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甦る吸血鬼 The Absolute Silver Bullet  作者: 霧氷 こあ
甦る吸血鬼・下
22/30

逼塞アーカイブII

 茜と萩原が現場検証と銘打って退室していき、有栖川みれいは冴木と二人きりになった。

「冴木先輩、事情聴取しておいてと言われましたけれど、どうしますの?」

「出来れば勘弁願いたいけれど、なんとか帰る方法を模索するためにも堂島さんたちとは話をしたほうが良いかもしれないね」

 みれいはコーヒーを飲み終えて腕時計を見た。時刻はまだ昼の二時である。この館に残る面々はほとんど昼食を取らなかったが、どれぐらい食料が残っているのだろう、とみれいは疑問に思った。

「では、とりあえず堂島さんと折江名さんのところに行きましょう」

 みれいが立ち上がろうとした途端に、部屋の扉がノックされた。

「あら?」

 鍵は掛けていなかったのでみれいが扉を開けると、家政婦の水沼が立っていた。水沼は冴木と萩原がいると思っていたらしく、みれいと冴木を交互に見て目を丸くしてから(うやうや)しくお辞儀した。

「突然お邪魔して申し訳ございません。今よろしかったですか?」

「ええ、大丈夫ですわ」

 みれいは水沼を部屋へ招き入れて、もう一度腰掛けた。この際だから水沼から事情聴取を行おうと思い、冴木にアイコンタクトを送ったが見事に目を逸らされた。

「それで、どうしたんですの? 水沼さん」

「はい。夕食を六時にしようと思いましてご報告に参りました。それと天気を確認したんですが、夕方になる前には雪が降り積もりそうなのでなるべく外出は控えるようにお願い致しますね。外は冷えますから」

「まぁ、雪ですの? 道理で先ほども外が寒かったわけですわ。ところで、食材はどれぐらい残っているんですの?」

 水沼は頬に人差し指を当てて天井を眺めた。

「そうですね……節約すれば、三日か四日は持つと思います」

「分かりましたわ。それまでに何か外と連絡の取れる方法はありませんの?」

「申し訳御座いません、私には連絡手段がありませんので」

「いえ、お気になさらず」みれいは横目で冴木をみた。「冴木先輩も、質問があれば今のうちにしたほうがいいですわよ」

 冴木は腕組みしながら無表情で話し出した。

「水沼さん、どうしてこの館は幻霧館と呼ばれているんですか?」

「それはご主人様のご先祖様が仰っていたのを又聞きしたんですが、この島の周辺は日が落ちてから朝方まで霧がよく出るんです。それで、海上からでは全くこの館が視認出来ないんです。かろうじて見えても幻のようにぼんやりするとかで……それが由来みたいです」

「なるほど、そんなに昔から建っているんですか?」

「はい。何度かリフォームをしたと仰っていましたが、私が勤める少し前にしてからは一度もしていません」

「勤める前というと、十年前ですか?」

「はい、そうです」

「失礼ですけれど、おいくつですか?」

 それはみれいも聞きたい案件だった。それにしても女性の年齢に興味を持つなんて冴木にしては珍しい、とみれいは思った。

「今年で三十六になります」

「えっ」思わずみれいは声を荒げた。「全然そうは見えませんわ……」

「ありがとうございます。それにしても冴木さん、どうしてそんな事を質問されるのですか?」

「いえ……それより、前に世話をしていた方はご存知ですか?」

「はい。村野という六十歳の女性の方でした。あっ、そういえば……」

 水沼が視線を彷徨わせた。何か重大なことを思い出したが、言うべきか否か迷っているように見える。

「どうしたんですの?」

「その、これはご主人様にしかお話したことないんですけれど……その村野という方と交代するときにですね。だいぶ世話はかからなくなったが、これから大変な年頃になる三姉妹です、よろしく頼みますよ、と言われまして」

