12話
色々試してみたけれど。
やっぱり、儀式は成功しなかった。
「なるほどな」
でも、成功しなかったことで、勇者はなにかに納得していた。
けれど勇者はなにも語ってくれない。
魔法陣の中央に座りこんでいるだけだ。
対して、魔法陣の外側。
無理矢理、理由もわからず踊りや歌、演奏をやらされている人たち。
彼らは、元気そうだった。
ガヤガヤと騒ぎ、『いい運動をした』だの『街の外から観光客を呼べそう』だの話している。
いつのまにか、出店や食事処なんかも近隣にはできていた。
びっくりするような順応性だ。
人々は勇者に逆らうことを忘れ、今を精一杯受け入れ、楽しんでいる。
勇者がこの場所に魔法陣を画く際、様々な抵抗と、殺戮があった。
そのはずなのに、もう、全部忘れているみたいだ。
母を亡くしかけて、必死に抵抗していたリリィには信じられない。
それとも。
いざ、実際に亡くしてみたら、こんなものなのだろうか。
絶対に抗えないものに大事ななにかを奪われた時、人は、こうまで簡単にあきらめられるのだろうか。
リリィには、わからない。
悩んでいると。
勇者がパタン、と古文書を閉じた。
そして、モニカに耳打ちする。
モニカが。
元気に大声で、言った。
「はーい、注目!」
パンパンと手を叩く。
すると、それまで雑談をしていた人々が、のんびりとモニカに注目した。
彼女が言う。
「今、みなさんには魔王召喚の儀式をしてもらってまーす」
ざわざわと、瞬間的にざわめきが広がった。
リリィはおどろく。
そういえば、まわりの人たちは、それさえ知らされていなかったのだ。
だというのに、こうまで協力的だった。
その事実には無気味ななにかを覚えざるを得ない。
モニカはなおも続ける。
あくまで、明るく、朗らかに。
「古文書を読んでてわかったんですけど、生贄が必要ぽいでーす」
ざわめきが大きくなる。
しかし、その人々の声も。
「誰か立候補者はいませんかー?」
その、モニカの言葉により。
シンと静まり返った。
当たり前だ。
誰だって命は惜しい――はず、なのに。
生贄に立候補する人なんかいるわけがない。
唐突におとずれた静寂の中。
勇者が口を開く。
「儀式が成功すれば、生贄の魂が魔王の中に入り、その強大な魔力を自在に扱えるという。その魔王の力を手に入れれば、俺に刃向かうことも、報復することも、可能かもしれない。それでも生贄志願者はいないのか?」
静かな声。
そして、やっぱり静かなままの、人々。
報復。
もちろん、この場を確保する際に勇者がやった殺戮に対してだろう。
でも『可能かもしれない』に命を懸けるほどの人は、やっぱり――
いないだろう。
そう、リリィは思っていたのだけれど。
「私、やります」
たった一人。
手を挙げる少女がいた。
人間だ。
金髪に碧眼で、身なりはかなり、いい。
人間の中でも身分の高い家柄で生まれた女の子なのだろう。
彼女は、真っ直ぐに、青い瞳で勇者をにらみつけていた。
勇者はその視線を受けて、うなずく。
「グッドだ。どいつもこいつも腑抜けている中で、お前にだけ信念を感じる。お前は俺に誰を奪われた? 名前を名乗れ。奪われた者の名と、お前の名を」
「私はロッテ。奪われたのは、フィリップ。…………警備兵をしていた、お父さんを、あんたは殺した」
「そうか。いいだろう、復讐の力をやる。……さあ、魔法陣中央へ」
勇者が暗く笑う。
リリィは思わず、勇者のもとへ駆けて、言う。
「ゆ、勇者様……! いいんですか、そ、その人、魔王の力を手に入れたら、ゆ、勇者様に、復讐、するつもりですよ……!」
「そうだな。そして、俺はあいつが生贄になることを許可した。それが答えだ」
「なんで……!」
「魔王は一度倒している。それに――仮に今度の魔王が、俺より強かったとして、特に問題はない。むしろ、願ったり叶ったりだ」
「……?」
「俺には、命の価値がわからない。すべて等しく、すべて無価値だ。人間も、亜人も、金持ちも、貧乏人も。そして――俺自身の命の価値も、わからない」
「……そんな」
「だから、魔王の開けた穴を通り、現代世界へと戻る。現代世界での俺は、ゴミで、クズで、底辺弱者だった。でも、今のなんでもできる世界より、生きていた実感がある。くだらないプライドを必死に守り、つまらない意地を必死に張り、どうでもいいような小さい恐怖と毎日必死に戦っていた。……そこに戻る過程でもし、魔王と命懸けで戦うことになるとすれば、それは俺の目的に適っている。たとえ死んでも、俺は満足だ。わかったら口を挟むな」
勇者が背を向け、魔法陣の外へ歩き出す。
もう、話してはくれないらしい。
だからリリィは、沈黙する。
一番言いたい言葉が、浮かびそうなのに。
かたちにできる、前に。
「儀式を再開する」
号令が下る。
先ほどまでとは、少し違う雰囲気。
そんな中で、人々が配置につく。
踊る少女たち。
音楽を奏でる素人楽団。
それから、歌う人々。
リリィも、踊る少女の中の一人だ。
モニカもそう。
勇者だけが、役目を負わずに、魔法陣中央の少女――ロッテを見ていた。
濁った瞳。
わずかにつり上がった口角。
楽しそうな顔。
実際に、これから始まるのは、勇者にとって『望むところ』の展開なのだろう。
でも。
リリィは、不安でたまらない。
今までだって近くに感じてはいなかった、わけのわからない人。
でも、そんな彼がますます遠くに行ってしまうような、そんな感じがして。
リリィは勇者から、目が離せなかった。