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甦る吸血鬼 The Absolute Silver Bullet  作者: 霧氷 こあ
甦る吸血鬼・下
24/30

逼塞アーカイブIV

「事情聴取? なに二人とも、もしかして警察かなんかの関係者なの?」

 堂島が苛立った口調で吐き捨てた。

「いえ、私たちはミステリー研究会で……」

「あのさぁ、有栖川さん。それと冴木さん。俺はね、ようやく物にしたミステリーツアーが台無しになって憤ってるんだよ。全く、何でよりによってこんな時に殺人事件なんて起こるのかね」

 有栖川みれいは、冴木と共に懇々(こんこん)と愚痴を聞かされていた。

 堂島はオカルト雑誌であるディストピアを刊行している編集会社に就職してから、もう三十年以上も携わっているベテランだった。他にも沢山の月刊誌を出している会社だったが、約十五年ほど前にディストピアというオカルト雑誌が発案され、担当にまわされてからずっと担当者として貢献してきたらしい。

 そして、月ヶ瀬雅文とも長い付き合いだった。

「雅文さんはね、温厚で、よく気がついて、どこか卓越してる人だったね」

 今まで何度か取材をしていたが、幻霧館に来たのは十年前が最初であり、折江名は今回が初だと、堂島は質問を挟まなくとも次々と言葉を並べた。

 しかし雅文の妻である久美子とは会ったことがないようだった。雅文が言うには、会ってもすぐに忘れてしまうから必要ない、とのことらしい。それには昨夜に冴木と体験したことなので納得がいった。

「全く本当に……吸血鬼の話を聞いた時も、俺はどこか真に迫るものを感じて当時は身震いしたよ。やっぱりこの人はどこか浮世離れしていると思ってね。ーー有栖川さん、俺の話聞いてる?」

「あ、ええ。聞いていますわ」

 休みなく語る堂島に無理に笑顔を作ると、堂島は鼻息を漏らして煙草に火をつけた。

「あと莉丘のことも話さないといけないな」

 堂島の隣に座っていた折江名が小さく頭を下げた。相変わらず長い前髪が印象的である。

「莉丘は去年入社したばかりでね。といっても、俺は彼女が小さいときからの知り合いだったのさ。俺がよく雅文さんのコラムを載せているのを知っていたみたいで、ディストピアの編集にまわしてもらったんだよ。彼女自身、オカルトが好きみたいだったから」

 堂島が「そうだろう?」と言って折江名に視線を送ると、まるで機械のように再び首を縦に動かしていた。

「その、折江名さんはもうその時から声が出せないんですの?」

「そうだね。まぁ、それでもうちは入社希望が少ない小さな会社だから、多少……というかかなり弊害はあるけれど、背に腹は変えられない。貴重な人材をみすみす手放すわけにはいかなくて雇ったのさ。丁度このミステリーツアーを考案しているときで、人手が欲しかったから」

「なるほど……あの、具体的にはいつ頃から声が出せないんですの?」

「有栖川君」隣にいた冴木が制した。「そこまで踏み入った話はいいだろう」

「あ、そうですわね……」

 みれいが顔を伏せると、ポケットに入っていた携帯が鳴った。はっとして顔を上げると、折江名が真っ直ぐみれいを見つめていると感じることができた。


 折江名莉丘

 何年も前から話せません。

 無理やり病院に連れて行かれたときに分かったのですが、失声症という病気でした。


 みれいは折江名の方を向いてお辞儀した。事情聴取と銘打ってはいるものの、厚かましいことをしてしまったと思っていたが、折江名は捜査に協力的で安堵した。

「それで、他の編集者もいるのにどうして堂島さんは折江名さんを連れてツアーに来たんですの?」

「そりゃ……まぁもう分かっていると思うけれど妹みたいなもんなんだ。彼女、両親がいなくてね、それに人を上手く信じられないというか、いっちゃなんだけれど孤独な子だったんだ。何でそんな事が分かるんだ、って思うだろう?」

「え、ええ」

 みれいは素直に頷いた。堂島は煙草を灰皿に押し付けると自嘲気味に笑った。

「実は俺、孤児院で育ってね。彼女の気持ちが手に取るように分かった。天涯孤独なのは俺だけじゃないっていうか、なんだろうね。傷の舐め合いじゃないけれど、お互いそういった境遇のせいか反りがあったのさ。有栖川さんは運命って信じるかい?」

