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甦る吸血鬼 The Absolute Silver Bullet  作者: 霧氷 こあ
甦る吸血鬼・下
27/30

夜霞ヴァンパイアIII

 冴木賢は食堂で椅子に腰掛けて、礼拝堂の入り口に括り付けられていた魔除けの十字架をぼんやりと眺めていた。

 冴木の手のひら、といっても手首から第三関節ほどまでの大きさの十字架は、銀の装飾が施されており、その周りに白い蛇が巻きついている。

 白蛇は二匹絡みついている。十字架のてっぺんともっとも長い根っこの部分で、互いが互いの尻尾を咥えていた。

 二匹の蛇。

 ウロボロスの輪。

 それが意味するものとは。

 不老不死。

 永劫回帰。

 始原性。

 全知全能。

 破壊と、

 創造。

 そして、

 死と、

 再生。

 ふと、地面に落としたときの衝撃のせいか十字架の下に位置する白蛇の口元が綻んでいるのに気付いた。

 僅かに欠けた銀の装飾の部分に爪を当ててみる。

 心地の良いカチッ、という感覚が爪先を刺激した。

 白蛇は、咥えていたもう一匹の尾を吐き出した。力を加えると、巻きついていた白蛇は少しずつ十字架から剥がれていく。

 隠れていた十字架の本体が姿を表した。

 表面がでこぼこして、側面が窪んでいる。

 その姿はまごう事なき、全ての謎を解く文字通りのキー(、、)だった。

 同時にポケットの中で微弱な振動が起きる。冴木は白蛇を戻そうとしたが上手く戻らなかったためポケットに押し戻して代わりに携帯を取り出した。

 新着メールを開封する。


 有栖川みれい

 萩原会長がナイフで刺されて倒れていますわ


 冴木は弾かれたように椅子から立ち上がって駆け出した。メールの文面でも、ですわ、という口調なのかと考える暇もなかった。

 すぐ後ろで何か声を掛けられた気がしたが、もはや関係のないことに思える。

 急いで靴を履いて玄関から外に出ると、降り積もった雪にくっきりと二人分の足跡が残っていた。みれいと茜のものである。

 ほぼ差異のない足跡を携帯のライトで照らしながら追いかけて灯台に着くと、開け放たれた扉から螺旋階段が見えた。二段飛ばしで駆け上がると、上りきった場所にみれいが座っている。その瞳は涙で濡れ、冴木を見るなり力なく縋り付いてきた。みれいからはいつもの元気な様子は微塵も感じることが出来ない。

 その奥に、茜と萩原がいた。

 萩原は床に倒れており、茜が様子を見ているようだった。

「萩原は、助かる、のか?」

 息を整えるのも忘れたまま訊くと、茜が悲愴に満ちた表情を向けてゆっくりと首を横に振った。

「ダメ……冷たくて、脈もない。それに首元にまた傷がある。今回は多分、ペンか何かで後付けしたみたい」

「そんな……携帯は?」

「胸ポケットにあったわよ」

 冴木は掠れた声で話す茜の元に歩いた。自然と視界に萩原だったものが入る。瞳を閉じている蒼白の顔面は、生前の萩原とは似て非なるものに思えた。大きないびきはもう聞こえない。

 長年の親友が亡くなった。

 しかし、追悼するには早い。

 冴木には萩原が、死を悲しまずにこの事件の犯人を見つけ出してくれ、と懇願しているように思えてならなかった。

 冴木は茜から携帯を受け取るとまず受信メールを見た。

 昨日のクイズメール。天野蛍との他愛もない会話。今朝のレベル三メール。そして、六時前に折江名から送られているメール。これだけ未開封だった。

 続いて送信済みメールを確認する。最新の送信メールは六時ジャストに送られた折江名宛てのメールだった。文面も、一字一句間違いない。

 いつの間にか、後ろにみれいが立っていて画面を覗き見していた。

「萩原会長は、六時までは生きていたんですの……?」

 震えるみれいの声を確かに聞きながら、冴木は深く息を吸って、吐いた。

「もしそうだとすると、雪に足跡がついていないのはおかしい」

「ええ、それに六時以降は水沼さん以外の皆さんで食堂にいましたわ」

「またしても」茜が鼻をすする。「水沼さんが怪しいわけ?」

「でも水沼さんはここにはいないようだね」

 まだ心の中では現状を受け入れ難いと不安が暴れていたが、ポーカーフェイスを貫いた。

 ようやく訪れた心中の静寂とは裏腹に、ばたばたと足音が聞こえて堂島、折江名、天野、落合が合流した。

 全員が皆一様に唖然とした様子で押し黙り、萩原を視認したのか落合が屈みこんで嘔吐した。天野が手を貸すかと思ったが、彼女も口元に手を添えて慟哭(どうこく)し、余裕がないようだった。