「三姉妹? 誰のことですの?」

「それが……その後この幻霧館に来てもご主人様と奥様以外に誰もいらっしゃらなくて、奥様にお訊きしました。他に誰か住んでいるのですか、と」

 水沼は真剣な表情で祈祷するように両手を合わせた。

「その時に奥様が仰ったのが、昨日ご説明した英梨ちゃんと奈緒ちゃん、佳織ちゃんの三人の娘がいるという話でした。ご主人様に問うと、人が変わったかのように激昂されたあとに、奥様の絵本の話だとご説明されました。それでもやっぱり腑に落ちなくて館の見取り図をみて隠し部屋の有無も探しましたし、掃除をしながら細部まで隈なく調べましたが、三人もの人間を隠しておけるとは到底思えませんでした。やっぱり奥様の創作なのだと決めて、生活してきました」

「三姉妹か……」冴木がお気に入りの棒付きキャンディーを取り出した。最近気付いたのだが、思考するときの必需品なのかもしれない。「村野という方が、よろしく頼みます、と言ったのが気にかかりますね。そもそもなぜその人は仕事を辞めたんですか?」

「それに関しては、本人から直接聞いたんですが、本当に唐突に宣告されたようです。自分に不出来な部分があった、気に触るようなことをしでかしてしまったのではないか、と自分の落ち度を探っているようでした」

「もしそうだとしたら、まだ若い水沼さんを雇うよりはベテランな家政婦を選びそうな気もしますが……死人に口無し、雅文さんから理由は聞けませんね」

「はい……本当に、どうして二人が殺されてしまったのか悲しみを通り越して怒りすら感じます……」

「憎しみは連鎖します。亡くなった月ヶ瀬夫妻が悲しむような真似は、決してしないよう心掛けて下さい」

 水沼は消え入りそうな声で「はい」と言い残して席を立った。

「あの、水沼さん。私も後で夕飯の支度を手伝いに行きますわ。キッチンにお伺いすればよろしいですの?」

「ありがとうございます、そうしていただけると助かります」

「ええ、困った時はお互い様ですわ。それに、全員分作るのは大変そうですし……いいですわよね、冴木先輩」

 冴木は心なしか恐怖に慄いているように見えたが、平静を装って頷いた。

「全員分といっても」水沼が冷たい声を出した。「今朝と比べれば二食分、楽ですけれどね……それにしても、てっきり私が疑われているのかと思いました」

「どうしてですの?」

「だって私が鍵を持っていたんですから……あの、冴木さん。良かったらこの鍵束を持っていてくれませんか?」

 水沼がどこからともなく鍵束を取り出した。鍵のぶつかり合う音が響いた。

「いえ、遠慮しておきます。それに今預けても特に変化はありませんよ」

「そうですか……」

「それより、何も包み隠さずに胸襟を開いてくれた方が僕としては信じれるんですけれど」

 冴木が真意を見抜くように水沼を見た。みれいはごくりと唾を飲み込むことしか出来ず、ただ静観した。

「私が何か隠していると……?」

 水沼は冴木とみれいの視線を一身に浴びながら鍵束を仕舞おうとして、床に落とした。一際大きな金属音が鳴り響いたが、冴木の視線は固定されている。

 水沼はお腹に手を添えてゆっくりと屈み込むと鍵束を掴んだ。

「水沼さん、妊娠しているんですか?」

 冴木の声がまるで魔法のように水沼の動きを止めた。彼女は震えているのか、鍵同士が身をぶつけ合うようにちりちりと音を奏でた。

「どうしてそう思ったんですか?」

「貴女は雅文さんの遺体を見て気絶するほどのショックを受けた。そして倒れたときの状況を有栖川君に聞いてから安心したようにお腹に手を添えていましたよね。どこか庇うような、そんな仕草に思えたんです」

 みれいにとってもまだ新しい記憶であり鮮明に覚えていたが、そんな事で、と真意を疑った。しかし、どうやらビンゴのようだった。

「……仰る通りです」

 水沼は鍵束を丁寧にしまうと、母親を思わせる優しい表情を浮かべてお腹を両手で優しく撫でた。

「私のお腹には、ご主人様ーー雅文様の子供がいるんです」

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