが、うねる竜を指差す。
「バルサ、あれ、は?」
「あれは『イマリドラコ』っていう竜で、草の大陸にしか生息しない珍しい竜種だよ」
「まあ、ソラスンにいる竜種はあれだけだから、私たちにとっては珍しくともなんともないんだけどね」
バルサの説明に、リュイナが補足を付け足す。それを聞いてミミアは興味津々な様子で、イマリドラコの背をじっと見た。
「ミミアは、竜を見たのは初めて?」
「うんーー私の世界にも、竜はいたけど、まだ一度も・・・・・・」
「じゃあ、今日は竜を見た記念日、だね」
「うん・・・・・・」
ささやかで朗らかな時間を過ごしたその後も、ミミアはいろんなものに興味を示した。
しかし、肝心の黄道十二星座の力は、今回も見つけることが出来なかった。
安静の森を抜け、数時間前に自分たちが降り立った場所へ辿り着く。
バルサが後ろを向くと、ミミアが酷く項垂れていた。星の力を一つも探しだすことが出来ないことに、不安を抱いているのかもしれない。
そんなミミアにーーバルサはそっと声を掛けてやる。
「そんなに心配しないで、ミミア。次こそ、星の力を見つけ出そう」
「・・・・・・・・・」
バルサの言葉に、ミミアは口を閉ざしたまま答えなかった。
「ミミア? もしかして、体調悪い? だったら今すぐ町にーー」
「・・・・・・て」
ミミアの口から、微かな声が漏れる。なぜだろうか。声のトーンが、少し低くなった気がした。
「ミミア?」
「早く・・・・・・見つけ、て・・・・・・」
「え・・・・・・?」
消え入りそうな言葉を発し、ミミアは顔を上げる。無表情を思わせた瞳から、一滴の涙が滲み出た。
「早く、見つけない、と・・・・・・全て、無くなってしまう。人も、町も、森もーー全部、消えてしまう」
涙は嗚咽と共に止めどなく溢れ、ミミアの顔に初めて苦悶のような表情が見える。
「私、一人じゃ・・・・・・ぅ、何も、で、出来ない、からーーお願い、バル、サ・・・・・・」
「ッ! ミミア!」
そのまま力無く倒れるミミアを、バルサは慌てて支えにいった。
ミミアの目から出た涙で、頬はぐちょぐちょに濡れている。
「くっーーミミア、ごめん・・・・・・」
バルサはミミアを抱き寄せながら、自分のこれまでの行動を悔やんだ。
◆ ◆ ◆
町長に先刻の出来事を伝えたライオは、町から少し離れたところで調査を行っていた。
理由は勿論、町に迫る危機を事前に阻止するためだか、同時に自分と一戦交えた挙げ句、離脱した人型の生物に制裁を下すーー具体的には剣技でめった切りをしようと思うーーという私的な目的も存在したりする。
「っていうか、流石にもう近くにいねぇよな。あいつ」
一人呟き、舌打ちをして苛立ちを全面に表した。
町の周辺を長時間掛けてくまなく調べたが、人型の角ばった足跡らしき痕跡は何一つ見つからない。
町公認の調査員ヘートルなら、探索を始めてから結論を導きだすまで一時間と掛からないだろう。しかしそれは駄目だ。
今回の件は町全般の問題というより、ライオ一人の問題に近い。他力を借りることは出来る限りしたくないし、何よりライオはヘートルに嫌悪感を抱いている。
後者の偏見約九割で、ライオは独断行動を選んだのだ。
しかし、結果は焼け石に水。しかも日が沈みかけているというおまけ付きだ。
「ーー仕方ねぇ。帰るか」
ライオは若干腹を立てながら帰路を歩く。ほどなくして、自分の故郷サルファに着いた。
「ん?」
そこでライオは、前方に二人の影を目視するーーバルサとリュイナだ。
「あ、ライオさん」
リュイナがこちらに気づき、互いの距離が一メートルといったところで双方は足を止めた。
「こんばんは、ライオさん。今日も偵察ですか?」
「ああ、まぁな。そういうお前らは冒険ごっこか」
「っ・・・・・・ごっこではないですよ」
ライオの言葉に、バルサの顔が少し強張る。その様子に気づいてなお、ライオは話を続けた。
「ごっこじゃない? はっ、どこがーー森を探検して疲れた頃には家に帰って寝る。これが遊び以外の何だってんだ」
「僕らは真剣に、星の力を探しています。ミミアとこの世界を、助けるために」
言って、バルサは自分の背中で眠っているミミアをみやる。泣いて目の周りが赤くなっているが、すうすうと寝息を立てていた。
「助けるねぇ・・・・・・どの口が言ってるんだか」
「これは、僕自身の決意です。ライオさんは関係ないでしょう」
「その考えが無駄なんだよ!」
猛獣の雄叫びのような怒声が、バルサの前に響き渡る。
「お前みたいな人間が、正義を口走るんじゃねぇ! 世界を救う!? そんな虚言、未だに信じてる時点で、貴様はもう偽善者確定なんだよ!」
「ライオさん! いくら何でも言い過ぎーー」
