3話
リリィはモニカによって、無理矢理バスタブから引っ張り上げられた。
全身を丁寧に拭かれる。
そのあいだ、ずっと、恥ずかしい部分を手で隠していた。
勇者は。
こちらに、見向きもしていなかった。
なにをしているかと言えば、モニカの背負っていた大きなリュックをのぞきこんでいる。
どうやら、なにかを選んでいるようだ。
道具でも使うのだろうか。
それとも、もっとおぞましい、想像もつかないような、なにかが……?
リリィは震え続けていた。
その背中から。
「おい」
勇者の声が、かかる。
振り返ることができない。
応じることさえ、難しかった。
だから。
代わりに、モニカが返事をした。
「はいはーい。なんでしょあたしの勇者様」
「お前の勇者じゃねーよ。使うものが決まったぞ。いつまで体を拭いてるんだ」
「もうすぐ終わりますよ」
「さっさとやれ」
ぶっきらぼうに命じる。
リリィは、モニカの手をつかんで、何度も何度も首を横に振った。
けれど。
振り返った彼女は、笑顔のままで。
「大丈夫。痛いことも、苦しいことも、なんにもないよ。終わってみれば、楽しいだけだから」
安心させるように。
まったく安心できないことを言うばかりだ。
リリィはもう、あきらめることにした。
――結局。
ここでも、どこでも、同じ。
世界には味方はいなくて。
助けてくれる人なんか、存在しなくって。
みじめで。
弱くて。
搾取されるだけの生涯なのだ。
光を失った目で、リリィは勇者を振り返る。
勇者はリリィの全身を上から下までなめまわすように見て、うなずく。
「非常にいい。見立て通りだ。純白の肌。真っ白い髪。黒い角に赤い目がとてもエキゾチックで惹かれる。痩せすぎであばらが浮いているのが気になるは気になるが、そのぐらいの方がいい場合もある」
「…………」
「リリィ、喜べ。お前には才能がある」
「………………はい」
「じゃあ始めるぞ」
「……………………はい」
「さ、この服を着るんだ」
「…………………………はい?」
服を、着る?
裸で行なうのではなく?
リリィは混乱した。
勇者が手に持ったものを見る。
それは、見たことのない衣装だった。
黒い布でできた、とても細工の細かい、高級そうなお洋服。
詳しいことはわからないが――リボンなどもあしわれており、とてもかわいいと思えた。
勇者は。
嬉しそうに目を輝かせて、言う。
「ひと目見た時から、リリィには黒いゴスロリを着せようって決めてたんだ。ああ、下着がないんじゃ格好がつかないな。モニカ、着せてやれ。黒いゴスロリにはなにか、わかるよな?」
「えーっと、ドロワーズ?」
「そうだ。大人な下着もいいものだが、まずは基本をおさえないとな。さあ着せてやれ。俺はそのあいだにジオラマを作る」
「あいあーい」
モニカが笑顔で応じる。
リリィは、混乱しながら問いかけた。
「あ、あの……! な、なにを、するんですか……? わたしは、これから、えっちなこと、されるんじゃ、ないんですか……?」
その声に応じたのは。
モニカではなく、勇者だった。
彼は、顔をしかめられる限りしかめて、言う。
「はあ? 三次元女に興奮するかよ。キモッ」
リリィには、言葉の意味はわからなかった。
けれどなにか、とても馬鹿にされているような気はした。
勇者は言葉を続ける。
熱っぽく。
「いいかよく聞けリアルウーマン。俺は、二次元が好きだ。アニメが好きだ。ゲームが好きだ。漫画が好きだ。ラノベの挿絵が好きだ。平面世界には無限の可能性がある。なぜなら、二次元はしゃべらない。もともと添付されたキャラクター性はあるだろうが、絵を見て勝手に想像する分には、二次元の中の女は、俺の想像のままの、俺に都合がいい、俺のイメージを壊すことのない存在のままだ」
「……えっ………………えっ?」
「俺はこの世界に召喚されて、最初、とても喜んだ。エルフ! ドワーフ! 犬耳! 女騎士! この世界にはありとあらゆる二次元ヒロインがいる! やったぜ! 勝った! ところがだ。俺が二次元みたいな世界に来たせいで、そいつらは、三次元女に成り下がった!」
「……意味、が、意味が、わからない、です」
「リリィ。よく聞け。女っていうのはな、三次元っていう時点でクソビッチだ」
「……」
「俺の知らないところで生まれて、俺の知らないところで育って、俺の知らないやつと出会った。恋愛だってしたことぐらいあるだろう。ファーストキスだって赤ん坊のころに済ませていると考えるのが自然だ。世間にはそういう背景があろうと我慢できるヤツばっかりだが、俺は違う」
「…………」
「俺は、高らかに名乗ろう」
「………………」
「俺こそが、真の処女厨だ」
「……………………」
なにこのひと。
リリィはわけがわからなさすぎて、思考が停止してきた。
「だから、俺は、見た目が気に入った女をキープして、着せ替えて、想像して遊ぶ。着飾って、俺が好きに想像した背景をお前らに設定して、たまに俺が望んだキャラ通りにしゃべってもらって、それで興奮する。お前らという資源が、俺という発電所に電気を生ませるんだ。わかるな?」
「……わ、わかりません」
「違う。わかるんだ。俺の中で、お前はそういうキャラになっている。わかると言え」
「わ、わか……わかります……」
「そうだ、それでいい。――いいか。人は、望み通りの人生をリアルで手に入れることはできない。だから、想像するんだ。想像の中は誰にも侵害されない。だから俺は、想像する。俺の望み通りの現実は、俺の頭の中にしかないからな」
「………………わかりま……せ」
「ああ?」
「…………わかりま、ま、ます……」
「そうだ! グッド! その調子でがんばれ! 期待してるぞ、俺の2,5次元!」
「は、はい……」
意味がわからなさすぎて、震えることもできない。
でも、服は着せてもらえるらしい。
ひどいことも――しないのだろう。
……ひどいことってなんだろう。
だんだんわけがわからなくなっていく。
だからリリィは、わかることだけ理解しようとした。
綺麗でかわいい服を着せてもらえるのは。
きっと、幸せなことなのだろう。