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甦る吸血鬼 The Absolute Silver Bullet  作者: 霧氷 こあ
甦る吸血鬼・上
6/30

幽咽パラノイアII

 幻霧館二階にある一室で、月ヶ瀬佳織(かおり)は黙々とジグソーパズルをしていた。

 まだ半分も完成していないパズルの完成図は、佳織の好きな童話の赤ずきんが森を歩いている絵である。

 佳織にあてがわれた部屋には今現在、二人の姉、月ヶ瀬英梨(えり)奈緒(なお)がまるで自分の部屋のように寛いでいる。毎度のことながら、なぜ私の部屋に集まるんだろう、とクエスチョンマークを浮かべることが日常だったが、最近ようやく部屋の片付けをしなくて済むからいるのだということに気付いた。

 そんなずる賢い姉達もそれぞれ別のことをしているので、佳織はぼんやりとしながらパズルをしている。単調な作業をほぼ無心で行っていると、何だか色々と思い出す。頭の中でも記憶のピースを探しているように、ふとした瞬間に過去の情景が浮かんでくる。

 ーー本当に、仲良し三姉妹ね。

 家政婦にそう言われて、佳織はつっけんどんに返した記憶がある。内心では嬉しかったのだが、面と向かって言われると中々に恥ずかしいものである。

(仲良し三姉妹……ね)

 佳織の姉である英梨と奈緒は同時期に産まれた。いわゆる双子である。佳織はというとその二年後、この世に生を受けた。

 英梨と奈緒は双子ということもあってか、良く気が合うようで、佳織が産まれてくるまでの間はずっと二人でいることが多かったそうだ。そこに、申し訳程度に佳織が加わることになった。自分でも思うが、蛇足感は否めない。

 お下がりを着せられるのはもちろんの事、育児もどこか雑さがあった。

 ましてや両親は女の子よりも男の子が欲しかったそうで、時折見せる冷たい視線が、酷く怖いと思うときがあった。何故男の子が欲しかったのか、佳織には分からない。恐ろしくて、分かりたくもなかった。

 自分が男の子だったら、どうなっていたのか。考えたことはあるけれど、考えるだけ無駄な時間だと悟ってからは時間を有効に使えるようになった。

「ふぅー」

 佳織は中途半端になっていた部分のピースをはめ終えて一息つくと、ちらりと後ろを振り返った。

 英梨は髪をヘアゴムで結ったまま寝そべって目を閉じている。一定のリズムで胸元が上下しているところからみて、眠っているのだろう。

 奈緒はもう何回も読んでいる絵本を懲りずにまた読んでいた。それはまだ元気だった頃に母親が作った絵本である。絵本作家だった母親の作品は、今は佳織の部屋にある本棚に整然と並んでいる。佳織も昔は母親の絵本を読むのが好きだった。読んで欲しいとお願いしたこともあったが、自分の作った絵本を朗読するのは何だか変な気分だから、と断られたのを思い出す。代わりに読んでくれるのは大抵、次女の奈緒だった。

「ねぇ、奈緒お姉ちゃん。絵本もいいけれど、退屈だから散歩しに行かない?」

「えー? 嫌よ。この島何もないし、外寒いんだもん」

「はぁ……英梨お姉ちゃんは? ていうか起きてる?」

 英梨が声を掛けられて、閉じていた瞼を開けると一瞬だけ佳織を見て首を横に振った。

「もう、正月休みだからって怠けすぎだよ、二人とも」

 佳織がぼやくと、英梨が躰を起こして座り直した。

「あんたは気楽でいいわね。はぁ……」

「どうかしたの? 英梨お姉ちゃん、具合でも悪いの?」

「あのね、あんたはまだ十歳だから分からないかもしれないけれど、私と奈緒はもう十二歳なの」

「それが何なの?」

 たった二年の差じゃないか、と佳織は思った。

「生理、あんたまだ来ていないでしょう?」

「え、生理? あの、血が出るっていうやつのこと?」

「そうよ。もうそのせいでお腹が痛くて痛くて……しんどいから私は横になってるの。つまり怠けてるわけじゃないわけ」

「ふぅん……ごめんなさい」

 教科書を流し読みしているときに知った知識である。英梨が、私と奈緒はもう十二歳、と言っているところからして二人にはもう初潮が訪れているらしい。だったらもっと早くに知らせてくれたっていいのに、と佳織は疎外感を覚えた。

