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ゾディアック・リドゥ  作者: 鎌里 影鈴
第一章 凡人と微睡みの少女
13/30

第12話 平和の国に住む魔物

神経を集中し、自分を律することで何が芽生えるのか。本日もどうも、鎌里 影鈴です。

今回は草の国についての『常識』を書こうと思います。それに加え、徐々に異変も起こします。

 時間が余るほどあるのにどうすればいいかわからないとき、バルサは身近にあるどうでもいい出来事をゆっくり考えて整理することにしている。

 持論に過ぎないが、こうすると脳内の思考が最小限働き、いざ考えるときに滞りなく頭を使えるからだ。

 月の明かりだけしか光がない、全体的に暗い夜。バルサはここ数日間、二階に自分用の寝室があるにも関わらず、一階にある少し固めのソファーで寝ている。

 ほぼ無意識に、頭の中で疑問が響く。

 何故自分はソファーで寝ているのかーーそれは二階のベッドをミミアが占領しているからだ。

 何故ミミアは自分のベッドで毎晩寝るのかーーそれはミミアが自分の寝室とベッドを気に入ったと口実したからだ。

 何故、ミミアはそれを気に入ったのかーー


「・・・・・・止まった」


 バルサはそうぼそりと呟く。大抵の疑問は五つほど浮かんで瞬時に答えられるくらいまで行くのだが、不思議と最近、二つ三つで途絶えてしまう。

 ミミアという存在自身が、何か関係しているのだろうか。

 その理由を考えると脳に負担が掛かってしまいそうなので、バルサはそのまま眠りに入った。




 翌日の朝、いつも通りに目を覚ましたバルサはソファーから体を起こす。

 硬くなった筋肉をほぐすために軽く伸びをし、寝間着から普段着に着替える準備をする。

 それが終わった直後、上の方から階段を下りるような音が聞こえた。


「・・・・・・おはよう」


 目を(こす)りながら、ミミアが階段から下りて来た。


「あれ、珍しいね。ミミアが朝早く起きるなんて」

「偶然、目が覚めた」


 ぼうっとした顔でミミアがそう答える。通常より早い時間に起きたからか、まだ目を瞑っている。今にも寝てしまいそうだ。


「じゃ、朝ご飯作るから待ってて」

「うん」


 互いに言葉を交わすと、バルサは台所、ミミアは着替えるために二階へと向かう。

 一週間ほどしか経っていない新たな生活は、さしたる変化もなく溶け込んでいた。




『いただきます』


 バルサとミミアは向かい合って椅子に座り、目の前に置かれた朝食を食べ始めた。

 今日の朝食はパンにミルク、備え付けの手作り木の実ジャムだ。

 ミミアはへらでジャムをすくい、手に持ったパンに器用に塗ると、小さい口を目一杯に広げて食べた。

 あむあむと咀嚼し、ごくんと飲み込むと、ミミアは小さくーーそれこそじっくり凝視しなくてはわからないほどの動作だが、微かな笑みを作った。

 それは数日前、精神に深い傷を負ったであろう少女が見せた確かな感情の起伏であり、この世界に心許した証拠だろうとバルサは思った。


「バルサ・・・・・・」


 と。パンを食べ終えたミミアが、まだ慣れていない様子でバルサの名前を呼んだ。


「ん? 何かな、ミミア」

「これ・・・・・・」


 そう言ってミミアが取り出したのは、星を模した首飾りーー『辰星の器』だ。


「今さっき、思い出したんだけ、ど・・・・・・これの、魔術」

「魔術? 十二星座の力が、それに封印されていたって言うのは前に聞いたけど」

「うん。力を抑える術とは、別に、器は星のために創造された物だから、星との結び付きが常に強いの」

「うん、なるほど・・・・・・」

「だから、もし星の力が近くまで迫ったら・・・・・・星の居場所、わかる、かも」

「そうなのっ!?」


 バルサが机に身を乗り出して驚くと、ミミアは目を白黒させる。


「あ、ごめんミミア」

「だ、大丈夫・・・・・・それで、これを使えば」

「星の力が見つかりやすくなる。だよね?」


 その言葉にミミアはこくりと頷くと、それを確認したバルサは意気込むような声を出した。


「よし。今日も探索、始めようか」


  ◆ ◆ ◆


 朝になると、いつものようにライオは剣で素振りーーいわば鍛練をしている。

 鍛練は、いつ何処で何が起きるかわからない世の中で、己を知るのに最も効果的な行動だ。

 それは、誰かに言われてやっているものではなく、自分自身が生来その道を歩むのだと理解した上で行っているものだ。

 一心不乱に、己の技量だけを信じて剣を奮う。そうすれば、自然と感覚が研ぎ澄まされる。

 と。ライオは剣を振り上げたところでぴたりと制止する。

 理由は単純。研ぎ澄まされた感覚が、周囲に存在する何かを捕らえたのだ。


(この感じは・・・・・・人、ではないな)