「そんな……」堂島が苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる。「くそ、どうしてこんな……」

「堂島さん、この灯台に上るには螺旋階段しかありませんか?」

「は? 冴木さん、今そんなことを話している暇ではないでしょう、あなたのご友人が亡くなられたというのに、なんでそんな平気でいられるんですか?」

「彼のためです」

 冴木は真っ直ぐ堂島を捉えて言った。冴木に縋り付いていたみれいは小さく震えるだけで、何も言わなかった。

「分かりましたよ、冴木さん。ここは前に一度見せてもらいましたが、螺旋階段からしか上れません。それに木の扉には南京錠があるはずですが……」

「それなら開いていましたわ」みれいが茜に顔を向けた。「そうですわよね、茜ちゃん」

「そうね。確かに開いていたわ」

「では、質問を変えます」冴木は一同を見渡す。「雪が積もりだしたのはいつ頃ですか?」

 それを聞いて、天野がカメラを握って深呼吸してから話し出した。

「私、見ていました。それに写真も撮ってあります。確か、五時過ぎに雪がより一層強くなってきていて、積もってきていました」

 天野の証言をもとに推理すると、ちぐはぐな点がより一層浮き彫りになる。

 冴木はみれいを引き剥がして萩原に近付くと、髪の毛を確認した。

 昨晩はしたシャンプーの香りはしない。まだ入浴していない状態だと把握することができた。

 萩原が茜と別れたのがおよそ四時半すぎ。彼は風呂に行かずにこの灯台に来たことになる。そして、雪が積もっていくなかで六時に折江名にメールをした。

 冴木は自分の携帯を取り出してみれいからのメールが届いた時間を確認した。六時四十分。

 つまり、四十分の間に萩原はナイフで刺殺されたことになる。当然ながら、六時ちょうどは水沼を除く全員が食堂に居合わせていた。

「堂島さん、僕たちが萩原と水沼さんを探している間に、食堂から外へ出た人はいますか?」

「いないよ、そうだろう、皆」

 折江名、天野、落合が頷いた。

 もちろん、みれいと茜は冴木といた。犯行現場に向かえる人は居らず、足跡もない。

「冴木の言いたいことは分かるわ」茜が呟いた。「誰もここに来れなかった。でも、一人だけいるのよ」

「水沼さんですわね」

 みれいはもう顫動(せんどう)しておらず、真剣な面持ちだった。

「そう。でもその水沼さんがここにもいないとなると、丸っ切り分からない」

「もう一人いますわ……」

「え? 何言っているのよアリスちゃん。この島に私たち以外の人物が潜んでいる、とか言い出すんじゃないでしょうね。実はその質問はあたしが鍵を貸してもらうときに水沼さんとしているわ。誰も来ていない、と断言していたし、もし可能性があれば彼女自身が疑われているときに自分の無実を証明するために教えるはずよ」

「違います、茜ちゃんですわ」

「…………自分の言っていることを理解しているわけ?」

 冴木はなるほど、と思ったが口にしなかった。みれいは静かに意見を述べる。

「萩原会長の携帯は、茜ちゃんが発見しましたわ。でももし、実は現場検証をしているときに萩原会長から携帯を受け取っていて、風呂に行かせたといいながら本当は灯台で殺害をしたのかもしれませんわ。そして六時前に萩原会長が食堂に現れないということになって、萩原会長がさも生きているかのようにメールをして、死体発見と同時に携帯をポケットに戻した、とも考えられますわ」

「アリスちゃん……本気であたしを疑っているの?」

 すると、真っ青な顔をした落合が急に矢継ぎ早に話し始めた。

「有栖川さん、違うわ、吸血鬼よ、絶対そう、それしか、考えられない、吸血鬼は、蝙蝠に、なれるの、だから、きっと、殺したあとに、飛んで、逃げた、だから、足跡もない」

「カイちゃん、落ち着いて」

 天野が気を持ち直したのか、落合をぎゅっと抱きしめた。

「蝙蝠、か……」

 茜が独り言のように言って、懐中電灯を海の空に向けた。雪の他にも霧がある。ライトの光は乱反射してあまりその役目を果たせていないように感じた。

 茜が緩慢な動きで手摺に近寄り、ふとライトを下に向ける。そして、後ずさった。

「どうかしましたの? 茜ちゃん」

 茜は金魚のように口をパクパクとさせて、絶句していた。

 冴木は茜のライトを受け取ると、茜が照らしていたであろう場所を照らしだす。

 岩礁に波が押し寄せている。

 岩肌には雪が積もっており、一部分は波にさらわれていた。

 その手前、灯台の根元にそれはいた。

 白と黒に赤が混ざり、それらを隠すように更に白が上塗りされている。

 水沼夕実の死体が、無残に転がっていた。

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