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甦る吸血鬼 The Absolute Silver Bullet  作者: 霧氷 こあ
甦る吸血鬼・下
26/30

夜霞ヴァンパイアII

 新たな情報を仕入れている間にすっかり外も暗くなり、手伝うと言っておきながら結局六時ぎりぎりにキッチンに顔を出した有栖川みれいは、小首を傾げた。

「あれ、水沼さんがいませんわ」

 キッチンには何時間か前に見たときと同じ状態で食材たちがラップに包まれている。大きな冷蔵庫の中も、変化がなかった。

 茜もキッチンにやってきて現状を把握したのか疑問を浮かべた。

「水沼さん、六時に夕飯だって言っていたんでしょ?」

「ええ、おかしいですわね」

「疲れてつい寝ちゃったのかもね、色々あったし」

「うーん……うっかりするような人には見えませんけれど、探しに行きましょう」

「それはいいけれど」茜が呆れたように腕を組んだ。「萩原もまだ来てないのよ」

 みれいと茜は釈然としないまま食堂に戻った。

 食堂には冴木、天野、落合がすでに座っている。そこに、ちょうど堂島と折江名がやってきた。堂島は頭が微かに濡れているので風呂にでも行っていたのだろう。

「あ、堂島さん。萩原会長を見かけませんでした? お風呂に行ったみたいなんですの」

「え、萩原会長って……あの背の高い男の子だろう。見なかったよ」

「そうですか……分かりましたわ」

 嫌な予感がした。

 胸騒ぎのような何かは折江名も感じ取ったのか、彼女は携帯を素早く取り出して操作し始めた。恐らく、萩原にメールを送っているのだろう。

 ややあって、六時を知らす柱時計が鳴った。夕餉(ゆうげ)の席には水沼と萩原がいないことになる。

 そして、ほぼ同時刻に折江名の携帯から音が鳴った。全員が視線を向けたので、折江名は長い前髪の下で頬に含羞(がんしゅう)の色を浮かべながら隣にいた堂島に画面を見せた。

「先に食べていてください。すぐ向かいます、だそうですよ」

 何人かは納得した様子だったが、みれいはまだ腑に落ちなかった。

「茜ちゃん、どちらにせよ水沼さんが見当たりませんし、ついでに探しに行きましょう。鍵もまだ返していませんわよね?」

「そうね」茜が冴木に向けて手招きした。「ミス研で穏便に済ませましょう、全く世話のかかる助手だわ」

 結局みれいと茜、冴木で分担して殺害現場以外の一階と、二階も見て回ったが二人は見当たらなかった。

「地下はどうですの?」

「まさか……いやでも見に行ったほうがいいかもしれないわね」

 茜自身は、萩原と逍遥(しょうよう)した時と現場検証の後で計二回地下を訪れているので、茜を先頭にしてみれいと冴木が続いた。

 ワイン樽がある場所には人の気配が全くなく、礼拝堂も南京錠が掛けられたままだった。

「流石におかしいね」冴木が眉をひそめる。「ここの鍵は?」

「鍵束にあるわよ。どれかな」茜がポケットから鍵束を取り出して一つずつ試した。「よし、ビンゴ」

 南京錠が外れて、鎖が音を立てて落ちる。同時に魔除けの十字架も、括り付けていた紐が千切れて離れたところに滑り落ちた。

「あ、魔除けが……ちょっと冴木持ってなさい」

 茜が軽く拾い上げて冴木に渡すと、冴木は嫌そうにポケットに魔除けをしまいこんだ。棒付きキャンディーも沢山入っているだろう冴木のポケットは四次元空間にでも繋がっていそうだ。

 そうこうして、ようやく見た礼拝堂は、だだっ広い空間で神聖というよりは禍々しいオーラが充満しているように感じた。

「何だかここ……薄気味悪いですわ」

「確かに長居したくはないところよね。今にも呻き声とか、怨嗟(えんさ)の声が聞こえてきそうというか、お化けが出そうというか……吸血鬼がいたりして」

「茜ちゃん、冗談に聞こえませんわ」

 みれいは辺りを見渡しながら祭壇の裏手にある場所まで歩く。そこで自然と足が止まった。

「六芒星の魔方陣ですわ」

 床にくっきりと大きな六芒星の模様があり、その周りにも小さな六芒星が刻まれていた。

「そうそうこれね、連続文様のもあるから籠目(かごめ)よね」

「籠目、ですの?」

「要するにこれも魔除けよ。節分で柊の小枝と焼いた(いわし)の頭を門口に挿す柊鰯(ひいらぎいわし)なんかも魔除けね。あれは悪臭とかで魔を払うんだろうけれど、吸血鬼が嫌うニンニクとかと大差ないわよ。ほんと、案外そういった魔を避けるものって多いのよね。ここは特に顕著で十字架まであるから、吸血鬼を恐れていたんだと思うわ。あるいは、封印していたのかも」

