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9話

「ふむ」



 勇者の何気なく漏らした吐息。

 だけれど、リリィは、体をびくりとすくませた。


 ここは、街一番と言われる豪華な宿屋だ。

 広いリビング。

 大きなソファには、勇者が一人で座っている。

 リリィは、同じ立場――『勇者の着せ替え人形』であるモニカとともに、そのそばに立っている。


 奧には寝室。

 ベッドは大人が二人が両腕を広げて眠っても充分な大きさだ。


 リリィは貧乏育ちなのでよくわからないけれど、調度品だって、金色だったり、宝石みたいなものがはまってたりして、やけに綺麗だ。

 きっと、この中の一つのでも持ち帰ることができたならば、亜人がしばらく食べていけるぐらいの値段にはなるだろう。


 こんな高級な宿だ。

 宿泊料ももちろん、高い。

 ちなみに勇者は『仕事』をしない。

 だから、略奪したお金で入った。



 リリィはしばらく、この勇者と一緒に旅をしていた。

 彼には『元の世界に帰る』という目的があるらしい。

 そのために遺跡をまわり、中から本や貴重品などを盗掘している。


 お金を稼ぐ手段は主に盗掘と略奪。

 人殺しをためらわないし、殺す人と殺さない人に、明確な線引きがない。

 ……以前、彼の信念らしきものを聞いたけれど。

 しばらく一緒に過ごすうちに、どんどん、彼のことがわからなくなってしまう。


 勇者様はめちゃくちゃで。

 怖くて。

 勝手な人だ。


 だから、リリィは彼がなにか行動をしたり、音を発するたびに、ビクリとしてしまう。

 同じ立場のはずのモニカは、どんなことがあったって、ニコニコ楽しそうだ。

 彼女とも、旅のあいだ、もうけっこうな長さの付き合いになる。

 でも、この桃色髪の獣人の性格を、リリィは未だにつかめないでいた。


 今だって。

 分厚い書物を読み終えて難しい顔をしている勇者に、モニカはあっさり話しかける。



「勇者様、勇者様、なんか嬉しそうだね?」



 モニカの発言。

 リリィは目を見開いておどろいた。


 楽しそう?

 そうは見えない。

 綺麗な黒髪に、濁った黒い目。

 不機嫌そうに口をひき結んでいて、ギョロリと目玉を動かすだけで周囲を威圧する。

 あの表情の、どこが楽しそうなのだろうか。


 勇者は。

 ギロリとモニカをにらんで、言う。



「わかるか」

「うん。いつも勇者様のこと見てるからね」

「ふん、気に入らないな。俺は人に勝手に俺の内心を決めつけられるのは嫌いだ。『わかっている』というヤツほど物事をテンプレートに考えているだけの単純馬鹿で、その実なにもわかっていない」

「それで?」

「実は、機嫌がいい」



 面倒くさい人だった。

 この勇者は、わけがわからない以上に、ひねくれている。

 会話にもコツというか、独特のテンポがある。

 話すのに根気がいる相手だと、リリィは思った。

 なにより、その濁った目が、とても怖い。


 でも、モニカは気にしたそぶりもない。

 むしろ腰の後ろにある尻尾を振り振り、嬉しそうに勇者へにじりよる。



「読んでたの、前の探索で見つけた古文書だよね? 求めてる情報あったの?」

「元の世界に帰る方法とは少し違うが、異世界から魔王を呼び出す方法というものが記されていた」



 勇者が、分厚い古文書を開いてこちらに示す。

 リリィは文字が読めないので、見せられても反応できなかった。

 ただ、モニカはわかるらしい。

 ふんふんとうなずいて、古文書をのぞきこんでいる。



「決められた楽器を使って、音楽を鳴らすみたいだね。……つまり、お祭り?」

「そうだ。魔法陣を描く。その周囲で歌と音楽、踊りで騒ぐと、魔王がフラフラと現れるらしい。ということは俺が以前殺した魔王も異世界人だった可能性があるわけだな。殺すんじゃなかった。生かしておけば情報があったかもしれないのに……クソ、あいつが美少女だったら」

「勇者様が後悔するなんて珍しいね」

「俺の人生は後悔ばかりだ。11連ガチャなんていう甘い餌に釣られて……なにがレア保証だ。保証するのはレアじゃなく有用なレアにしろ。レアなだけのゴミに用事はない」

「それで、この方法は試すの?」

「……ふん、そうだな。ところがこの古文書はひどい。必要な人数や、具体的な期間や、振り付けなどがほとんど書かれていないんだ。古代文字は読むのに苦労するというのに、『偉大な魔王』だの『恐るべき魔王』だの『世界の終わりを運ぶ者』だの、魔王を装飾する言葉ばかり書きやがって。そんなのどうでもいいから具体的な手段をA4用紙一枚以内にまとめろというんだ」

「じゃあどうするの?」

「こんなもの、成功するまでてきとうにやるに決まっているだろう。人数は集められるだけ集めろ。楽器もありったけ必要だ。踊りは女の子がいいな。俺のコレクションたちを連れてこよう。うまくいけば、魔王が通った道を通って、俺は元いた世界に戻れる」

「ねーねーあたしの勇者様」

「俺はお前のものではない。お前が俺のものだ」

「元の世界に帰る時、あたしもついていっていい?」

「…………」

「勇者様?」

「なんでもない。俺とリリィで場所の確保をする」



 勇者がそう言って。

 これまでがんばって存在感を消していたリリィは、身をすくませた。



「え、あ、あの、わ、わたし、ですか……?」

「この部屋にリリィはお前以外にいない。リリィと呼ばれるのが不満なら、明日からお前の名前は『俺のフィギュア十七号』だ」

「り、リリィです……わたし、リリィです……」

「だったら名前を呼ばれていちいち『わたしですか』などと言うな。会話が面倒くさいだろう。俺が面倒くさいやつなのに、お前まで面倒くさくなったら、この空間に面倒くさくない会話ができる相手がいなくなってしまうだろうが」



 勇者が言い放つ。

 モニカが自分を指さした。



「勇者様、あたし、あたし。あたしは面倒くさくないよ」

「お前は養殖ものの面倒くさいキャラだ。面倒くさいというか嘘くさい。しかし、細かい点には目をつむろう。お前の容姿を俺は気に入り、俺の所有物にした。それだけが事実だ」

「はーい。じゃあ、あたしは昔色々しちゃった場所を回って、人を連れてきますね。ポータル使っていいんでしょ?」

「徒歩で行きたいなら勝手にしろ。ただし今日中に戻れ」

「もう勇者様ってばひねくれてるう! ……でもなんて伝えます? さすがに『魔王召喚の儀式をやるから来て』とは言えないですけど」

「俺が呼んでいるから来い、とだけ言えばいい。それで来ないヤツはいない。いたらいなかったことにする」

「はーい」

「では、行くか」



 勇者が立ち上がる。

 リリィは、不安になってたずねた。



「あ、あの、行くって、どこへ……?」

「聞いていなかったのか? 魔王召喚の場所を確保しに行く」

「で、ですからあ……! どこへ、行くんですか……!」

「特に決めていないが、街の中央でいいだろう」

「で、でも、街の中央には、色々、重要そうな、設備とか……」

「あるだろうな。それが?」

「それが、って……」

「邪魔なら平らにすればいい」

「……」

「反対する者がいたら殺す」

「…………」

「今さらいちいち言うまでもなく、当たり前の手順だろう?」



 勇者が心底不思議そうに首をかしげた。

 リリィは、もう、なにも言えない。

 この人と自分はとっくに同罪なのだと、わかっているから。

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