ライオの一方的な暴言に、リュイナが反論をしようとした。が、バルサがそれを制した。
「大丈夫だから。リュイナ」
「バルサ君・・・・・・でも」
「ライオさん。もう夜遅いので、僕はこれで失礼します」
「ふん、人生の負け犬が逃げの一手か。いいだろう、帰れ」
ライオが最後の最後まで吐き捨てるように蔑みを言い、バルサはそれに狼狽えることも憤懣をぶつけることもなく自分の家に向かった。
「もうっ! ライオさん、ホント頭にくるよね!」
ライオと別れた直後、リュイナは溜まったありとあらゆる不満を発散するかのようにズカズカと地面を踏み鳴らした。
「リュイナ、もうそれくらいにしてーー」
「バルサ君もバルサ君だよ!」
「へ?」
リュイナの突然の発言に、バルサは間抜けな声を出す。
「あんなに馬鹿にされて、言いたい放題罵られて・・・・・・何でバルサ君は、そんな平気な顔でいられるの?」
「いや、別に平気じゃないけど・・・・・・」
バルサは言葉を切ると、頭を少し下に下げた。
「ただ、ライオさんの言っていることも、半分くらい当たっているかもしれないからね」
「どういうこと? はっ、まさかミミアちゃんが嘘を付いているとでもーー」
「違う違う! それとは逆。逆だから!」
リュイナのはち切れそうな怒気を、バルサは全力で抑え込んだ。
「僕が言っているのは、僕の決意が、ただの偽善でしかないってこと」
「偽善・・・・・・? そんなことない。バルサ君がミミアちゃんを助けたいって思いは本物で・・・・・・」
「うん。だけどさ、助けたいって思っても、今のところ何も出来てないよね、僕」
ミミアと世界を救うために、旅に出て星の力を集めると決意してすでに数日経つが、手掛かりも何も掴めていない。
情報が少な過ぎるということもあるかもしれないが、それを差し置いても自分が何も出来てないことは明らかだった。
「本当はね、嬉しかったんだ。誰かに必要とされるの、あまり経験がなかったから」
資金目的で始めた便利屋では、町の人が自分を必要としてくれたが、あくまで必要とされていたのは労働を行う人間だ。
人として生き、考える頭脳と働く力を持ち合わせているが、誰にも一個人としての存在を受け入れてもらえず、自分も一個人の存在を完全に受け入れられない。それがバルサだ。
それは生来の性格か、記憶に植え付けられた心的外傷によるものか。よく覚えていない。
「こんな人の形をしただけの存在、他人に使われるだけ使われて、生涯を終えるのが運命だ。僕は生きている最中、ずっとそう思っていた」
「バルサ君・・・・・・」
「でもある日、ミミアが幻間界に落ちてきた日。僕は自分の人生を変えられる、そんな気がしたんだ」
それはただの自己暗示なのかもしれないが、バルサはその瞬間、自分のどうしようもない運命に確かな揺らぎが生じた。
そしてあろうことに、ミミアはバルサを選んだ。能力とか、外見とかは一切関係なく、恐らく直感で。
バルサはその時から、出逢って間もないミミアに友同等か、それ以上の意識を持っていた。
ーーだからこそ、今回のミミアの言葉には、中々に堪えている。
「僕は助けようとした人を泣かせてしまった。ミミアが負った心の傷は、思っていた以上にミミアを蝕んでいたんだ」
「バルサ君。そこまでミミアちゃんのことを考えてるってことはもしかしてーー惚れた?」
「どうだろう。少なくとも、世界のために頑張るミミアを、僕は応援したいし、出来れば力になりたいと思っている」
「ふーん・・・・・・そうなんだ」
バルサの返答を聞いたリュイナは、目線を一度反対側にそらすと、それ以降の追及はして来なかった。
「私、もう帰るから。おやすみ、バルサ君」
「おやすみ。夜道は暗いから、気をつけてね」
「わかってるよ。じゃあね」
リュイナはそう言った後、パタパタと小走りで家に帰っていく。バルサはその背中を目の端で見送ると、ミミアを背負ったまま再び歩く。
と。その時、
「バルサ君!」
家に帰るはずのリュイナが、バルサの名を呼ぶ。何かと思い、振り向くと、
「悩みっぱなしだったら、私を頼ってね! 私はずぅぅぅっと、バルサ君の一生の友達だから!」
リュイナは大きな声で言い終えると、満足そうな顔をして家へ帰っていった。
それをずっと見ていたバルサはーー口の端を上げ、小さく笑った。
「全く、リュイナは本当に明るいな」
そう。バルサの友達であるあのエルフは、純粋に明るいのだ。
難しいことは一切を視野に入れず、私欲のままに今を生きる。なんとも迷惑な性格だ。
しかし同時に、ああいう友達がいて良かったと、バルサは深く思ったのであった。
少しずつ、物語を深くすると頭を使います。
それは何を意味するかーーそう、眠いんです。




