11話
踊り明かした。
最初、もちろん不満はあった。
行動の理由さえ告げられずに『踊れ』だの『歌え』だの強制されるのだ。
しかも、強制している勇者はソファで眠っている。
脱走しようとする者だっていた。
でも、誰かが敵意を向けた瞬間、勇者は片目だけ開ける。
たったそれだけで、人々はすくんでしまった。
消沈してしまった人々をうまくやる気にさせるのは、モニカの仕事だった。
彼女は、人をやる気にさせるのがうまい。
『できる』とか『盛り上げよう』とか元気に言われると、だんだんそんな気になってくる。
そうして、いつのまにか、街の人たちは夢中で古文書を読み、研究をしていく。
踊りや音楽を、解読して実践していく。
勇者という絶対的な支配者の下で、亜人も、人間もなく、踊り明かす。
でも、儀式は成功の兆しを見せない。
知らないあいだに、炎の壁はなくなっていた。
そして、いつのまにか勇者は目覚めていた。
街の中央。
モニカによって画かれた魔法陣の中央。
そこに彼は、腕を組んで立っている。
「モニカ」
「はいはーい。なんでしょ」
「飽きた」
「はーい。みなさんお疲れ様ー。休憩だってー!」
その言葉で、人々は作業をやめた。
……なぜだろう、みんなの表情には充実感がにじんでいる。
人間と亜人が普通に会話をしている。
こんな光景、リリィは見たことがなかった。
想像したことさえ、なかった。
勇者は。
去って行く人々の背中を見て、つまらなさそうに鼻を鳴らす。
「ふん。見ろリリィ。あいつらは差別一つ貫き通せない雑魚どもだ。亜人を見下すのも『なんとなく』『その場のノリで』やっている。共通の敵と共通の目的を与えてやればたやすく地金を晒す偽悪者どもめ。熱意の欠片もない」
「きょ、共通の、敵……ですか?」
「俺だ」
「……ゆ、勇者様は、じゃあ、あえて、悪い人に……?」
「まだそんなことを言っているのか? あえてもクソもあるか。俺はしたいように行動する。その結果を観測して勝手に決めつけるのは外部の馬鹿どもだ。俺はいちいち『これは悪いことかな』とか『これはいいことかな』とか考えていない。なぜ考えなければならない?」
「で、でも……」
「俺は命に価値を見出せない。だから、軽く扱う」
「……」
「俺の前では亜人も人間も平等だ。等しく、価値がない。価値があるのは、俺の所有物と、それの維持管理をする人々だけだ。割合的に亜人が多いのは人間のクソさを前の世界で見ているから、いくら見てくれがよくても人間というだけで萎える。それだけだ。――モニカ、古文書」
会話はそれで終わり。
とばかりに勇者はモニカを呼んだ。
リリィは取り残されたように、その場に黙ってたたずむ。
これから、古文書解読をやり直すらしい。
普通の文字さえ完全ではないリリィにとって、古文書の文字なんか読めるはずもなかった。




