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甦る吸血鬼 The Absolute Silver Bullet  作者: 霧氷 こあ
甦る吸血鬼・下
25/30

夜霞ヴァンパイアI

 冴木賢は、部屋で椅子に腰掛けて携帯の受信メールを吟味していた。

 唯一、堂島だけメールアドレスの確認をしていなかったのでアドレス帳にある堂島博武と登録されているアドレスにメールを送ったのだが、一分も経たずに返事が来た。

 レベル三のメールを送るために、他の携帯を使ったのだとすれば企画者が怪しまれるが、誰かが預けたスマートフォンとは別に携帯を持っているのかもしれない。

 考えが堂々巡りに陥ったので冴木は溜息を吐いた。一日中考えっぱなしだったが、全く集中力が持続しない。

 視線を冴木の使っていたベッドで寛いでいるみれいに向けると、丁度腕時計を見ていた。

「茜ちゃん、全然帰ってきませんわね」

「萩原もね。それより、人のベッドで寝転ぶの止めてもらえないかな」

「いいじゃありませんの。減るものじゃありませんし、それに元々は雅文さんの所有物ですわ」

 何を言っても無駄だな、と冴木は悟ってみれいと同じように腕時計を見た。

 時が経つのは早いもので、既に五時半を過ぎている。

 みれいは堂島と折江名から事情聴取もどきを終えてから、全く茜が戻ってこないので一度キッチンへ向かったようだが、そこに水沼の姿は見当たらず、あとは最終工程を残すのみとなった食材たちがあるだけだったと言っていた。みれいの壊滅的な料理技術を見抜いたのか、先に下ごしらえをするあたりが家政婦らしい用意周到さだと、冴木は内心で密かに賞賛していた。しかし、(よう)として行方が知れない。家政婦というのは思った以上に忙しいものなのだろう。

 結局みれいはすぐに冴木のいる部屋にやってきて、こっちが冴木先輩のベッドですわね、と確認をとってベッドの上で寝転がっている。なんとも自由きままで自分勝手な猫に近い存在である。だが、殺人が起こって島に囚われた冴木たちにとっては、みれいのような存在が思いのほか必要不可欠なのかもしれない。

 何とかポジティブに現状を受け止めていると扉がノックされ、答える間もなく開かれた。

 後ろ髪をゴムで止めて短いポニーテールにしている茜が当たり前のように入室して、白衣のポケットから慣れた動作で煙草を取り出した。

「現場検証終わり」茜はぶっきらぼうに言うと、煙草に火をつけた。「はぁ、アリスちゃん。皆から話は聞けた?」

「ええ、伺えましたわ。それより茜ちゃん、萩原会長は?」

「あれ、来ていないの?」茜がきょとんとした顔でみれいと冴木を交互に見た。「変だな」

「今日は瀬戸先輩の助手なんだろう?」要領を得ない回答だったので冴木が訊く。

「そうだけれど、ずっと死体の側にいたせいか気分が悪いって言い出したのよ。結局、冷や汗もかきだして顔色も悪くなっていくもんだから不憫に思えて退散したの。それで、風呂に行かせたのよ」

「それは何時頃?」

「さぁ、四時半ぐらいじゃないかしら」

「ふぅん」冴木は腕時計に視線を落とす。「もう一時間半か、萩原にしては長風呂だ」

「心配なら、事情聴取の話を報告してから見に行きなさい」茜がドーナツ状の煙を吐いた。「さて、それでどんな話が聞けたの?」

 冴木はみれいが話したがるだろうと思い、黙りを決め込んだ。予想通り、みれいが一つ咳払いをすると理路整然と全員から聞いた話を茜に説明した。

「なるほど……」茜が二本目の煙草に火をつけた。「三姉妹の謎もそうだけれど、水沼さんの妊娠が一番驚きだわ」

「ええ、私もびっくりしましたわ」

「妊娠、妊娠か。そういえば、こっちにも面白いことがあったわよ」

「なんですの?」

「被害者の月ヶ瀬久美子さんは、出産経験がある」

「えっ」

 みれいが素っ頓狂な声を出してベッドから飛び上がった。

「そんなことが分かるの?」冴木は疑問を口にせずにはいられなかった。「一体どこまで調べたのさ」

「勘違いしないでよ。遺体に損傷がないか隈なくチェックしてみたら、妊娠線と開腹痕が見つかったの。考えすぎかもしれないけれど、三姉妹の説もある。だから恐らく、帝王切開で出産したのね」