 頭でそう認識すると、ライオは剣を正眼に構える。


「誰だ! 姿を見せろ!」


 声を張り上げ、剣呑な空気をその身に宿す。

 すると、家を囲う塀からよじ登る一体の人影が半分見えた。

 いや、人影というのは語弊だった。これは、人型の影(・・・・)だ。

 直後、影は高くジャンプをすると、ライオの家の敷地内に入りその姿を現した。

 角張ったフォルムをしており、手足は細いが胴体は不釣り合いを感じざるを得ないほど酷く歪。人に例えて顔の部分には、怪しく光る赤い目が一つ埋め込んであるだけだ。

 そのあまりにもこの国に似合わない無機質な姿は、おおよそ拒絶すべき悪意の塊か、他国の侵略者を思わせた。


「人の家に忍ぶとは、お前は何者だ」

「・・・・・・・・・・・・」


 人型は言葉を発することもなく、手から刃のようなものを取り出した。

 言語行動が元々ないのか、それとも話す気が全くもって選択肢に存在しないのか。


「何者かは知らねぇが、武器を持ったということは、敵意があると見た。ならーー」


 ライオは剣を得体の知れない人型に向け、こう呟いた。


「俺が容赦なく、潰してやるぜ」


 その言葉が、戦闘の合図となった。

 人型は細足の関節を曲げると、人間の常識を超える速さで急接近し、刃でライオの首筋を狙った。


「そんな見え見えの攻撃、当たらねぇよ!」


 ライオは剣で人型の刃を力ずくで弾くと、一歩前に踏み込んで縦に剣を振るう。しかしその攻撃は、人型が後方に飛び退いたことで空を切る。

 アンバランスな体躯だが、どうやら俊敏さは超人並みのようだ。

 人型はその後も両手に装着した刃と膂力で、素早い攻撃を連続で繰り出してくる。

 別段かわすのに苦労はしないが、防戦的なのはライオの流儀に合わない。

 だから、ライオはさらに剣に込める力を強くした。


「はあ・・・・・・っ!」


 人型の刃を受け止めた剣を逆手に持ち返し、相手の懐に無理矢理()じ込む。

 そして剣が人型の胴体に触れた瞬間、ライオは剣を思い切り上段に引き、一閃を入れた。


「・・・・・・!」


 人型はそれに気づいた途端、ライオから距離を置く。無機質な胴体には、痛々しい傷が刻み込まれている。


「どうだ! 見たかこの野郎!」


 ライオは剣を片手で構えたまま、ふんと鼻を鳴らした。


「・・・・・・・・・・・・」


 人型は無言でその傷を手で押さえると、ライオに背を向け、瞬く間に塀を乗り越えて何処かに行ってしまった。


「あ、おい待てーーくそ、逃げたか」


 ライオは舌打ちをしたが、剣を降ろしただけで人型を追いかけることはなかった。


「何なんだ、あいつは。人でも反逆心が芽生えた魔物でもないとすると・・・・・・」


 暫しの間考えてみるが、やがて限界が来たのか頭を抱えて唸り出した。


「仕方ねぇーー町長に報告だ」


 ライオはそう言うと剣を鞘に納めて、礼拝堂へと向かった。


  ◆ ◆ ◆


「うーん。中々反応しないね、これ」

「そうだね」

「・・・・・・」


 バルサ達は現在、〈空駆ける彗星(コメータ・シエル)〉に乗ってサルファ周辺の森の上を飛行していた。

 何故そんなことをしているのか、それは勿論、星の力を探すためだ。

 今回は転送機能で町を転々とする活動ではなく、飛翔機能で森林地帯を探索する方針を行った。

 星の力を探知出来る『辰星の器』を首に下げ、広大な土地を高速で移動することで、効率的に作業しようということだったのだが・・・・・・。


「これ、壊れてないよね?」

「そんな、ことは・・・・・・ない」


 バルサは不安になって訊いてみたが、ミミアは断固として否定する。よほどこの首飾りの魔術を信頼しているのだろうか。


「ねぇー、もうちょっとだけ、遠くの方に行ってみようよー」


 と。ただ飛行しているだけなのが飽きたのか、リュイナはそう提案を持ち掛けた。

 確かに、捜索範囲を広げればその分見つけやすくなるだろう。


「だけど、これ以上進んだら魔物がーーああ、そうか」


 バルサは頭に降った本能的な予測を途中まで口にし、思考から打ち消した。


「そうだね。じゃあ、行こうかーーミミア」

「うん・・・・・・」


 指示を受けたミミアは頷くと、〈空駆ける彗星〉に刻まれた魔法陣に両手をかざし、左に滑らせる。

 するとそれに従うように、〈空駆ける彗星〉は進路を左に変えた。

 原理はわからないが、恐らく天聖界の技術なのだろう。中央にある魔法陣がこの物体の舵となり、それを操縦することで飛翔機能を駆動していると思われる。

 どれくらい経った頃だろうか。バルサは木々が複雑に入り組んだ森の前に〈空駆ける彗星〉を着地させた。


「バルサ、ここ、は・・・・・・?」


 ミミアが、少し肩を震わせながらバルサに尋ねた。


