4話
「ところでお願いがあるようだな。言ってみるだけ言ってみろ」
ひとしきり。
きっと、ひとしきりなにか、よくわからない、着せ替えしたりポーズを決めたり『……わたしたちは前世で恋人だったのだ』とかいうセリフを強要されたりしたあと。
勇者は、息を荒げて、そのように切り出した。
リリィは黒いゴスロリとかいう、とても細工の丁寧な高そうな服を着ていた。
黒い、これも細工の精緻な日傘というものも、持たされていた。
視界は悪い。
左目に眼帯をつけさせられているのだ。
ケガなどはしていないのに、眼帯をさせるというのは、よくわからなかった。
リリィはまだどこかふわふわした気分だった。
綺麗な服を着て、自分ではない自分を演じていたせいだろう。
でも。
すぐに、現実に引き戻される。
「あ、あの……わたしの、おかあさんが、病気で……それで、治してくれる、ひとが、いなくって……勇者様なら、どうにか、してくれるんじゃ、ないか、って……」
「病気? 医者に行け。以上」
「で、でも……! お医者様なんて、亜人じゃ、行け、ません……」
「ふぅん。そういや亜人はみんな貧乏だったな。んで?」
「……で、とは……?」
「お前の母親のキャラ設定に興味が出たら助けてやらんこともない。どういう状況で病気になったんだ? お前の母親は処女か?」
「えっ……えっ……?」
「冗談だ。笑え」
「あ、あは、あははは……」
「……もういい。それで、どういう病気だ? 言っておくが、俺は治療とかは苦手だぞ。殺し方しか知らん」
「そ、そう……なんですか」
「でも、金はある。さっき奪ったからな。興味が出れば金を分けてやる。いいから言え」
「あ、はい……その、お母さんは、その、えっと、娼婦、で……」
「なんだビッチか」
興味をなくしたように、勇者はあくびをした。
でも、ここで見捨てられるわけにはいかない。
リリィは必死に訴える。
「わ、わたしを、育てるために、しかたなく……!」
「リリィ。俺が嫌いなことを教えてやる」
「……は、はい……?」
「『一生懸命がんばったんです』とか『他にやりようがなかったんです』とかでお涙を誘うのは、俺が一番嫌いなことだ。一生懸命がんばるぐらいで誰かが助けてくれると思ってるなら、大間違いだ。そもそも一生懸命がんばることのできる恵まれた精神構造を自慢されてるんじゃないかという気分にさえなる。世の中にはどうしたって情熱がなくて一生懸命になれない人もいる。俺とか」
「……で、でもっ」
「俺は、俺の所有物は守る」
「……」
「だが、所有物の親は、対象外だ。ましてビッチは嫌いだ」
「…………でも……でも」
「いいかリリィ。人には三種類いる。使用用、鑑賞用、保存用の、三種類だ。そして、俺が好むのは観賞用であり、嫌いなのが使用用だ。お前の母親は使用用人類だ。だから嫌いで、助ける気が起きない。以上が俺の結論だ。異論はあるか?」
死んだ目が、リリィをにらみつける。
異論は、あるに決まっていた。
でも。
「……ない、です」
リリィは、うつむいてそう言うしかできない。
怖かったし。
あきらめの気持ちだって、大きかった。
どうせ、報われない。
どうせ、叶わない。
願いとは。
抱いただけ、絶望が深まるもの。
リリィの人生は、そのようにリリィに学習させていた。
学習、していたのに。
また願って。
また、絶望した。
心が冷えていく。
勇者は、舌打ちをして、どうでもよさそうに、言った。
「興ざめだな」
「……え?」
「鑑賞会は終わりだ。おいモニカ、従業員に言ってバスタブを片付けさせておけ。俺はもう一眠りするから、そのあとでこの街を出るぞ」
勇者は言いながら、ベッドに向かう。
モニカは笑顔のまま応じた。
「はいはーい。リリィちゃんは?」
「そいつは連れて行く。逃がしたら折檻するからな」
「え、折檻してくれるの?」
「……いちいち喜ぶな。うざいから……寝る。起きるまで起こすな」
「りょーかいです」
モニカが明るく言った。
リリィは、追い詰められた顔で、勇者にすがる。
「ま、待って……! 待って、ください……! お母さんを、助けて……!」
「異論はないと、お前は言った」
「……」
「俺がお前の母親を嫌いだから、俺はお前の母親を助けない。その結論に、お前は異を唱えなかった。その程度の、気まぐれみたいな気持ちに、なぜ俺が応じてやらなければならないんだ。俺はやる気になれない」
「…………」
「どいつもこいつも、都合良く俺を利用しようとするな。――これだから、リアルはクソなんだ」
勇者は。
眠った。
リリィは膝から崩れ落ちる。
はらはらと涙がこぼれ落ちた。