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甦る吸血鬼 The Absolute Silver Bullet  作者: 霧氷 こあ
甦る吸血鬼・下
28/30

夜霞ヴァンパイアIV

 瀬戸茜は、食堂で静かに煙草を味わった。当然、味なんて感じていられない。ただニコチンを摂取したかっただけで、殆ど水を飲むのと変わらない習慣である。

 結局、灯台で発見した水沼夕実の死体は、回収不可能ということで放置された。冷たい海水の近くで雪に埋もれていく彼女のことが気がかりで仕方がなかったが、灯台の裏側は岩が不規則に散らばっていて足場がかなり悪い。それに雪がプラスされることで更に危険度が高く、これではミイラ取りがミイラになってしまう、と断念する羽目になってしまった。

 唯一運び出せたのは萩原の死体であり、冴木と堂島が書斎に寝かせた。

 ついに、萩原を下の名前で呼ぶことは叶わなくなってしまった事になる。

 茜は体内に残留するやり切れなさと共に煙を吐いて、静かな食堂を見渡した。

 座っているのは、正面に折江名莉丘。彼女は長い前髪の下でどんな目をしていて、今どんなことを考えているのか、全く分からなかった。

 茜から見て右側、折江名からすると左側になるが、センスのない帽子をいまだに被っている堂島博武がいる。彼は小刻みに貧乏ゆすりをしながら、頭を抱えていた。

 更に隣に、血を吸われたように青白い顔をした落合が水晶玉に魅入られているように虚ろとしている。心配そうにその様子を窺う隣の席の天野が、水晶玉に映っていた。

 茜の右隣には、みれいが座っている。

 つい先ほど、彼女から萩原殺害の容疑をかけられた。みれいはあの後すぐに、気が動転していて思ったことをつい口走ってしまったと謝罪してきた。しかし、みれいの推理は確かに一理ある、と感心している自分が居たのも確かである。

 みれいの隣には冴木がいる。冴木はみれいの推理に矛盾を突きつけた。

 それは萩原に食堂に来るようメールで促したのが折江名であった、という点である。茜が萩原だと偽装メールを送るのなら自分でメールを送るほうが確実性が高い、もっと早くに部屋で意見交換している際にでもしておけばよかった、と彼は語った。しかし、反論にしては弱いな、と茜は思った。

 冴木が説明した理由よりも、もっと確信めいた何かを彼は手にしている。そんな気がした。

 それにしても、全く事件の真相が見えてこないというのが屈辱だった。

 吸血鬼、という言葉が頭の中でこだましている。そんな非現実的なものが犯人とは思えない。いや、思いたくなかった。

 吸血鬼から離れようと思考を変えると、みれいに教えた本のタイトルが浮かんだ。そして誰もいなくなった、もしかしたらこれは無差別殺人で、全員殺されてしまうのかもしれない。

 そんな馬鹿な、と言いかけたところで妙案が浮かんだ。

「やっぱり、水沼さんが犯人なのかも」

 食堂に存在する数多の眼球が茜を捉える。

 全員の視線をくすぐったく思いながら、茜は立ち上がった。

「月ヶ瀬夫婦殺害も、鍵束を持っていた彼女なら犯行が可能。そして、多分携帯をしまった金庫なんかも、食事の時か、夜中に持ち出したのよ。クルーザーの鍵も隠して、吸血鬼のせいに見せかけるために血を抜いて鍵を掛けた。鍵束をしっかり持っていたのは自分が犯人だと真っ先に疑われる状況を犯人が作るはずがないという解釈を逆手にとったのよ。なぜツアー中にやったのか、に関しては吸血鬼のせいにできなくても濡れ衣を着せる手駒が増えるからだと思うわ」

「で、でも灯台の殺人は?」天野がカメラを優しく握って質問した。水沼の死体も撮影したカメラである。「水沼さんはどうして飛び降りたりしたの?」

「それは……多分、萩原があたしと別れたあとに何か決定的な瞬間を目撃してしまった。そしてそれは水沼さんも気付いた。だから灯台に呼び出して、口封じのたまにナイフで刺したのよ。でも、元々殺すつもりではなかった為に罪の意識に苛まれた、あるいは吸血鬼のせいにするためには自分も死ぬ必要があった……」

