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甦る吸血鬼 The Absolute Silver Bullet  作者: 霧氷 こあ
甦る吸血鬼・上
4/30

寂寥コンスピラシーIII

 有栖川みれいは、月ヶ瀬という人物の所有するクルーザーに乗り込み、重たいキャリーバッグを置いた。

 全員の搭乗を確認してから、すぐに家政婦の水沼夕実が操舵室に移動して、クルーザーは心地良いエンジン音を轟かせて埠頭を離れた。

 水沼の話では、今回のミステリーツアーの舞台となる盈月島には片道おおよそ三十分はかかるという。結構な距離があるのか、はたまたクルーザーの速度が遅いのか、みれいには判断しかねる微妙な交通時間である。

「しばらくは、ゆっくりと寛げそうですわね」

 冷たい潮風が吹く甲板の隅で、みれいは伸びをした。すぐ横には、先輩である冴木賢、萩原大樹、瀬戸茜の三人が次第に小さくなっていく大陸を眺めている。操舵室に近い場所では、フリーカメラマンだという天野蛍と、胡乱(うろん)な占い師、落合櫂座の二人がひそひそと話をしている。

 やがて操舵室の扉が開き、ツアー企画者でオカルトミステリー雑誌ディストピアの編集記者である堂島博武と折江名莉丘が出てきた。

「さぁさぁ、皆さん。島まではまだまだ時間がかかりますから、ちょっとした余興を用意しました。良ければご静聴ください」

 帽子のつばを親指と人差し指で挟んだまま、堂島は目尻を寄せて微笑んだ。

「僕はゆっくりと海を眺めているほうがいいな」

 横で冴木が嘆息した。どうも彼はこのツアーに乗り気ではないように見える。予想通りではあったが、みれいは何とか冴木も楽しませたい、と思った。

「海なんか見たってしょうがないわよ、黄昏れるのは一人の時にしなさい」

 茜が冷やかすと、冴木は顔色一つ変えずに姿勢を変えて堂島の方を向いた。

 堂島は全員の視線を浴びているのを確認してから大仰に咳払いをすると、手に持っている紙を見て話し出した。

「えー、それでは我々が考案したクイズに答えて頂きます。徐々にレベルアップしていきますよ」

 それを聞いて萩原が嬉しそうに声を発した。

「へぇ、クイズか。俺そういうの好きなんだよ。有栖川さんは?」

「うーん、クイズっていうのにも種類がありますわよね。例えば、引っ掛けクイズとか……そういうのは少し苦手ですわ」

「あー、引っ掛けね。ああいうの作る人って中々ひねくれてないと出来ないよなぁ。自動車免許取得の筆記問題なんかさ、引っ掛け問題が有名だよな。最近ではもうそんなの馬鹿らしいって気付いたのかあんまり無いらしいけれど」

「私、免許を持っていないのでよく分かりませんわ。茜ちゃんは自動車免許持っていましたわよね?」

「もちろん持ってるわよ。合宿でぱぱっと取っただけで、ペーパードライバーなんだけれどね」

「やっぱり引っ掛け問題とか出ましたの?」

「あんまり記憶にないわね。でも、そういう文章の細かいところに気を配れるような人じゃないと運転は務まらないって意味なのかもね。そういえば、家政婦の水沼さんって、まだ三十路ぐらいに見えたけれどクルーザーを運転できるって凄くない?」

