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甦る吸血鬼 The Absolute Silver Bullet  作者: 霧氷 こあ
甦る吸血鬼・下
29/30

夜霞ヴァンパイアⅤ

 食堂に集まっている全員の視線が一瞬にして折江名に集まり、折江名は身を強張らせた。

 冴木賢はただ無表情で折江名を見据える。しかしそれもすぐに遮られた。

 折江名の隣に座っていた堂島がすかさず身を動かし、折江名を庇うように立ちはだかった。力のこもった視線は彼が初めて見せたものである。

「ちょっと、冴木さん。莉丘が犯人なわけないでしょう。変な言いがかりは止めてください。第一、決定的な証拠が何もないじゃないですか」

「そ、そうですよ。冴木さん」天野が怒り心頭な堂島と、冷静な冴木を取り繕うように言った。「友人の、大樹さんが亡くなったのだから気持ちは分かるけれど……」

「そうだ、天野さんの言う通りだ」堂島が失地回復とばかりに声を張り上げる。「灯台で起きた事件のときだって、莉丘は俺や天野さん、それに落合さんとも一緒にいたんだ。どう考えたって出来るわけがない!」

「それに関しては、この携帯をみれば分かります」

 冴木は努めて冷静に携帯を取り出した。裏には萩原、と書かれている。

「萩原さんの携帯がどうしたっていうんだ」

「折江名さんから来たメールは既読になっていないんですよ。この携帯はメールが来たら新着メール通知が来ます。決定キーを押せばすぐ受信メールへ画面が移行してメールが読めますよね。でも、萩原はなぜか受信メールは見ずに折江名さんに返信をした」

 冴木は一番右手前にいた天野に携帯を手渡した。天野は真剣な面持ちで画面を確認して頷くと、今度は隣に座る落合に渡しながら発言した。

「確かにメールを開いていないね。これじゃあ誰から送られたかは分かるけれど、内容まで分からないよ。ね、カイちゃん」

「う、うん……メールは読まれていないのね」

「そう、萩原はどうしてメールを読まずに辻褄の合う内容のメールを返信出来たのか」冴木は噛み砕いて無くなったキャンディーの棒を手に持ちタクトのように上下させる。「それは萩原がメールを送っていないから出来たんだ」

「は?」堂島が机を叩き、カップが音を立てた。「冴木さん、自分が何を言っているのか分かってんのか?」

 周りの人間が大きな物音で躰を震わせるなか、茜だけが静止したまま呟いた。

「そうか、送信予約ね……」

「そうです、瀬戸先輩。萩原から来たメールは全員が食堂に集まると予想される六時ちょうどに届きました。犯人はあらかじめその時刻にメールが送信されるように細工していたんです。送られてくる内容が分かるなら、意味の通じる文になるようメールを送信すればいいんですからね」

「ま、待って冴木。つまり犯人ーー折江名さんは灯台で二人の人間を殺してからメールの細工をして雪が降り積もる前に館に戻ってきていた、ということ?」

「それしか考えられない」冴木は再びポケットから棒付きキャンディーを取り出す。包みに記された文字はシーフードカレー味だった。「予定外の殺人だったからね」

「予定外の殺人?」

「犯人は水沼さんだけを殺す目的だったんだろう。しかし、萩原が瀬戸先輩と別れた後に外に行く二人を目撃して後をつけた。同じ体格ぐらいの水沼さんを突き落とすのは、楽だったんだろうけれど、萩原は長身だからナイフで刺すしかなかった。その後ペンかなにかで首に跡をつけたんだろう」

「どうして水沼さんを殺す必要があるのよ」

「知ってしまったからね。水沼さんのお腹に赤ちゃんがいると」

 天野と落合に関しては初耳であるが、堂島や折江名には届いている情報である。

「私のせいですわ……」みれいが両手で顔を覆った。「私が口を滑らせたせいで、水沼さんが、それに萩原会長まで」

 冴木はゆっくりみれいに近付いて、肩に手を添えた。

「いいかい、有栖川君。悪いのは君じゃない」

 悪いのは、と言いかけて口を噤んだ。

 果たして悪いのは誰なのか? 人の気持ちは推し量れない、犯人にも何かのっぺきならない事情があったのかもしれない。そして、まだ引っかかることがあった。

 隣でまだ何か考えていたであろう茜が、横目で折江名を見据えた。

「でもどうして、月ヶ瀬夫妻と、水沼さんを殺したわけ? 今日初めてこの島に来たっていうのに、動機は何なのよ。娘っていうけれど、三姉妹が実在したとして島に居たとは断言出来ないし、生きているとは思えないわよ」