「出産回数は?」

「それまでは分からない……けれど、帝王切開だから産めても三回がほとんどね。三姉妹もいけるわね」

「なるほど……」

「でも……」みれいがおずおずと意見を言った。「雅文さんがいないと断言していたんですわ」

「本当にいなかったか、あるいは隠したかったのか……」

「隠すといっても、三人の人間を隠せる場所なんて孤島といえどありませんわ。それは水沼さんも仰っていましたわよ」

「それは」茜が煙草を灰皿に押し付けた。「生きていたらの話ね」

「それで、他には?」

 冴木は鞄から棒付きキャンディーを取り出して幾つかはポケットにしまい込んだ。一つだけ手に持って包みを見る。味噌チャーシュー味。

「どちらとも死亡推定時刻は深夜一時から三時、だと思うけれど……あたしは素人だから多めに見積もって零時から四時ということにしましょう。どちらにせよ、犯行は深夜に行われたと思って間違いないわよ」

「抜かれた血はどこに?」冴木は棒付きキャンディーを頬張る。

「部屋にはなかった。萩原と別れてからは一人でいるのも怪しまれるかと思って鍵を掛けたわよ」

 茜の話では現場検証と言っておきながら水沼とすれ違いになってしまったようで、会って鍵を貸してもらうのに時間がかかったようだった。つまり冴木たちと話した後の水沼と会っていたことになる。

「一人になってからはもう一度地下の礼拝堂を見に行ったわ。でも何もなかったし、収穫はなしね」

「瀬戸先輩」冴木は棒付きキャンディーを味わうのを一旦止めた。「本当に書斎の窓の鍵は閉まっていましたか?」

「は?」茜が怪訝な顔をした。「どういうこと?」

「有栖川君は水沼さんを介抱していて施錠されているのを自分の目では見ていないよね?」

「ええ、確かにそうですわ」

「ちょっと待ってよ」茜が苛立ちを露にした。「なに、私が窓の鍵をその時に閉めたといいたいわけ?」

「もしそうなら、密室の謎は解ける。瀬戸先輩は雅文さんの作品を読んでいたそうだし、何か本にまつわることで(わだかま)りがあったとか……」

「あっ」みれいが口元に手を当てた。「茜ちゃんのご両親って、震災で大怪我をなされていますわよね? 茜ちゃんが留学しているときに……」

「それが何?」

「これは夕食のときに萩原会長に聞いたんですけれど、雅文さんの著書で宇宙刑事の四作目になる作品が震災のことで批判を受けたと仰っていましたわ」

「なるほど」冴木は再び味噌チャーシュー味を口に頬張った。「動機になりそうではあるけれど、勘違いしないで下さい。あくまで突拍子もない仮説です」

「そう……」

 茜が眉を寄せて目頭を押さえたので、話を中断した。

 冴木は頭の中で思考を整理した。

 犯行可能時刻には、ほぼ全員が部屋にいたと思われる。そして部屋は二人一組。犯人は二人も殺害してわざわざ血を抜いている。長時間部屋から居なくなることは極力避けたいはずだが、何かもっともたる理由があるのかもしれない。あるいは、二人一組が共犯という可能性もある。

 冴木はちらりと茜のイヤリングを見た。元カレは一人とは限らない、という茜の言葉で共犯の線を勘ぐったが、洞察力に優れるみれいとの相部屋にいる茜に果たして可能だろうか。

 茜は腕組みしてじっとしている。みれいがそわそわと様子を伺っていた。

 窓の鍵、というただ一点の見方を変えるだけで瀬戸茜という人物に(しゃ)がかかった。みれいも気付いたのだろう。

「あ、もう五時五十分ですわ」

 みれいが淀んだ空気とは対照的に明るく言って、立ち上がる。冴木も席を立った。

「はぁ……」茜も目に見えて疲弊した様子で立ち上がった。「これでも真摯に捜査していたつもりだけれど、確かに客観的にみてみれば犯人説もありえるわね」

「茜ちゃん、冴木先輩は人の気持ちに鈍感ですからあまり気にしないで欲しいですわ。それに、可能性を上げるなら誰にだって犯行は可能だと思いますの」

「ありがと、アリスちゃん。全く……探偵イコール犯人なんて、もう新しくないわよ」

「そうですわね、ってあれ? 茜ちゃんウェストポーチ、じゃなくて探偵七つ道具はどうしたんですの?」

「あっ、いけない……屈んだりしていたら邪魔になったから外していたんだけれど置き忘れちゃったわ。取りにいかなくちゃ、どこに置いたっけ」

 大変ですわ、というみれいと首を傾げる茜を先頭に冴木は部屋を出た。

 探偵七つ道具と言いながら邪魔で外すなんてあんまり意味がないんじゃないか、という野暮なことは訊かない方がいいだろうと、冴木は珍しく空気を読むことが出来た。

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