「運命、ですの?」

「そう。有栖川さんは冴木さんと付き合っているんだろう?」

「違いますよ」冴木がまたしても口を挟んだ。みれいは少しむっとしてにらみ返したが、華麗に無視された。「大学の後輩です」

「そうでしたか。まぁ、何はともあれそういう事です。莉丘の声が出ない事に関して、彼女から今メールを受け取ってますよね?」

「はい、失声症だと……」

「ああ。俺が病院に連れて行ったんだ。声が出せない理由を知らないっていうからね。失声症はストレスとか心因性が原因で声が出せなくなるらしい。だから俺が彼女を癒して、いつか言葉で語り合える時が来たらいいと思っている」

 そう言って堂島は片手を折江名に伸ばすと、折江名はその手をそっと握る。歳が離れているせいか、仲の良い親子のように見えた。

「治るといいですわね」

 みれいが二人に羨望の眼差しを送りながら言うと、今度は冴木が質問した。

「それで、堂島さん。何か帰る手立てはありますか?」

「そうだな……明日でツアーは終了になってクルーザーで帰る予定だったんだが、向こうの埠頭に俺の同期でディストピアの編集の奴と待ち合わせていたんだ。だからクルーザーが来ないってことで、何かしら勘付いてくれれば迎えが来るやも知れん」

「なぜその人と待ち合わせを?」

「本来なら、ツアーが終わって帰る時に雅文さんも同行する予定だったんだ。丁度次作のために取材をするつもりだということで、ならご一緒しませんか、と誘ったら快く了承してくれてね」

「なるほど……」冴木がちらりとみれいを見た。「なら、その人に賭けるほかありませんね」

 冴木が言いたいのは、犯人が帰る方法を用意しているだろうという考えに裏付ける証言だ、ということだろう。

 堂島は昔から雅文と面識があった。もしかしたら、本当は妻の久美子とも接点があったのかもしれない。

 動機、そして帰る手段。その二つの条件を満たした人物が堂島という男である。

「まだ何か訊きたいことがありますか?」

 堂島が疲れたように吐き捨てた。

「ああ、いえ……もう大丈夫ですわ。多分ですけれど」

 みれいは腕時計を見た。時刻は三時半を示している。

「あ、水沼さんが六時に夕食にすると言っていましたわ。後、雪が降りそうだから外出は控えてほしいとも……」

 みれいは窓の方を見た。ほんの僅かに白いものがちらついている。

「ああ、本当だ」堂島も窓を見る。「少しだけれど、もう雪が降っているのか」

 みれいは今年の初雪となる雪を見に窓に向かった堂島と折江名から視線を外して、隣にいる冴木に話しかけた。

「冴木先輩、私は茜ちゃんが戻ってきたら一度キッチンのほうに行ってきますわ。水沼さんがいつから夕飯の支度をするか分かりませんから、早めに顔を出そうと思いますの。身籠っているのに沢山料理するのは大変だと思いますから……」

「え?」返事は窓側から帰ってきた。冴木はばつが悪そうな顔をしている。「身籠っているって、水沼さんが?」

「ええ、ご自分でそう仰っていましたわ」

 そう言うと、手に持っていたままの携帯が先ほどと同じ音を出す。会話が途切れたので、みれいは受信した新着メールを見た。


 折江名莉丘

 誰の子供を妊娠しているんですか?


「水沼さんは亡くなった雅文さんの子だと仰っていましたわよ」

 みれいが真面目に答えると、またしても冴木に叱責された。

「有栖川君、君は口が軽いね」

「冴木先輩は口の重さを測ったことがあるんですの?」

「あのね、水沼さんは妊娠していることを(おおやけ)にしたくなさそうだっただろう。無闇に言い広めるものじゃない」

「あ……分かりましたわ」

 冴木の指摘はもっともだと思い、みれいは己の浅はかさを反省した。先ほど折江名に対して踏み入った話をした際に許容されたせいで、同じようなものかと安易に考えていた。

 冴木はそれ以上何も言ってこなかった。

「それでは、失礼しますわ」

 みれいが一礼していると、冴木が先に扉を開けてくれた。退室する前に振り返ってみると、椅子に座る堂島の後ろで折江名が外をじっと見つめていた。

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