「そんなことって……」

「でも、これ以外に方法はないのよ」

 茜が声量を上げて言い放つと、あとには静寂のみが残った。

 しかし、その静寂も長くは持たなかった。

「そうか……。有栖川君、ちょっとポットのお湯をカップに入れて持ってきてくれないかな」

「えっ、お湯ですの?」

「うん」

 全員が押し黙るなか、まるで二人だけ別の世界にいるように淡々と物事が進んだ。流石の茜も、何も口出し出来なかった。

 みれいが立ち上がって納得いかない様子でキッチンへ向かっていく。自然と目でその姿を追ったが、すぐに冴木に照準を合わせる。

「ちょっと冴木、何の真似?」

「まだ待ってくれ。確かめることがある」

 冴木は徐に立ち上がって食堂を出て行った。

 茜は首を傾げることしかできず、呆然としているとキッチンからみれいが戻ってきた。

「あれ、冴木先輩はどこですの?」

「さぁ……」

 気の抜けた返事を返していると、しばらくして冴木が戻ってきた。手には、魔除けの十字架が握られている。

 冴木以外の全員は何がしたいのか意味が分からないといった様子でただ見ていることしか出来なかった。

 冴木がポケットからもう一つ魔除けの十字架を取り出した。それは地下で礼拝堂の扉にあったものだとすぐに気付いた。しかし、形がおかしい。

「え、なにそれ、どうして蛇が剥がれているのよ」

「これ、下の部分が剥がせるように出来ているんだ。そして十字架部分は鍵になっている」

「は? え、うそ……」

「そして……これは書斎の魔除け」冴木が新しく持ってきた魔除けの下部をいじった。「よし、外れた」

 冴木がスプーン曲げをするように力を込めて白蛇を剥がしていく。途中でその手を止めて十字架を見やすいように突き出した。

「これが密室の謎。僕たちはみんな、吸血鬼という存在のせいで、十字架を魔除けと説明されて納得していたけれど、実は部屋の合鍵を外に吊るしていたというわけだね。瀬戸先輩が吸血鬼が霧になって窓から出入りしたのかも、と言っていたんだけれど、初めて来た人でもそう思うぐらいなんだから、本当に吸血鬼から身を守るためなら窓にも魔除けをするはずなんだ。しかし、魔除けは扉にしかない。それがどうも不思議だったんだ」

「でも……冴木先輩、それ元に戻るんですの?」

 みれいの質問は茜も訊きたいことだった。

 冴木は僅かに頷いてから、緩慢な動作でカップを手元に寄せる。

「それを今から確かめよう」

 冴木はみれいが持ってきたお湯が入っているカップに、鍵の部分を浸した。

 ややあって取り出した鍵は、もう鍵ではなかった。

 蛇が、絡みついている。

 冴木が最後の一押しのように蛇の頭を押すと、小さくカチッと音がして再びウロボロスの輪が完成した。

「え、なんで?」天野が目を丸くして訊いた。「どうしてお湯に入れたら戻るの?」

「この白蛇は特殊な金属、恐らく形状記憶合金で出来ていて、お湯の温度で元に戻ろうとしたんだ。そして留め具のようなものが蛇の口にあるのか、ぴったりと最後は嵌め込めるようになっている。すごい手が込んでるけれど、書斎にある雅文さんのデスクには特注品と思われる品が多々あった。例えばそう、ボールペンとかね。だからこれも特注したんだろう」

 茜は開いた口が塞がらなかった。形状記憶合金はたまたまみれいの下着のことで話した事だ。

 冴木はもうやるべきことはした、と言わんばかりに魔除けをテーブルに置き、ポケットから今度は棒付きキャンディーを取り出して味わいだした。

「でも、なんで合鍵が礼拝堂にも? あそこは南京錠で他の部屋の鍵とは全然違うわよ」

「あれは予備か、あるいは本当に魔除けとして置いておきたかったんだろう。礼拝堂には籠目や、十字架があったぐらいだからね」

 冴木が饒舌(じょうぜつ)に話している様は、異様だった。そして、震撼した。

「犯人はこの魔除けが鍵になる、という事実を知っていた」冴木はぐるりと一同を見た。「まず、犯人は書斎で雅文さんと会った。そして何かしらの方法で気を失わせたか、あるいは毒殺などで外傷もなしに無抵抗な状態にした。そこから注射器で血を奪う。その後、雅文さんの持っている久美子夫人の寝室部屋の鍵を使って今度は久美子夫人も殺害した。抜いた血はワインボトルか何かに詰めたのかもしれない。ともかく犯人は犯行を吸血鬼だと思わせたかったんだろう」

 確かにその方法ならば、密室は可能だと茜は思った。殺害方法も、計画殺人なのだから毒物でも用意していたのかもしれない。

「そして犯人は二人を殺害したあと、久美子夫人の寝室部屋の鍵を雅文さんに戻して、部屋を出た犯人はこの魔除けを使って書斎を施錠する。最後に鍵から魔除けに元に戻して堂々とドアノブにかけた」

 冴木の推理に皆が聞き入っている。茜は、まだ燻っていて納得できない部分をひねり出すのにたっぷり十秒はかかった。

「冴木、やっぱりまだ腑に落ちないことがあるんだけれど」

「なに?」

「雅文さんの書斎は、家政婦でも入れさせない場所よ? そこにどうしてツアーなんかできた犯人を入れるわけ? それともやっぱり家政婦の水沼さんが犯人だっていいたいの?」

「いいや、犯人は水沼さんじゃないよ」

「なら、どうして雅文さんは犯人を書斎に入れたのよ。防音加工を施すほど仕事部屋として徹底していたのに」

「それは簡単なことだよ。犯人は、雅文さんの実の娘だったんだ。だから入室を許可した」

 冴木が棒付きキャンディーを噛み砕いた。

「そうですよね、折江名莉丘さん」

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