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8話

 リリィの母親は、治療を受けることになった。

 ……人を治す術を知らないと言っていた、勇者の魔法によって。



 街外れにあるボロ小屋の集まった集落。

 その一軒、屋内なのに風の吹きすさび方はほとんと屋外と変わらないあばらや。

 中で、リリィの母親は、薄布にくるまって、震えていた。


 ベッドなどない。

 固い地面と、布一枚。


 極度に狭い家の中は、勇者と、リリィと、その母親しかいなかった。

 モニカの荷物では、入れないのだ。




「……これでいいだろう。ケガではなく病気のようだし、状態異常回復をかけたから、すぐによくなるはずだ」

「で、でも……人を治すのは、できないん、じゃあ」

「あれは、利用されるのが嫌で嘘を言っただけだよ」



 勇者は言う。

 光った手を軽く向けただけ、という治療だった。

 不安もあるが――

 眠る母の顔から苦しみが取り除かれたのを、リリィは確認する。

 きっと、治してもらえたのだろう。



 リリィは。

 勇者に向けて、礼を述べた。



「ありがとう……ございます……」

「やめろ。礼を言うんじゃねーよ。俺は、お前のためにやったわけじゃない。お前に利用されたと思うのはまっぴらだ」

「で、でも……」

「礼を述べるやつは信用できない」

「……」

「『魔王を倒せば元の世界に返してやる』という口約束で、いつまでも俺を都合良く使おうとしたヤツがいた。そいつがよく口にしていたのが、『謝罪』と『礼』だ。だから俺は、謝罪も礼も信じられない。信じるのは、情熱だけだ。我が身を犠牲にする者を、俺は愛する。口だけで偉そうに後ろから指示しかしないヤツは、絶対に信じない」

「…………」

「どうする?」

「……え?」

「お前に選択肢をやる」



 勇者は。

 指を二本、立てた。



「一つ、俺についてくる。俺の所有物として当然の行いだ。自由気ままに旅をする。俺の旅で主に立ち寄る場所は、古代遺跡などだな。俺は、帰る方法を探して、様々な魔導書や遺跡を探しているから、自然とトレジャーハンターみたいな真似が多くなる」

「……」

「大変な旅路だ。並大抵ではついてこれない」

「……」

「二つ目の選択肢は、ここに残ることだ」

「……え? いいん、です、か……?」

「母と離れることで、お前の笑顔が曇るなら、お前を所有しておく意味がない」

「……」

「だから、選択肢は二つだ。俺のもとで笑うか、母のもとで笑うか」

「…………わたしは」



 叶った夢を思う。

 目標は達成されて。

 情熱は、失われた。


 だから。

 リリィは、新たな目標を見つける。



「……ついて、いきます」

「ほう」

「ここに、いたって、なんにも、できないから……だったら、あなたについていって、お金を稼いで、仕送りを、したいです」

「俺との旅で命の保証はしない」

「……はい」

「だが、俺がいる限り、お前は俺の庇護下にあると思っていい。歓迎しよう、俺の所有物」

「…………はい」



 ありがとう、という言葉を飲みこんだ。

 彼は、その言葉を嫌うらしいから。



「モニカ」



 彼が呼ぶ。

 外から、桃色の髪の獣人が、ひょっこり顔をのぞかせた。



「あいあーい」

「少し金を置いていってやれ。それと、例のモニュメントも建てておけ」

「りょーかい」



 モニカがささっといなくなる。

 リリィはたずねた。



「モニュメント……って、なん、ですか?」

「この土地が俺の庇護下にあることを示すものだ。それがある土地と土地のあいだを、俺と俺が認めた者は一瞬で自由に行き来できる」

「…………え、えっと」

「ワープとか転移とか言ってもわかんねーだろうけど……っていうか、逆にお前は、どうやって仕送りをするつもりだったんだ? まさか現金書留?」

「え、えっと……いくつか遺跡を回って、充分稼いだら、少し、お暇をもらって……」

「そのあいだに貧困で死んだらどうすんだよ」

「で、でも、すぐに戻れるなら、わざわざ、ついて来るか、来ないかなんて、選ばせる必要が、なかったんじゃ……」



 例の着せ替えを行ないたいなら、一瞬で戻ってくればいい。

 ついてこさせると、負担が増えるだけだろうから、その方がいいはずだ。

 でも、勇者は言う。



「お前の熱意が見えたから、俺は満足してる」



 まったく、リリィには意味のわからない。

 納得できないような、回答。

 ――ようするに。

 この人は、他者の理解を求めてはいないのだ。


 自己完結。

 自己満足。

 まさしく、災害のたぐい。


 リリィは、伝承が正しかったことを知る。

 勇者とは。

 色々と言われてはいるけれど――


『とにかくすごい人』。


 最終的には、そうとしか、言えないみたいだった。

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