 諦めてジグソーパズルの続きでもやろうかとピースに手を伸ばすと同時に、扉がノックされた。

「あ、お父さんかな?」

 佳織は思考をスイッチのように切り替えて、用事は何だろうと考えながら部屋の扉を開けて歓迎した。

「佳織、ありがとう。退屈していないかい? 朝食はもうとったか?」

 父の雅文がいつになく陽気に入ってきた。

 絵本を読み返していた奈緒が、視線は本に固定したままぶっきらぼうに「食べたよ」答える。何だかお母さんに似ているな、と佳織はこっそり思いながら付け加えた。

「家政婦さんがサンドウィッチ用意していてくれたから、もう食べたよ。ちょっと足りなかったけれどね」

 それを訊くと雅文はにっこりと微笑んだ。

「よし、なら内緒でケーキでも食べようか」

 そう言って手前の佳織、奥にいる英梨、奈緒を順番に見ながら告げた。

「ケーキなんて食べてもいいの?」

「ああ、いいとも。佳織はまたショートケーキがいいかな?」

「うん! 大きな苺が乗ってるやつ!」

「もちろん、乗っているよ」

 雅文は笑顔で返すと、躰を軽やかに反転させてキッチンのある方へと歩いて行った。

 部屋はまた三姉妹だけになる。

「どういう風の吹き回しだろうね」

 英梨が肩を竦めて奈緒を横目でみた。

「さぁ……いい感じにあのよく分からない小説が書けたんじゃない? 佳織は何か知らないの?」

「何も聞いていないよ。お姉ちゃん達が生理来たっていうのをお父さんが廊下にいて聞こえたから、そのお祝いなんじゃないの?」

 佳織が素直に思ったことを口にすると、奈緒が渋面を浮かべて絵本を置いた。

「はぁ? そんな、お赤飯炊くようなことするわけないじゃない。第一、普通は父親に何か言うわけないでしょう? 英梨姉さん、もしかして告げ口したの?」

「言ってないよ。言いづらいからって、生理用品も家政婦さんから内緒で一緒に貰ったじゃない」

「あれ、そうだっけ?」

 英梨と奈緒が話す内容は、佳織の知らない出来事だった。仲良し三姉妹といえど、姉二人はまた別の繋がりがあるように思える。またしても孤独な感情が一瞬心を掠めた。

 程なくして、父がケーキと紅茶を盆に乗せて持って来てくれた。盆を持っておっかなびっくり歩いている父の姿は酷く不恰好に見えたが、嫌いではなかった。

「さぁ、いただきます」

 父が手を合わせて、佳織たち姉妹も手を合わせる。特に何もないというのに、贅沢なお茶会だ、と佳織は不審がったが大好物のショートケーキの前では素直に成らざるを得なかった。

「美味しい!」

「これ、いつものと違うよね?」

「紅茶もいいけど、コーヒーも飲んでみたいな」

 口々に賛美しながら味わっていると、不意にお腹に痛みが走った。

「ごめん、ちょっとトイレ……」

 佳織はそっと立ち上がって足早にトイレに向かう。

 洗面台の前で自分の顔を見る。驚くほど真っ青だった。

 佳織は、双子の英梨と奈緒にはそこまで似ていない。けれど、確かに自分は母である久美子の娘だ。

 母はまだ病ではなかった頃に、私たち三人を帝王切開で産んだ。二人の姉は双子なので、計二回、子宮にメスを入れたという事になる。

 躰の弱い母は、実質三人目である佳織を産む時に苦労したのだという。しかし、一難去ってまた一難。次は帝王切開瘢痕(はんこん)症候群という不妊病になった。これに関しては得体の知れない病名だったので、本で幾度も調べた。現在の医療技術では治療は出来る。だがあいにく、母親の躰がそれを拒むように悪化していった。結果として足を悪くし、早くに認知症までも患った。

 要するに、これから妹も弟も出来ないということだ。父は絶望した顔をしていた。その顔を、表情を、瞳を、声を、唇の動きを、よく覚えている。

 ーー立派に育ちなさい。

 なぜだかその言葉の裏に、お前が男だったら、と言っているような気がした。

 そう、目で訴えられた。

「…………おえっ」

 大好物のショートケーキを吐き出して、胃酸を噛み締めながら顔を洗った。

 もしかして私にも初潮が、と浮き足立ったがそんな事はなかった。私はいつまで子供なんだろう。私だけが取り残されているような気がする。早く、大人になりたい、と佳織は切に願った。

 胃の痛みと虚脱感を残したまま廊下に出て、部屋まで向かう。

 部屋の扉が開いたままだった。

「お父さん?」

 中を覗いても誰もいない。ただ、食べかけ、飲みかけのケーキと紅茶が置いてある。まるでお姉ちゃん達とお父さんが煙になって突然消えてしまったような、そんな錯覚を感じた。

「英梨お姉ちゃん? 奈緒お姉ちゃん? どこにいるの?」

 佳織は無人のお茶会を後にして、トイレとは反対側の廊下に向かって歩き出した。

 静まり返った廊下に声が反響するが、帰ってくる声はない。

「どこに行っちゃったの?」

 母のところに行ってみようかと進行方向を変えると、ふと視界の隅に何か見えた。

 慌てて駆け寄ると、それは見慣れたヘアゴムだった。

(英梨お姉ちゃんのだ)

 ヘアゴムの先は、普段滅多に行くことのない地下への階段である。

「英梨お姉ちゃーん!」

 しばらく待ってみたが、返事がない。三人で私を騙して遊んでいるんだろうか。

 佳織はごくりと酸っぱい唾液を飲み込んで、歩を進める。ゆっくりと慎重に、地下へ続く階段を降りた。

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