第9話 覆された矛盾
頭がくらくらしています。鎌里 影鈴です。
短めに済ませてしまいました。ごめんなさい。
――『全てが叶う』と宣言して、ついに六日経った今。
その日の朝は、植物が水不足になってしまわないかと心配するほど、晴天続きだった。
太陽の光が窓に差し掛かり、暗い部屋の一部分を照らす。
バルサはその明かりに意識を目覚めさせた。
ゆっくり瞼を開き、体を起こしてから自分が寝ていたソファーを降りる。
あくびを噛み殺し、脳内で予定を整理する。勿論、今日は約束の日だということは既にチェック済みだ。
階段を上がり、通常歩行より遅い速度で寝室へと向かう。
約束の日には朝に起こしてほしいという、寝室内にいる少女の要望に答えるためだ。
扉の前に着き、こんこんと軽くノックしてから、部屋に入る。
そこにあるのは、見慣れた家具と、少女。
バルサはベッドで寝ている少女の名前を呼んだ。
「ミミア。起きて」
しかし、ミミアは返事をしない。いつもならこれで起きたから、少し驚いた。
ベッドに近づいて、今度は肩を揺する。
しかしこれもミミアが寝返りを打っただけで、起床には至らない。
いつもより早い時間ということもあってか、中々目を覚まさなかった。
それはつまり、声を掛ける、肩を揺する等の行動は意味を成さないということである。
二、三度同じことを繰り返すが、それも無効に終わり、バルサは思案を練り始めた。
それから数十秒後、とにかく頭に浮かんだ案を試みようと、すっと人差し指を伸ばした。
そのまま手をミミアの顔付近に持っていき、その頬を押す。
ぷにぷにとした感触が指先に直に伝わる。
「ん……」
すると、ミミアはか細い声を漏らす。
目が覚めたのかと思ったが、また寝返りを打つ結果に終わってしまう。
反応があったため、もう一度、ミミアの頬を押す。
一回、二回、三回、四回……。
バルサは段々と自分の顔が綻ぶのを感じた。
「っと、いけない、つい……」
突き付けた指を離し、次の手を考える。
未だにミミアはその瞼を開けない。
どうしたものかと腕を組み、やがてある案が出る。
バルサは意を決すると、ミミアが掛けている布を剥ぎ――それでミミアの口を押さえた。
「――!」
呼吸する手段を失ったミミアは手足をじたばたと動かし、悪い夢を見た直後のようにかばっと上半身を起こした。
「おはよう。ミミア」
「……おはよう」
バルサが微笑顔で言うと、ミミアは少しむすっとした表情を作りながらも、挨拶を返す。
「朝食の用意するけど、パンに何乗せる? 一応ベーコンと卵があるけど……」
「全乗せ」
「了解」
口の端を上げて言うと、バルサは踵を返すーーが、ミミアがその時、
「バ、ルサ……」
初めてバルサを、名前で呼び止めた。
呼ばれた本人は間の抜けた声を出したが、直ぐに微笑む。
「何かな。ミミア」
「あ、あの……ぱ……」
「ん?」
バルサは慣れた様子で耳を傾ける。ミミアと会話する中で、これは必須だ。
ミミアはそれにすがるように、口元を近づけて動かす。
「パモック、食べたい……です」
太陽が一番高い位置に鎮座した頃。
ある二人に呼ばれたリュイナは、どこか緊張した赴きでバルサの家の扉を開けた。
そこにいるのは、自分を呼んだバルサとミミア。
「来たね。リュイナ」
真剣な顔で、バルサが声を発する。
リュイナは静かに応答すると、二人の前に近づいた。
「もう、六日も経ったんだね」
「うん」
「バルサ君は、旅に出るんだよね」
「うん」
「でも、私は旅をするのは反対だよ」
「わかってる。だから……」
言葉を切ると、ミミアが一歩前に出る。
「私が、全部……叶える」
「叶えるって、どうやって?」
「ついて来て」
そう言ったミミアを筆頭に、三人は外を出た。
数十分後、バルサ達は南東の山を登っていた。
荒れた道を進みながら、ある場所へと向かう。
「着いた」
ミミアは足を止めて、目的場所の到達を知らせる。
そこは、青い物体が未だ刺さったままのクレーター。
バルサとリュイナが、初めてミミアと出会った場所である。
「ここって……」
「来て」
短く言うと、ミミアはクレーター内の抉れた地面を転ばぬようゆっくりと歩いた。