「ここは、『安静の樹林』。ソラスンにある森林地帯の一つでありーー魔物達の巣窟だよ」


 直後、前方から獣の雄叫びが空気を振動するように伝わってきた。


「・・・・・・!」


 ミミアはびくっと身を揺らすと、バルサの腰元に抱きついた。表情にあまり変化は見られないが、たぶん驚いたのだろう。


「あ、ミミアちゃんだけずるーい。私も私もー」


 と、頬を若干膨らましたリュイナがミミアと同様にバルサに抱きついた。しかもリュイナは腰元ではなく、バルサの胸辺りだ。


「ちょっと二人とも、落ち着いて。っていうかミミアは仕方ないけど、リュイナは平気でしょ」

「もう、バルサ君のケチぃ」


 バルサが指摘すると、リュイナは渋々といった様子で体を離した。その後、ミミアもゆっくりとバルサから手を離す。


「大丈夫? ミミア」

「だ、大丈、夫。今、のは・・・・・・?」

「あれは、魔物の長の警告だよ。僕ら人間や亜人が無断で立ち入ることがないように、匂いを感知したらああやって警告するんだーーそれを無視したら、真っ先に魔物の腹の中だからね」


 ソラスン全土の六割を占める森林地帯は、町に暮らす生物の宝物庫であると同時に、野生として存在する魔物たちの住処(すみか)でもある。

 魔物ーー人と似つかない肉体と、人より強烈で忠実な本能を持った生物。狂暴な性から、人とは相見えることがないと謳われたもの。

 その巣窟となっている森が目の前にあるのだ。考える必要もなく、本能的な恐怖で身がすくむのは確実だ。

 しかし、バルサはその森に躊躇なく足を踏み入れた。


「バルサ・・・・・・っ!」

「心配いらないよ、ミミアちゃん」


 ミミアが伸ばした手を、リュイナは優しく止めた。

 その間にバルサは、森の奥へ進んで行く。

 暫く歩みを続けると、草と木々の中で仰々しく映る魔物の瞳がバルサの周りを囲う。

 そこで歩く両足を止め、後方から誰もいないことを確認したバルサはーーその場で片膝を折り、(こうべ)を垂れた。


「草の大陸に古くから佇む緑樹の化身よ。我とその同胞に、静かなる森林を渡る許しをお与え下さい」


 渓流のように口から出る認可の言辞を、バルサは呪文を唱えるように述べる。

 突如、森の木々がざわめき、バルサの正面から霧がじんわりと吹き出した。

 そして、霧の中から一つの黒いシルエットが浮かび上がる。

 バルサはそれを視界に入れず、頭を垂れたままの状態を保つ。

 霧がバルサを覆うほどまで広がり、シルエットがバルサの方に近づくと、黒いそれはバルサの匂いを嗅ぐような仕草をする。

 直後、バルサは首筋を舐められる感触がした。




 自分の体を抱き締めながら、ミミアはバルサが帰ってくることを祈った。

 当人とリュイナが『大丈夫』と言ったから、バルサはきっと無事に帰ってくるだろうと思っている。一週間近く同じ家で暮らしているのだから、そのくらいの信頼は得ている。

 だが何故だろうか。先ほどから、胸の辺りが落ち着かないのだ。

 自分の感情に疎いミミアにとっては、それは一種の戸惑いになっていた。

 すると、森の方から靴底が地を踏む音が聞こえてくる。

 顔を上げその正体を確認すると、そこにはミミアが旅の供として選定した少年、バルサがいた。


「お待たせーーミミア、リュイナ」

「バルサ・・・・・・」


 それを認識した瞬間、ミミアは心の底から安堵した。


「お帰りバルサ君。どうだった?」

「うん。長の許しを得たから、安静の森は探索出来るようになったよ」


 リュイナが横から言葉を掛けると、バルサは日常会話のように返答した。

 あまりに平然過ぎる態度に、ミミアは目を丸くした。


「バルサ。えと・・・・・・何が、あった、の?」

「魔物の長に会って、この森に一日だけ入れるようお願いしたんだよ」

「・・・・・・そんなこと、出来るの?」


 ミミアは不思議そうに尋ねると、バルサは軽く息をついてから話し出した。


「魔物は本来、人類に決して同情するような存在ではないっていうのが世界の常識だけど、僕らにとって魔物は、隣人みたいなものなんだ」

「隣人・・・・・・?」

「そう、隣人。互いをの生き方を認め、深く干渉せず、国に溢れる資源を分け与え合うーー『平和』の国に住む魔物は、そういう奴らばかりなんだよ」


 バルサは言い終えると、ミミアの手を取って前へと進む。


「そろそろ探索を再開しよう。出来ることなら早く、世界を救いたいしね」



ライオの前に謎の人型現れる!

果たしてあの人型は一体何なのか。勘が鋭い方はお分かり頂けたでしょうか。

次回からさらに奥へと話を作り上げようと思っております。


ソラスンの魔物は比較的安全な生物という設定しました。だって平和の国ですから。


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