「確かに凄いですわ。うちの家政婦はクルーザーは運転しませんもの」

「え? アリスちゃんの家に家政婦いるの?」

「それ冴木先輩にも同じように訊かれたんですけれど、普通ではありませんの?」

「何かアリスちゃんって、やっぱりどっかズレてるわね……」

 雑談に熱中していると、堂島のよく通る声が耳に飛び込んできた。

「えー、一番正解した方にはうちの雑誌のロゴが記載された帽子をプレゼントします。ちょうど私が被っているこれです」

 堂島がお世辞にもセンスがいいとは言えない帽子を取ってひらひらと振った。参加者はいらないとも言えず、ただ無防備に左右に揺れる帽子を眺めた。

「では、レベル一の問題です。問題文をメールで一斉送信するのでお確かめ下さい。もしメールが届かないようだったらすぐに教えて下さいね」

 そう言い終えてすぐに、配布されていたガラケーが軽い音を発して振動した。

 みれいはスマートフォンしか触った事がなかったので新鮮な気持ちで折りたたまれている携帯を開いて、受信ボックスを確認した。


 折江名莉丘

 降りた絵鉈に多変身してた (タヌキ)


 意味のわからない日本語文の後に、タヌキの絵文字が付与されている。

(絵鉈なんていう単語あったかしら?)

 句読点がない分、よく分からない。タヌキの絵文字は何か意味があるのだろうかと思っていると、正面からまたも電子音が聞こえた。

 画面から顔を上げると、折江名が携帯を操作して堂島に見せているところだった。

「はい、えーと、瀬戸茜さん。正解です! 一ポイント差し上げます」

「あっ、しまった。つい答えちゃったじゃない! 帽子いらないのに!」

 主催者に聞こえる声量で茜が嘆くと萩原が口笛を吹いた。

「流石は茜さん。この程度のクイズはお手の物ですか?」

「いや、こんなのパンはパンでも食べられないパンは何だっていう問題ぐらいありきたりな問題じゃない」

「まぁそうですよね。それに何か、もっといい文面があったようにも思えるな」

「えっ、あの私……全然分かりませんでしたわ」

 困った表情を浮かべてみれいが茜に言うと、僅かに冴木が口元を上げているのが視界に入った。楽しんでほしいとは思っていたが、何だか違う趣旨な気がしてならない。

「やぁねぇ、アリスちゃん。タヌキの絵文字があるから”た”を抜くだけよ」

「あっ、”た”抜きってことですわね? てっきり反対から読んだり、文字を入れ替えたりするのかと思っていましたわ」

「まぁそういうアナグラム的なのもよくあるけれど、今回はタヌキがいたからね。平仮名に戻すと、”おりたえなたにたへんしんしてた”となるから、たを無くして”おりえなにへんしんして”、って読むの。つまり、折江名に返信して、となるわけ。だから反射的に返信しちゃったわ。あーあ、帽子いらないんだけれど、もし貰っちゃったら萩原にあげるわ」

「いや、荷物が増えるし嫌ですよ」

 何とも人気のない帽子だ、とみれいが半ば呆れていると、堂島がにこにこしながら「では、レベル二に移行します」といつの間にか甲板の中央に立って波の音に負けない音量で言った。

 よく見ると、操舵室の方に向かって冴木が歩いていた。先ほどまで近くにいたのに、まるで忍者のように音もなく移動していたせいで全く気が付かなかった。他の人たちも冴木に気付いた様子はなかった。

「では、レベル二です。またメールが一斉送信されますので、ご確認下さい」

 携帯がまた音を鳴らして振動する頃には、冴木は操舵室の中に消えていった。クイズがお気に召さなかったか、あるいは船酔いでもしたんだろうか、少々不安だったが、隣で問題を見て唸り声を上げている茜に釣られて携帯の画面を食い入るように見た。


 折江名莉丘

 二◯一六年の一月になりましたね。ところで、二つのあさひから友を無くしたものが無い月はどこを向いていますか?