バルサとリュイナもそれに続く。
ミミアはクレーターの中央にある、青い物体ーーミミアはこれを乗り物と称しているーーの前で足を止めた。
「やっぱり近くで見ると、大きいね」
「二人とも……下がって」
バルサとリュイナはミミアの言うとおりに、物体から距離を置く。
ミミアはそれを目の端で確認すると、物体の青い表面に触れ――深く息を吸うと、詠唱を始めた。
「星導の愛娘――ミミア・エル・ゾディアック」
瞬間、ミミアの触れた手から、淡い輝きが灯る。
「空駆ける蒼き星屑よ、汝の力に、空間を瞬く間に飛び越える力を付与し、適した姿に変えよ――〈願奇顕現〉」
波紋のように広がり、浸透していく淡い輝きは青い物体を包み込み、物体を溶けた飴の如くねじ曲げた。
ぐにゃぐにゃと音を立てながら、物体は変形する。
やがて鋭い矢のような形状だったそれは、大きな穴が一つ空いた、直径三メートルほどの青い球体になった。
「…………」
口を開け、驚愕せざるを得ない出来事だった。
物体の形状変化――物質そのものに干渉し、対象の姿形を変化させる、変換術の一種。
それをミミアは、やってのけたのだ。
自分の持つ、秘密の能力で……。
「終わった」
詠唱を終えたミミアが、バルサの方を向いて言う。
「あ、ああうん。ミミア、今のって……」
「〈願奇顕現〉。星導の、愛娘だけが使える……星の能力」
「星導の愛娘? それって、ミミアのこと?」
問うと、ミミアは頷いて話を続けた。
「この力を使えば……何でも、叶えること……出来る。でも、条件がある」
「条件? それってなんなの? ねぇねぇなんなの?」
と。リュイナが瞳をキラキラさせて、ミミアに詰め寄ってくる。
どうやら、今の状況を忘れて興味を示してしまったようだ。
「条件……この力は、ストック制だということ。あと、必要な魔力、は、睡眠しか……採れない、こと」
ミミアは途中で言葉を切りながら、そう説明した。
なるほど。これで納得がいった。
ミミアが出した要求は、この日のためにしたことなのだと。
睡眠時間が多いのは、より多く魔力を得るためだったのだ。
「ストックは……二十四時間に、一回、溜まる。今回は、三回ほどの力を使った」
「なるほどなるほど。ということは、一回分の魔力では願いを叶えるのに制限がいると」
リュイナが腕を組んで推測をした。何というか、役目を取られた気がした。
軽く咳払いをして、話を戻す。
「で、この乗り物? には何が起きたの?」
「これは、〈空駆ける彗星〉。飛翔能力、に、瞬間移動を付けた」
「瞬間移動!?」
リュイナが身を乗り出す勢いで、その単語に食い付いた。
リュイナさん。もう興奮モードです。
「うん。これが、あれば……問題、解決」
「解決? ――ああ」
それを聞いて、バルサは理解した。
この乗り物に瞬間移動能力が付いた。それはつまり、乗り物が空間転移装置――昔、そのような名前の機械があることを書物で読んだことがある――になったということである。
つまり、バルサの思いも、リュイナの思いも、瞬間移動が可能なら両方叶う、そう結論が付けられる。
「……旅、行く?」
ミミアが興奮したリュイナを余所に、バルサに訊く。
勿論、答えは決まっている。
「ああ、行こう――星座を、集めに」
決意を固める思いで、そう告げた。
「私も行くよ!」
そのままのノリに見える速さで、リュイナが片手を挙げる。
「リュイナ――後悔しても、知らないよ」
「バルサ君と一緒なら、後悔のこの字もないよ!」
高らかに、興奮が治まってない様子でリュイナが拳を握った。
バルサはその後に、何故自分はやすやす受け入れてしまったのだろうかと不思議に思う。
でも、バルサは深く考えないことにした。
三人の旅――何が起こるかわからない行動は、間違いなく新鮮に感じるだろう。
――それでいい。それでいいんだ。
僕らの人生に、確かな記憶が詰め込まれるのなら。
〈空駆ける彗星〉の穴に入ると、三人の視界は真っ白になった。
やっと中盤に入った、というところでしょうか。
次回から物語の舞台を変えていこうと思います。
まあ、装置があれば日帰り可能ですけどね(笑)。