「……ますます気味が悪いですわ」

 床には籠目という魔除けの印に、祭壇の上には大きな十字架。辺りの壁をもう一度見てみると、低い箇所に一部修繕されたのか色の違う板が打ち付けられていた。

「いませんわね、早く戻りましょう」

 みれいたちは逃げるように礼拝堂を出て施錠すると、一階に戻った。現世に戻ってきたような安心感の中、水沼と萩原がいないという不安がふつふつと蘇ってきた。

「あと行っていないところはどこですの?」

「言うまでもないけれど、久美子夫人の寝室と書斎よ。でもあたしが施錠したからいないわよ」

「念のために行こう」冴木が冷静に言う。「他にはないわけだからね」

「はいはい、そうね」茜が敵愾心(てきがいしん)を込めて吐き捨てた。「絶対にいないけれど」

 一触即発の中、久美子夫人の寝室に辿り着いて茜が開錠した。

 未だにベッドの上で眠っているように久美子夫人がいる。顔にはタオルがかけられており、躰は掛け布団で覆われていた。

 しばらく滞在したが、クローゼットなどに隠れているわけもなく、(ねや)の捜索は空振りに終わった。

「ここにもいませんわね」

「次は書斎ね、行きましょうアリスちゃん」

 茜が意図的に冴木を拒むように歩き出して、どちらに気を使うべきが目を回しているうちに書斎まで辿り着いた。

 同じように茜が鍵を開けて中に入る。

 書斎ではソファー側に死体が仰臥位(ぎょうがい)になっており、大きな布が顔にかけられていた。茜なりの配慮なのだろう。

 パッと見たところ人の気配はなく、静まり返っている。

 冴木がデスクの上のボールペンをしげしげと眺めており、みれいはデスクの下を覗いてみた。当然ながら誰もいない。やがて、早くも興味が移ったのか本棚を見始めた冴木がぼそりと呟いた。

「その血は誰がため……」

「え? 冴木先輩、なんですの?」

 冴木は本棚から一冊の本を取り出す。

「ああ、それ」茜が敵意を解いて説明する。「雅文さんの宇宙探偵シリーズの六作目よ。全部で十巻まであるやつ」

 みれいも側に寄って本棚を見る。

 そこには確かに文庫本として全十巻の作品が並べられており、他にも読んだ事のある短編集が並んでいた。

「そういえば、アリスちゃんは読んだことあるんだっけ?」

「いえ、短編しか読んでいませんわ」

「そう、今思い出したけれどその六作目の、その血は誰がため、は吸血鬼が出てくる作品だわ。読む人によってはSFのようでもあり、ファンタジックでもあり、はたまた恋愛小説でもあるような作品だ、って雅文さん本人も公言していたわね。ちょうどそうね……マイクル・コーニイのハローサマー、グッドバイみたいなものね」

「茜ちゃん、本当に海外作品を沢山知っていますわね」

「伊達に海外に行っていないわよ」

「吸血鬼が出るって言っていたけれど」冴木がぱらぱらとページを捲る。「どんな話なの?」

「確か……あ、思い出した。三人の死体があるんだけれど、一部欠損しているのよ。下半身と、上半身と、頭ね。無くなった箇所を合わせるとちょうど人が一人出来上がる、それらがバイオテクノロジーなんかで吸血鬼になって人を襲っていたって話よ」

「ふぅん。この本が出版されたのは?」

「その本に載っていないの?」

 冴木が表紙と裏表紙を確認してから巻末のページを見た。

「なるほど、十年前だ(、、、、)

「えっ」みれいは思わず声を荒げた。「三姉妹がいたと仮定したら小説と同じように殺されて吸血鬼になったんですの?」

「そんなバイオテクノロジーは存在しない。ただ……」冴木はいつになく真剣な表情だった。「いや、まさかね。とりあえず、ここに目当てのものは居なかった。戻ろう」

 何を言い淀んだのか疑問だったが、書斎を後にする。茜がしっかりと書斎を施錠して、みれいたちは得体の知れない謎に苛まれたまま廊下を歩いた。

「それにしても、三姉妹の行方より水沼さんと萩原会長が気になりますわ。あと行っていないのは……館の外、灯台ぐらいですわ」

「寒いから僕はパス」冴木が方向転換する。「もしかしたら食堂に戻ってきたかもしれない、見てくるよ」

 冴木がパーティーから離脱して、みれいと茜の二人になった。

 仕方なく玄関にあった懐中電灯を拝借して寒空の下に出ると、思っていた以上に雪が積もっている。一面真っ白だった。

「うわ、これは積もりすぎでしょ。アリスちゃん本当に見にいくの?」

「もちろんですわ」

 みれいは颯爽と白銀の地に降り立って歩き出した。

(あ、足跡がないから無意味かもしれませんわね)

 そう思ったのも一瞬で、茜が寒い寒いと連呼しながらも小走りでみれいを追い抜いていったので急いで後を追った。

 小径を進んで灯台に着くと、昨日は掛かっていた南京錠が無くなっていた。

「あれ、南京錠がありませんわ。茜ちゃん、ほらここ」

「え、本当に?」

 茜がそんな馬鹿な、と吐き捨てながら扉を開けるとすぐ目の前に螺旋階段があった。茜の後ろを続いて階段を上ると、展望台のような少し開けた空間があり、床に倒れた人影があった。そして不自然に影が突出している。

「うそ……ですわよね……」

 みれいは足が竦んで動かなくなった。

 寒さのせいではない。

 床に倒れている人影には、ナイフが刺さっていた。

 その人影をみれいはよく知っている。

 年明けを共にした、萩原大樹だった。

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