「どこを向いていますか……?」

 隣で茜が声に出して問題を復唱した。流石の茜も、すぐには答えが出ないようだった。それを見てか、堂島が満足そうにほくそ笑んでいるのをみれいは見逃さなかった。

「この二◯一六年の一月になりましたねっていう前口上は必要なのか?」

 萩原が真剣な表情で画面を注視しながら呟いた。

 しかしそれに答えるものはおらず、真っ青な海原を突き進むクルーザーが波をかき分ける音が鼓膜を震わすだけだった。

「冴木先輩は分かったかしら」

 みれいは姿の見えなくなった冴木の事を思い出してメールしてみることにした。レベル二のクイズは一斉送信なので冴木にも届いているだろう。

 冴木に答えが分かったかどうかメールを送信すると、ややあって返信が来た。


 冴木賢

 ヒントは待ち受けのカレンダーだね。


 ぞわっ、と鳥肌が立った。まだ数分しか経っていないのに、冴木はもう答えを分かっている。

 やはり彼はみれいの感じ取った通りに慧眼(けいがん)だ、と痺れるような陶酔を味わっていると、堂島が薄ら笑いを浮かべてヒントを掲示した。

「ヒントは、カレンダーです。待ち受けに設定されていますよ」

 一歩だけリードしていたみれいと早くも他の面々が隣に並んでしまって、慌てて思考をクイズに向けた。

「うーん……」

 今年の一月であることが重要なので本文に記載されているのだろう。そして、二つのあさひ、というのも朝日とは書かずに平仮名なのが気になる。他にも漢字は使われている箇所があるのに、何故これだけ平仮名なのだろうか。質問の最後も、どこを向いていますか? という聞きかたなのが不思議に感じた。

 どれぐらい考えていただろうか。

 結局誰も答えを出さないまま、みれいは待ち受けのカレンダーを見ている。

「一月二日は先負って書かれているだけで他には何もありませんわね。茜ちゃん、何か分かったことがあったら教えてほしいですわ」

「うーん、ピンとこないわね」

 すでに茜は携帯を閉じて腰に巻きつけているウエストポーチの中に手を突っ込んでいる。萩原はどこか虚空を見つめたまま屹立(きつりつ)していた。

「アリスちゃん、ガム食べる?」

「いただきますわ。茜ちゃん、いつもそのポーチ付けていますわね」

 みれいが茜からメンソールのガムを受け取りながら訊くと、茜が婀娜(あだ)めいた目つきをした。

「ふっふーん、良いところに着目したわね。これは”茜式探偵七つ道具”よ」

「探偵七つ道具?」

 萩原が我に返ったように会話に参加した。茜がもう一枚ガムを取り出して萩原に手渡すと、ポーチの中に再び手を突っ込んだ。

 未来の秘密道具が現れるような高揚感の後に現れたのは、小型デジカメ、ボイスレコーダー、マグライト、方位磁石、ペン付き手帳、玩具の手錠、そして小さなナイフだった。

「えっ、茜さん。こんな果物ナイフみたいなの持ってきていたんですか?」

 萩原が双眸(そうぼう)を見開いて驚愕していると茜は人差し指を天へ向けて「チッチッチ」と舌を打った。

「馬鹿ね、本物じゃないわよ。ダミーナイフっていうジョークグッズ」

「なんだ……にしても手錠とか、ダミーナイフとか、本当にこれ探偵七つ道具なんですか? 何か俺の思っているような探偵のイメージと違うなぁ」

「警棒とかならまだしも、ダミーナイフなんて持っていると犯人側っぽいですわね。あ、でも茜式って……」

「アリスちゃんよく分かってるぅ。まぁ私にとってはこれが七つ道具なわけ。若干のハードボイルド感あるでしょ」

「そ、そうですわね」

 冴木もよっぽど変わり者と称されているが、茜も冴木と負けず劣らない奇矯な片鱗がある、と感じ取った。うちのミステリー研究会だけが稀有なのか、どこも似たり寄ったりなのか、みれいには判断しかねる問題だった。まさにミステリークイズとして出題されても良い問いである。

 操舵室の扉が開く音がして反射的に視線を向けると、みれいの脳内会議で噂の渦中にいる冴木が立っていた。

「あの、もうすぐ盈月島に到着するようですよ」

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