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15話

「またハズレか。俺はまだ、元いた世界に帰る方法を探さなければならないのか」



 激しい戦闘。

 多数の死者。

 それから、魔王の亡骸。


 それを目の前に剣を納めた勇者は、大きく肩をすくめてため息をついた。

 瞳は相変わらずよどんでいるけれど、口元にはもう、笑みはない。


 魔王がいなくなったあと、空は綺麗に晴れ渡っていた。

 今の時刻はどうやら夕方のようだ。

 澄み渡った空に、赤い光が映える。

 勇者と魔王は長く戦っていたようにリリィには思えたから、儀式が成功した日の夕方ではないのかもしれない。


 勇者は、空を見ていた。

 くだらなさそうに。

 憎むように。



「この世界を二次元として愛でることも、三次元として生きることも、まだできそうにない。どっちつかずだ。まったくくだらない。だからクソだと言うんだ」



 地面につばを吐き捨てる。

 その雰囲気はとても苛立っていて、リリィでは話しかけることが難しかった。

 けれど、モニカは簡単に、ほがらかに、勇者へと言葉をかけた。



「つまり、今回も元の世界に帰れなかったの?」

「ああ。あの魔王が空けた穴は、俺のいた世界にはつながっていないようだ。なにせ、俺の元いた世界に、『魔力』なんていう物騒なものはない」

「じゃああたしはまだ勇者様と旅ができるんだね?」

「そうとも言う」



 二人の会話を聞いて。

 リリィは、ある点が猛烈に気になった。



「あ、あの……『今回も』っていうのは……」



 その問いかけに、勇者は一瞥をくれただけだ。

 モニカが答える。



「こういう儀式は何回かやってるんだよねえ。でも、全部ハズレみたいで」

「そ、そうなんですか……!?」

「うん。そのたびにすごい数の人が死んでいくんだよねえ」

「…………」



 思わず絶句する。

 本当に、勇者は、軽く人を殺す。

 いくら甦るとはいえ、そこに良心の呵責はないのだろうか。

 それに。



「ゆ、勇者様は、怖く、ないんですか……?」

「は?」

「え、えっと、その、た、たくさん、人を殺して……さっきみたいに、すごく、恨まれて、殺し合いになるのが……」

「恐怖はない。それを思い出すためにも、どんどん人には恨まれたいぐらいだ」

「……」

「死の危険を感じれば、生きている実感がある」

「そ、そんなことのために、人を殺すんですか……?」

「そればかりが目的ではないが、目的の一つではある。願えば甦る。吹けば飛ぶ。命の軽いこの世界で、人の熱意だけが俺に、人や俺自身の命の重さを思い出させてくれる」

「……」

「俺は、命の価値を忘れたくない」

「……え?」

「それを完全に忘れてしまったら、人としておしまいだ。……けれど、今の俺は、限りなく人として終わりかけている。そこでお前たちだ」

「わたしたち、ですか……?」

「死に恐怖し、それでも自分の命より大切なもののために熱意をもって行動する。生きている。輝いている。お前たちを見ていると、俺は、命が大切なものだということをかろうじて思い出せそうな気がする」

「……」

「まあ、容姿が悪ければやはり無価値だが」

「……………………」

「そんな顔をするな。俺の中のお前は、そんな顔をしない。笑え。困ったら笑え。憤ったら笑え。笑うお前の見た目が、俺は好きだ」



 見た目が、と限定するあたり、いつもの勇者だ。

 リリィはなんだか安心する。


 普段からわけのわからない人だけれど……

 今、一瞬だけ、普段よりもっと遠くに感じたから。

 いつもの勇者に戻ってくれたような気がして、ホッとした。


 勇者はマントをひるがえす。

 それから、言った。



「次の場所へ行く」



 自分勝手に歩き出す。

 いつもの勇者だ。

 モニカが笑う。



「自分勝手な人だよねえ」

「……え、えっと」

「あはは。いいんだよ。実際に、ひどい人だから。ひどくって、かわいそうな人。まあ、だから放っておけないんだけどね」



 どういう意味なのか。

 問い返す前に、モニカは勇者のもとへ走って行ってしまう。

 リリィも慌てて続いた。


 不思議と、彼のもとを離れようとは思わなかった。

 安全だから。

 恩があるから。

 そういう理由はあるだろうけれど――


 リリィは、勇者のマントをつかむ。

 歩く足を止めないまま、勇者が反応した。



「どうした」

「あ、あの……勇者様がいなかったら、わたしのお母さん、助からなかった、ですから」

「それがどうした」

「……だ、だから、自分の命を、軽いだなんて、思わないで、ください……ほ、他の人だって、おんなじで……えっと……」

「なにを言いたいかわからない」

「……ご、ごめんなさい……」

「まとまったら、聞かせろ。……ひょっとしたらその言葉の先に、俺の忘れたものがあるのかもしれない」

「…………はい」



 まだまとまらない言葉を抱いて、リリィは勇者と歩んでいく。

 旅の中でいつか、この想いをはっきり言えるようになる日も来るかもしれない。


 でも、その日はまだ遠く。

 勇者の凶行が止まり、すべての命が甦る日は、まだ来ないのだろう。

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