 折江名は無言で堂島にしがみついている。先ほどまで威勢の良かった堂島は、今はすでに心ここに在らずといった様子で立ち竦んでいた。

「茜ちゃんの言う通りですわ、冴木先輩。どうして折江名さんが雅文さんの娘なんですの?」

「君にとってはレベル一だね」

「え?」

「言葉の入れ替えだよ、有栖川君。りおか(、、、)を反対から読むと、かおり(、、、)。折江名、というのも、英梨、奈緒、の二つを入れ替えて作られたものだね」

「えっ、あ……本当ですわ……!」

「つまり、そういうことだよ。三姉妹は実在した。何らかの理由で一人、佳織さんだけ残されたのだろう。十年前の家政婦の証言や、久美子夫人が語った細かい娘の詳細と妊娠した証、そして雅文さんが執筆した、その血は誰がため、がそれを物語っている」

「そんなことって……」

 みれいが顔をあげると同時に、彼女の携帯が音を鳴らした。

「折江名さんからですわ」みれいはメールを読むと立ち上がった。「萩原会長の遺言って……なんですの?」

 みれいが恐る恐る折江名の元に辿り着くまでの間、冴木にはなぜか世界がスローモーションに見えた。胸の奥で何かが叫んでいる。

 あの時と同じ、妙な違和感。

 シックスセンスだ。

 それに気付いたときには、もう遅い。

 突然、折江名が横にいた堂島を突き飛ばした。

 座っていた天野と落合にのしかかるように堂島が倒れ、悲鳴が上がる。すぐに茜が立ち上がったが、折江名がテーブルにあったカップを投げつけると茜の顔に命中してカップが粉々に砕け、床に飛散した。

 そしてみれいの細い首に、ナイフが突きつけられていた。

「さ、冴木、先輩……」

「……ッ、折江名さん」冴木は慎重に呼吸を整える。「萩原の遺言というのは嘘ですね?」

 折江名はたっぷり時間をかけて頷いてから、不気味に口角を上げた。僅かに覗いた瞳は、焦点の定まっていない不安定な状態だった。

「有栖川君を離してくれないか、人質なら僕が代わりになる」

 折江名は首を横に振った。

「萩原に続いて、有栖川君にまで被害を加えるというなら僕だって容赦しない」

 冴木は、食べかけのキャンディーをコーヒーカップの下にあるソーサーに置く素振りをして、堂島たちの方を見た。三人とも蛇に睨まれた蛙のように硬直している。冴木の左側では蹲った茜が目に手を当てて折江名を凝視していた。カップの破片のせいか、抑えた手の隙間から血が流れ出ていた。

 手元にある冴木の携帯が音を鳴らす。


 折江名莉丘

 大切なものを奪われることがどれだけ苦しいか、あなたにはわかる?


「冴木、先輩……」

 みれいのか細い声を聞いて、沸騰しかけていた血液が沸点に達しかける。激情に我を忘れかけたと同時に、みれいがウインクした。

 ーー瞼が痙攣しているようにしか見えない。

 元旦に交わしていた通し(、、)のサイン。

 刹那、みれいが折江名のナイフを持った腕を掴んで前方に倒れこんだ。冴木はほぼ同タイミングで駆け寄る。

 しかし、首元に当てられていたナイフとの距離に比べれば、少し早く駆け出せたところで得られたものは微小な差だけだった。

 ナイフがみれいの首元に押し込まれる。

「有栖川君!」

 冴木の意に反して、地面に倒れ、縺れたみれいと折江名は動きを止めず交戦した。冴木が折江名からナイフを取り上げ、刃先を見る。

 そこに血液は付着していない。

 迷いも一瞬で、遅れてやってきた茜が手を差し伸べてきたのでナイフを手渡した。既に堂島が動き出しており、折江名の動きを封じるのは容易だった。

「莉丘! 頼む、もう止めてくれ!」

 いたたまれない叫びで、折江名は糸が切れた操り人形のようにだらしなく手足を放り出す。

 荒い呼吸音が連鎖して、折江名は声も出さず涙を零す。上から押さえ込んでいる堂島もぼろぼろと涙を流して、二人の涙が混ざり、床に染み込んでいった。

 みれいが咳き込みながら冴木の元に(いざ)ると、そのままの勢いで抱きついてきた。冴木も思わず脱力して、だらしなく座り込む。

「……有栖川君、怪我はない?」

「何とか、大丈夫ですわ」

「そうか……ところで、あのナイフは一体なに?」

「あれは茜ちゃんの持っていたダミーナイフですわ。探偵七つ道具の一つで……」

「は……?」

 冴木は顎が外れるかと思うほど呆れた。横で茜がナイフの先端を手のひらに押し付けていた。ナイフの刃は引っ込んで柄の部分へ消えていき、刺さらない仕組みになっているようだった。

「てへ、ごめん。無くしていたウェストポーチに入ってた茜式探偵七つ道具を盗まれていたみたい」

 相手が先輩でなければ舌打ちしかねないところだったが、舌を出す茜の片方の瞼から血が流れており、怒るに怒れなかった。

「はぁ……全く、肝を冷やしたよ」

「それにしても冴木先輩、人質なら僕がなる、って……私不覚にもキュンとしましたわ」

 冴木は食べかけだったシーフードカレー味のキャンディーをソーサーから拾い上げると、みれいの口に突っ込んだ。

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